国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)では現在、地域(地方自治体)における情報通信技術の実証的研究を進めています。その一つとして、2019年1月25日にNICT、長野県千曲市、国立大学法人信州大学、パシフィックコンサルタンツ株式会社、株式会社ウェザーニューズ、株式会社IoTコンサルティング、日本無線株式会社、英弘精機株式会社、ナシュア・ソリューションズ株式会社の産官学9組織が、「千曲市の環境モニタリングのためのLPWA技術の実証研究」(通称、千曲市あんずプロジェクト)に関する覚書を交わしました。これに基づき、NICTは3月に千曲市において10カ所のLoRa中継局(通称、あんずネットワーク)を設置しました。設置完了を受けて5月20日には千曲市において第1回千曲市あんずプロジェクト全体会合を開催し、2019年度に各組織があんずネットワークを活用した様々な実証的研究をスタートしました。

千曲市あんずプロジェクトは、千曲市内全域を実験フィールドとするIoT(モノのインターネット)技術開発、実証実験および社会実装検討を目的としています。本計画では省電力広域無線通信ネットワーク技術(LPWA)の一つで長距離通信性能が高いLoRa通信を活用して、千曲市の生活、防災、環境、産業などへの新しい寄与の可能性を検討・実証します。
あんずプロジェクト推進の取り組みの一つとして、図1に示すようにNICTは2019年3月に千曲市内10カ所LoRa中継局(あんずネットワーク)を設置し、併せてこれらすべての中継局に備えられた気象ステーションと降雪検出カメラを用いることで市内の緻密な気象状況をモニタリングします。
2019年度は、覚書を交わした9組織が、千曲市をフィールドとして様々なデータ通信プロジェクトを実施します。収集される各種センサーデータや情報は、NICTが開発したひまわりリアルタイムWeb(https://himawari8.nict.go.jp)を元にしたGISツール(千曲市版)で他の気象データともに可視化できます。
このプロジェクトでの具体的な計画と期待される効果は表1の通りです。
表1 主な研究テーマと期待される効果(カッコ内は主体となる組織)
降雪検出(情報通信研究機構・英弘精機) 映像IoT技術とAIを活用して、安価なIPカメラによる降雪検出を実現します。さらに、降雪検知可能な気象ステーションLPWA化を行い、あんずネットワークに接続します。これにより、例えば市内のどこから雪が降り始めているかなどが分かるようになります。
農業IoT(信州大学) アグリガジェットLPWA化とあんずネットワークへの接続を行い、農作物生育状況や有害鳥獣出現情報などを自動収集します。これにより、例えばどの農地にシカが出没したかなどが分かるようになります。
河川監視と増水検知(パシフィックコンサルタンツ) LoRa対応型水位計および河川監視カメラを千曲市内河川の5カ所に設置し、豪雨時の増水などを未然に検知する技術の実証実験を行います。これにより、例えば河川のどの箇所が最も増水する可能性が高いかなどが分かようになります。
図1 LoRa中継局(あんずネットワーク)設置状況
図1 LoRa中継局(あんずネットワーク)設置状況

用語解説

LPWA
省電力広域無線通信ネットワーク技術(Low Power Wide Area)のことです。消費電力を抑えて遠距離通信を実現する通信方式です。後述のLoRaのような免許不要な通信方式もあり、IoT(Internet of Things)を実現する手法として近年関心がもたれています。
LoRa
少ない消費電力で広いエリアをカバーするLPWA無線通信方式の一つで、特に屋外を中心としたIoT向けの通信ネットワークに用いられています。 LoRaはオープンな通信規格であり、特定小電力無線(すなわち免許を要しない無線局)である点が特徴です。
映像IoT
2016年に提唱された、映像分野でもIoT化を進めるというコンセプトです。映像IoT実現のため、情報通信研究機構ではモバイル通信網でも高品質な映像伝送ができる映像伝送システムを開発しています。
AI
人工知能(Artifitial Intelligence)のことです。対象は多岐にわたりますが、本研究開発では深層学習(ディープラーニング)による画像処理をAIと呼んでいます。
気象ステーション
標準的な気象測器(風向風速計、日射計、温度湿度計、雨量計など)を一つまとめた観測機器のことです。
アグリガジェット
信州大学・小林一樹准教授による造語で、農業分野でのIoTを実現するための農地で利用するIoTセンサーの総称です。