ポイント

  • 刻々と変化する人の幸福度が、類似したターゲットを見つける速度に影響することが明らかに
  • 心の自然な変化の様子と視覚探索パフォーマンスの同時計測をスマホアプリで実現
  • うつ病など心の病気を未病の段階でスマホアプリで「見える化」する技術の開発につながる可能性
NICTとアストン大学は共同で、日常生活の中で刻々と変化する人の幸福度が、障害物の中のターゲットを探す速さに現れることをスマホアプリを使って実験的に明らかにしました。人は幸福度が高い時の方が低い時よりも、創造性が高く、社会性に富むことが、社会心理学の研究で広く支持されています。しかし、人が物を見たり、見つけたりするような「基本的な機能に、その時の気分が影響しているかどうか」は分かっていませんでした。
NICT脳情報通信融合研究センター(CiNet)の山岸典子主任研究員らのチームは、スマートフォンのアプリを独自に開発し、日常生活で起こる自然な幸福度の変化を記録するとともに、視覚探索課題を同時に長期間にわたり計測することを実現しました。その結果、幸福度の高低が視覚探索課題の速度に影響を与えることを明らかにしました。
なお、本研究成果はPLOS ONEのOPEN ACCESSに日本時間4月18日(水)に掲載されました。
本研究の一部は、日本学術振興会の科学研究費補助金の助成を受けて行いました。

背景

人は幸福度が高い時の方が低い時よりも、創造性が高く、また多くのことや人と関わることができるなど社会性が高まることが、社会心理学の研究で広く支持されています。しかし、人が物を見たり、見つけたりするような「基本的な機能に、その時の気分が影響しているかどうか」は分かっていませんでした。雑踏の中で友人や子どもを探したり、ショッピング中に欲しい物を探すなど、視覚探索は人にとって基本的で重要な機能の一つです。この機能にその時に感じる幸福感(幸福度)は影響するのでしょうか。
従来の研究では、これを解明するために、音楽や映像、報酬などによって人の幸福度を変化させ、そうした機能への影響を実験室で計測していました。これまでの研究結果は、幸福度の視覚機能への影響を支持するものと支持しないものが混在しており、異なる気分の想起方法も一つの要因ではないかと議論になっていました。
そこで、本研究では、気分を想起させる方法ではなく、自然な気分の変化を利用する新しい手法を開発し、幸福度が人の視覚探索過程に与える影響を確かめる実験を行いました。

今回の成果

図1: 幸福度の視覚探索パフォーマンスへの影響
図1: 幸福度の視覚探索パフォーマンスへの影響
本研究では、独自のスマホアプリを開発することで、日常生活の中で刻々と変化する人の幸福度を記録すると同時に、視覚探索課題を遂行することを可能とし、これにより、幸福度の高低が視覚探索課題の速度に影響を与えることを明らかにしました(図1参照)。
今回の実験の特徴は、日常生活の中で自然に変化する幸福度をスマホアプリにより記録すると同時に、心理学で広く用いられている課題をそのアプリによって遂行できるようにしたことです。
実験参加者は33名で、それぞれの日常生活の中で毎日、朝、昼、晩の三回、二週間にわたり、一回当たり五分程度、ターゲットを見つけるなどのアプリの課題に取り組みました(補足資料 図3参照)。その結果、人の幸福度は、性格などで一定ではなく、刻々と変化し(図2参照)、幸福度が高くなると、障害物の中のターゲットを速く見つけることができることが分かりました(図1参照)。
図2: 幸福度の変化
図2: 幸福度の変化
つまり、日常生活の中で人が感じている幸福度の高低により、人が物を見つけるというような基本的な機能のパフォーマンスが違うということを、実験で明らかにしました
また、この知見により、逆に、視覚探索課題のパフォーマンスをスマホアプリなどを利用してモニターすれば、人の幸福度の変化が分かる可能性を示しています。

今後の展望

幸福度の高低と、視覚探索機能のパフォーマンスが関係しているという本研究の結果は、視覚探索機能のパフォーマンスをモニターすれば、幸福度を推定できることを示唆しており、スマホアプリなどを活用することで、うつ病などの心の病気の兆候を未病の段階で「見える化」する手法の開発に役立てられることが期待されます。
さらに、視覚探索が速くできるようにスマホアプリなどでトレーニングすることで、幸福度を上げるような研究にも着手し、心の未病の「改善」を可能とする手法の研究開発を目指します。

採択論文

掲載誌:PLOS ONE
DOI:10.1371/journal.pone.0195865
掲載論文名:The effect of mood state on visual search times for detecting a target in noise: 
An application of smartphone technology
著者名:Maekawa, T., Anderson, S. J., de Brecht, M., Yamagishi, N. 

