ポイント

  • 電波資源拡大のため、大幅な周波数利用効率改善の無線アクセス技術STABLEを開発
  • 5台の端末の同時接続屋外伝送実験で、周波数利用効率を2.5倍に向上できることを実証
  • 5Gの超多数接続をミリ秒オーダーの低遅延で実現する新しい無線システムの実現に期待
NICTワイヤレスネットワーク総合研究センターは、周波数資源のひっ迫状況の解決に向け、周波数利用効率を大幅に向上できる新たな無線アクセス技術STABLE(ステーブル)を開発し、今回、横須賀リサーチパークで行った屋外伝送実験の結果、周波数利用効率を2.5倍に向上できることを確認・実証しました。
これは、複数アンテナによる空間分割多元接続や端末固有の符号による符号分割多元接続を使うことなく、同一周波数・同一時間領域において5台の端末が同時に小サイズデータ伝送を行い(図1参照)、基地局側で4ミリ秒以下の遅延時間で各端末のデータを復元する新しい無線アクセス技術の開発により達成できたものです。従来のLTE方式における上り回線では、空間分割を用いない場合、同一周波数で複数の端末からの同時接続はできなかったことから、本研究成果は周波数利用効率の向上に大きく貢献するものです。
5Gでは超多数接続と超低遅延を提供する無線アクセス技術は異なる方式として標準化されますが、今回実証した技術は、超多数接続と超低遅延を同時に満たすことを目指すものであり、リアルタイム性を要するコネクテッドカーなどの膨大な数の移動型IoT端末を収容する無線システムの実現につながるものと期待しています。
本実証は、総務省委託研究開発「多数デバイスを収容する携帯電話網に関する高効率通信方式の研究開発」にて実施したものです。

背景

急激なIoT社会の進展に伴い、コネクテッドカーやドローン等、低遅延性を必要とする移動型IoT端末が急速に普及するものと見込まれています。これらの移動型IoT端末を収容する周波数帯として、電波の伝搬損失が比較的少なく見通し外でも通信が行いやすいUHF帯~6GHz帯が適しています。しかしながら、これらの周波数資源は既にひっ迫しており、限られた周波数資源を活用して、膨大な数の移動型IoT端末に対して、低遅延性を保証しながら収容するためには、電波資源拡大のため、周波数利用効率の一層の向上が不可欠です。

今回の成果

図1. 5台の端末の同時接続のイメージ
図1. 5台の端末の同時接続のイメージ
今回、5台の端末局が同一周波数・同一時間領域を使用して小サイズデータをミリ秒オーダーで伝送できる新たな無線システムSTABLEを開発し、移動局を含む5台の端末の同時接続の屋外伝送実験に成功しました。
同一周波数・同一時間領域を使用すると、図1に示すように、複数の端末(A~E)からの信号が重なって基地局では受信されますが、NICTが開発した干渉抑圧・除去技術を基地局に実装することで、各端末から送信されたデータを復元できることを、図2に示すように移動端末を含む屋外伝送実験で確認しました。
その結果、この技術を用いることで、従来のLTE方式の上り回線と比較して、周波数利用効率を約2.5倍に向上できました。
従来のLTE方式の上り回線では、空間分割多元接続の技術を用いない場合、同一周波数・同一時間領域で基地局アンテナ1本当たり1台の端末しか収容できませんでした。これまで、このような同一周波数・同一時間領域を使用するためには、端末間の干渉を軽減するために、複数アンテナによる空間分割多元接続や端末固有の符号による符号分割多元接続などを用いていました。
しかし、今回の技術は、このような多元接続技術を利用しなくても、周波数共用が行うことができます。また、空間分割多元接続等を併用することで、更なる周波数利用効率の向上も図ることができます。
この技術により5台の端末を同時収容できるようになり、空間分割多元接続及び周波数分割多元接続による同時接続端末数向上技術と併用することで、5Gの超多数接続の利用シナリオにおける要求条件である100万台/km2を超える接続端末密度162万台/km2の達成が理論上可能になりました。詳細は、補足資料の「3.接続端末密度について」をご参照ください。
また、今回の実証で使用した干渉抑圧・除去技術の処理遅延は小さく、屋外伝送実験ではこの処理遅延を含んで4ミリ秒未満の遅延時間で5台の端末から送信された信号を全て復元できることを確認しました。よって、5Gの超多数接続をミリ秒オーダーの低遅延で実現する新たな無線システムの実現が期待できます。
超多数接続を実現するために鍵となる、上り回線における非直交多元接続技術は、3GPPにおいて議論が行われていますが、今回の実験のように、低遅延も併せて実現する無線アクセス技術に関する屋外伝送実験については、3GPPにおいてもこれまで報告がなく、我々は屋外実験で世界でも先駆的な結果を得ることができました。
図2. 横須賀リサーチパークにおける屋外伝送実験
図2. 横須賀リサーチパークにおける屋外伝送実験

