ポイント

  • IPマルチパス・IPマルチキャストの併用により、多地点多経路の効率的配信を実現
  • 8K超高精細画像で多拠点受信時の途切れない再生が可能に
  • 国際間長距離伝送での8K多重配信が実現可能であることを実証
NICT総合テストベッド研究開発推進センターは、国内の企業、大学等研究機関における実証実験の場として、ネットワークテストベッドJGNをはじめとする様々なテストベッド環境を提供しています。今回、NICTと産学官53組織がそれぞれ技術や人材、機材を持ち寄り実現した実証実験において、北海道札幌市で2月に開催された”さっぽろ雪まつり”及びシンガポールとの国際連携による同国からの超高精細8K非圧縮ライブ映像を用いて、複数の国際回線を使った映像の多重配信に世界で初めて成功しました。これは、送信時に複製した映像データを複数の回線で同時配信することで、物理回線断時にも途切れることなく8K映像ライブ配信を行えることを実証するものです。

背景

NICTは、映像配信技術の高度化を見据え、超高精細8K映像のIP伝送技術の実証実験に取り組んでいます。IPネットワークを介してライブ映像をリアルタイムで遠隔地に送受信する場合、通信経路上の物理的な回線や機器でのデータ喪失が発生すると、映像の乱れや再生停止が発生します。これを避けるためには、バックアップ経路への切替配信では不十分で、複数の通信経路から映像を同時に送信することが必要となります。しかし、4Kの4倍、ハイビジョンの16倍と、データ量が非常に大きく伝送に通信帯域を必要とする8K非圧縮映像の場合、多地点に対して多重配信を行うことのできる配信ネットワークの実現が必要でした。

今回の成果

図1 シンガポール8K映像を大阪拠点で受信
図1 シンガポール8K映像を大阪拠点で受信
今回、複数の長距離国際間回線を使って多重に8K映像を送信することにより、途中での物理的な回線断が発生しても、映像が一切途切れることなく再生できることを実証しました。これは、送信側で映像データを複製しながら複数の回線を使って送信し、受信側で到着するデータの重複削除処理をリアルタイムに行うことによって実現しています。2018年2月6日(火)に大阪(グランフロント大阪 北館2F The Lab.内)にて公開デモンストレーションを実施しました(図1、2参照)。
今回の実験では、国内でのさっぽろ雪まつり会場-大阪会場間の2本の通信経路を使った実験に加え、シンガポールの南洋工科大内に実験拠点を設置し、
・シンガポール→[香港経由]→日本
・シンガポール→[米国西海岸経由]→日本
の伝送遅延時間の大きく異なる長距離100Gbps国際回線2本を用意し、8K非圧縮映像(シンガポール国内での録画映像及びライブ映像)の多重配信を実施しました(補足資料<実験構成概要>参照)。8K非圧縮(25Gbps超)の広帯域で遅延時間の大きく異なる多重配信は、IPマルチパス技術の応用によるものです。さらに、複数の宛先に対して効率的にデータ配信可能なIPマルチキャストを併用することにより、多地点で受信することができ(国内6拠点に受信拠点を設置、うち3拠点で同時受信実施)、かつ8K非圧縮の広帯域で遅延時間の大きく異なる経路を使った場合でも実現できることを実証しました。
国内回線は、JGNのほか、国立情報学研究所(NII)が構築運用するSINET5の協力により、札幌-大阪間で2つの異なる通信経路を構築しました。また、海外回線は、2017年秋に開通したJGNアジア100Gbps回線及びシンガポールの学術教育ネットワークを提供するSingAREN、米国の複数の研究開発教育ネットワークとの国際間連携により、太平洋を一周する100Gbps実験回線を構築しました。
実験では、NICTが提供するテストベッドStarBEDにて、8K映像の録画、再送も実施しています。映像配信は、NICTと共同研究を行う神奈川工科大学での実験システムを中心に、実験システム構築は、多くの企業が参画することにより可能となりました。ネットワークや8K映像配信の実験環境は、各企業が持ち込んだ開発中プロトタイプ機器や製品を組み合わせて構築したマルチベンダ構成であり、実験を進める中で開発チームが自らソフトウェアの改良やハードウェアの組換えを行い実現しています。また、サイバー関西プロジェクトを通じた産学官間の連携や、大学の学生、企業の研究者やエンジニア間の本プロジェクトを通じた技術的知見の共有、人材育成の場ともなりました。
これらの実験は、補足資料<実証実験参加機関>に記載の機関の協力・協賛を得て実施しました。
 