共同研究グループ

補足資料

今回の実験概要

本研究における、スマホアプリによる実験課題の概略を図3に示します。実験参加者は33名で、それぞれの参加者は毎日、朝、昼、晩の三回、二週間にわたり、一回五分程度の課題を日常生活の中で取り組みました。課題は、タップ課題、感情評定、視覚探索課題から構成されています。どの課題もスマートフォンを片手で持ち、利き手の人差し指で画面をタップして行います(図4参照)。
タップ課題では、数字の1から9をなるべく速く、正確にタップします。感情評定では、その時の眠さ、ストレスの強さ、幸福度、携帯電話の利用頻度、人とのコミュニケーション量を線分上の指標の位置で示します。指標の位置は指で自由に動かすことができます。いずれの項目も一番右がその項目の程度の高いとき、一番左が程度の低いときとしました。実験参加者に数字は見えませんが、解析時には指標の位置が一番左を0、一番右を10として解析しました。
視覚探索課題は、心理学で広く用いられている課題で、妨害刺激の中のターゲットをなるべく速く正確に探してタップする課題です。ターゲットが即座に見つかり注意を必要としないポップアウト条件と、刺激の一つ一つを調べて探す、注意を必要とする逐次探索条件があり、妨害刺激の数は10、20、30のときがありました。
図3: 今回の実験のスマホアプリによる課題
図3: 今回の実験のスマホアプリによる課題
図4: スマホアプリによる実験の様子
図4: スマホアプリによる実験の様子
図1は、実験参加者の視覚探索時間(全参加者の平均と標準誤差)を示しています。ポップアウト条件では、妨害刺激の数が増えても視覚探索時間が大きく増えません。これはターゲットが妨害刺激の中で目立って見えるためです。これに対して、逐次探索条件では、妨害刺激の数が増えるに従って確認する対象が増え、注意をそれらに向ける必要があるため、視覚探索時間が増加しています。これは、広く知られている心理学の実験室で統制された環境での結果と同じものです。この結果により、スマホアプリを利用することで心理実験を日常生活の中で行うことの可能性を認めました。
その上で、それぞれの実験参加者が実験冒頭に幸福度が高いと報告したとき(各参加者の幸福度上位30%、図1の白抜きのシンボル ○ □)と低いと報告したとき(各参加者の幸福度下位30%、図1の黒塗りのシンボル ● ■)で、視覚探索時間を分けて解析を行いました。ポップアウト条件では、幸福度の高低による視覚探索時間の差はありませんでした。
一方、逐次探索条件では、妨害刺激が一番多かった条件(図1妨害刺激の数が30のとき)で、幸福度が高いほど探索時間が速いことが明らかになりました。このことから、幸福度が高いと、一度に注意を向けられる範囲が広がったり、物を見る感度が上がるようになると考えられます。
 
図1: 幸福度の視覚探索パフォーマンスへの影響 (再掲)
図1: 幸福度の視覚探索パフォーマンスへの影響 (再掲)
なお、比較のため、コントロールとして行ったタップ課題の速度は、幸福度による差がなく、幸福度によって腕や指の動きが速くなったのではないことを意味しています。また、幸福度以外の感情評定(眠さ、ストレスの強さ、携帯電話の利用頻度、人とのコミュニケーション量)の大きさは、どれも視覚探索時間に影響しないという結果が得られました。
したがって、これらのことから、日常生活における自然な幸福度の変化と、視覚探索という人が生きていく上で基本となるような注意を必要とする知覚機能のパフォーマンスが関係していることが示されました。

本件に関する問い合わせ先

脳情報通信融合研究センター
脳情報通信融合研究室

山岸 典子

Tel: 080-9098-3257

E-mail: n.yamagishiアットマークml.nict.go.jp

広報

広報部 報道室

廣田 幸子

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