図2 回線切断デモの様子
図2 回線切断デモの様子

今後の展望

今回の成果により、放送分野での局間や中継地点からの8Kの業務用大容量ライブ映像伝送の現場において、IPネットワークを用いた伝送が実用化できる可能性を示しました。また、医療用途などにおいても、リアルタイム性が高い超高精細映像の配信などの応用が期待できます。本実験の成功を足掛かりとし、国内での8K映像中継技術開発に向けて各組織が一丸となった技術開発を引き続き支援していきます。

補足資料

実験構成概要

実験構成概要1
実験構成概要2

実証実験参加機関

主催:  国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
実証実験参加・協力組織(順不同)
・ 大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立情報学研究所(NII)
・ 北海道テレビ放送株式会社(HTB)
・ 株式会社GAORA
・ 株式会社毎日放送(MBS)
・ NTTコミュニケーションズ株式会社
・ 西日本電信電話株式会社(NTT西日本)
・ NTTテクノクロス株式会社
・ KDDI株式会社
・ 北海道総合通信網株式会社(HOTnet)
・ 株式会社協和エクシオ
・ 株式会社オービス(OBIS)
・ ファットウェア株式会社
・ 株式会社電通国際情報サービス
・ アリスタネットワークスジャパン合同会社
・ シスコシステムズ合同会社
・ ジュニパーネットワークス株式会社
・ パロアルトネットワークス株式会社
・ キーサイト・テクノロジー合同会社(旧イクシアコミュニケーションズ株式会社)
・ 日本電気株式会社
・ NECネッツエスアイ株式会社
・ シャープ株式会社
・ パナソニック株式会社
・ 株式会社PFU
・ アストロデザイン株式会社
・ 池上通信機株式会社
・ キヤノン株式会社
・ FXC株式会社
・ 株式会社ヴィレッジアイランド
・ ピュアロジック株式会社
・ デジタルリサーチ株式会社
・ ソフトイーサ株式会社
・ 株式会社朋栄
・ セイコーソリューションズ株式会社
・ スチューダー・ジャパン-ブロードキャスト株式会社
・ PacketLight Networks Ltd.
・ 株式会社マイクロリサーチ
・ 学校法人幾徳学園 神奈川工科大学
・ 慶應義塾大学
・ 国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
・ 一般社団法人ナレッジキャピタル
・ VisLab OSAKA
・ 沖縄県名護市
・ 沖縄県北部広域市町村圏事務組合
・ 特定非営利活動法人 NDA
・ 独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)
・ WIDEプロジェクト
・ サイバー関西プロジェクト(CKP)
・ SingAREN (Singapore Advanced Research Education Network)
・ 南洋工科大学(Nanyang Technological University)(Singapore)
・ NSCC (National Supercomputing Centre Singapore)
・ Internet2 (United States)
・ PacificWave (United States)
・ TransPAC (United States)

用語解説

JGN
NICTが日本国内及び海外で運用している、研究開発ネットワークテストベッド。2017年11月から、シンガポール先端研究教育ネットワーク(SingAREN)、シンガポール国立スーパーコンピューティングセンター科学技術研究所(NSCC)と共同で、東京-シンガポール間100Gbps回線を開通し、アジア研究・教育用ネットワークのバックボーンとしても提供中。
<JGN構成図>
JGN構成図
8K
4Kは、高品質テレビ規格で、現行のフルハイビジョンの画素数(約200万)の4倍にあたる800万画素を持ち、高精細な映像品質を実現する。放送向けの4K規格では横3,840×縦2,160の画素数であり、横方向の画素数が約4,000であることから4Kといわれる。日本では一般社団法人次世代放送推進フォーラム(略称: NexTV-F)が2014年6月から試験放送を開始しており、2015年からはCS放送及びケーブルテレビにて商用放送が開始されている。
8Kは、NHK放送技術研究所が中心となって開発されているテレビ規格であり、4Kの約4倍、現行のフルハイビジョンの約16倍にあたる3,300万画素を持つ。横7,680×縦4,320の画素数であり、横方向の画素数が約8,000であることから8Kと呼ばれ、ウルトラHD(UHD)又はスーパーハイビジョンとも呼ばれる。NHKは、2020年にもスーパーハイビジョンの本放送を目指すとしている。
今回の実験ではHD-SDI信号を16本使用するデュアルグリーン方式を取っており、通信に必要な帯域は1ストリーム当たり約25Gbpsとなる。
遅延時間
今回の国際実験回線でのRTT(Round Trip Time: 往復遅延時間)は、シンガポールから米国経由の場合約300ms、シンガポールから香港経由の場合約100msであった。実際の伝送遅延は片方向のため、およそこの半分の値となり、シンガポールから米国を経由した場合と香港を経由した場合の遅延差は約100msとなる。
IPマルチパス
同一のIPリンクに対して物理的な複数の経路を用いてデータ送信を行う方式。冗長構成として障害時の切替えや分散配信に用いられる。
今回は、IPマルチパス配信技術を応用し、複製した映像データを複数経路へ送信、受信側でパケット重複を同期制御することにより、ある通信経路でデータ喪失が発生した時に、別の通信経路からデータを受信することで喪失したデータを補完できるシステムを構築した。実験では、札幌-大阪間、シンガポール-大阪間にそれぞれ遅延時間の異なる2経路を使った。
IPマルチキャスト
通常のユニキャストと呼ばれる一対一通信と異なり、一対多で一つの送信元から複数の宛先を持つグループに送信する仕組み。送信元から発信したデータを途中のノードで必要な宛先にのみ複製し、要求に応じて必要な伝送経路を選択する機能を持つため、データの重複や余分な伝送経路がない、最小限の帯域利用で効率的な伝送が可能となる。今回は、プロトコルにPIM-SMを用い、マルチキャストグループの切替えによって受信する内容を変更する仕組みを取っている。
今回実験を行った非圧縮8K(1ストリーム当たり約25Gbps)のように通信帯域を必要とするデータの場合、送信側と受信側が1対1で通信する通常のIPユニキャスト通信では、受信する配信先が増えるほど送信側付近に通信が集中し、通信帯域が逼迫するという問題が起こる。これを避けるために、本実験では、通信経路上のルータでデータパケットを複製して配信するIPマルチキャスト配信を用いることで、8K非圧縮映像という大容量データの複数経路複数拠点間配信を実現した。8Kの受信拠点は6カ所、同一のストリームは同時に3拠点で受信した。
国際間連携
NICTは、NICTを含む国内3機関、海外4機関の7者間において、アジア・太平洋地域を結ぶ研究開発・教育用100Gbps回線(Asia Pacific Ring(APR))の利用や共同研究・共同実験の促進等を目的に、2017年12月に覚書を取り交わしている。本実験に用いた国際実験ネットワークは、研究教育におけるこれら機関の相互協力関係の下に実現した。
StarBED
NICTが2002年から運用している、多数のPCを用い実環境向けのソフトウェア・ハードウェアを動作させることで、それぞれの検証を行うためのテストベッド環境。

本件に関する問い合わせ先

総合テストベッド研究開発推進センター
テストベッド研究開発運用室

寺田 直美

Tel: 03-3272-3060

E-mail: tb-infoアットマークnict.go.jp

広報

広報部 報道室

廣田 幸子

Tel: 042-327-6923

Fax: 042-327-7587

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