今後の展望

今後は、無線信号構成を見直すことで、従来のLTE方式(上り回線)と比較して、周波数利用効率を最大4.5倍まで向上させる実証を目指します。また、更なる周波数利用効率の向上に向けて、同一周波数・同一時間領域で接続可能な端末数を増加させる方式の研究開発に取り組む予定です。

補足資料

1. 今回開発した無線アクセス技術STABLE[1]

図5に示すように、ドローンやコネクテッドカー等を含む多数の移動型IoT端末(図中、端末A~Eで記載)から送信される小サイズデータを、IoT端末に適した限られた周波数帯において低遅延で収集するための新たな無線アクセス技術が、今後、必要になると考えられます。今回、同一周波数を用いて5台の端末から同時伝送を行い、基地局側にて低遅延で各端末データを復元する新たな無線アクセス技術を、以下の①②に示す技術を用いて開発しました。
図5. 今後必要となる無線アクセス技術のイメージ
図5. 今後必要となる無線アクセス技術のイメージ
① 伝送技術
図6に今回開発した新たな無線信号構成と従来方式(LTE上り回線の無線信号構成)との比較を示します。従来方式では、同一周波数・同一時間領域内には1台の端末(図中、Aと記載)のみ収容可能であったところを、今回の方式では、5台(図中、A~Eと記載)の端末まで収容可能となっています。データ信号を挿入可能な周波数・時間領域(図6の「データ信号」と記載した薄い黄色の領域)は従来方式と比較して半分に減少しますが、この領域内に収容できる端末局数が5倍になるため、実質2.5倍の周波数利用効率の向上になります(従来方式と今回の方式で、同じ変調・符号化方式を用いる場合)。
今回の屋外伝送実験では、図6左の「参照信号」で示した領域の両方に参照信号を挿入した構成を使用していますが、このうち一方の領域の一部((注)で示した領域)をデータ信号に置き換えてもデータ伝送が可能であることを机上検討により確認しており、この場合、4.5倍の周波数利用効率の向上になります。
図6. 今回開発した無線信号構成の概要
図6. 今回開発した無線信号構成の概要
遅延時間について
利用できる周波数帯を1つ(1チャンネル)として、5台の端末(A~E)からのデータを基地局で収集する場合を考えると、従来のLTE方式の上り回線では、図7右図に示すように、同一周波数・同一時間領域に1台しか端末を収容できないため、時間領域に空きができるまで待たなくてはいけない端末が生じます。一方、本技術では、同一周波数帯・同一時間領域に5台の端末まで収容可能であるため、空き時間領域を待つことなく、すぐにデータ伝送が可能になります。5台の端末からの信号が重なった信号からデータを分離するのに要する処理時間は、1台のデータの復元処理よりもかかるものの、後述の実験結果から、5台の端末のデータを分離する場合でも4ミリ秒以下であるため、遅延時間が短縮されます。 
また、本技術では、伝送時間間隔(伝送時間の最小単位)をLTE方式(1ミリ秒)の半分(0.5ミリ秒)としており、この部分の遅延についても短縮化を図っています。
図7. 本技術とLTE方式の遅延時間の比較
図7. 本技術とLTE方式の遅延時間の比較
② 干渉抑圧・除去技術
図6左のデータ信号領域内に示したとおり、複数の端末で同一周波数帯・同一時間領域を共用する場合、各端末のデータ信号が重畳された信号が基地局で受信されることになります。所望の端末局の信号以外は干渉信号となるため、各端末からの受信信号を分離し、送信されたデータを復元するためには、干渉信号を抑圧・除去する処理が必要となります。今回の実験では、干渉抑圧・除去を行うアルゴリズムとして、受信信号強度の大きい順に1端末ずつ逐次的に信号を判定し、その信号を除去していく逐次型干渉抑圧・除去(Successive Interference Cancellation: SIC)アルゴリズムを使用しています。
SICアルゴリズムの概念図を図8に示します。各端末固有の参照信号を利用して端末と基地局間の通信路特性を推定し、この推定値を用いて、重畳信号のうち、受信信号強度の一番大きい端末から送信された信号を再現(レプリカ信号と呼ばれる。)し、重畳信号から差し引くことで、干渉が除去されます。この処理を繰り返すことで、重畳されたデータ信号から、各端末のデータを分離し、復元します。
通常、レプリカ信号は、時間軸上の畳み込み処理で作成されますが、ここでは、周波数領域で処理することで低遅延化を図っています。
図8. 逐次型干渉抑圧・除去(SIC)アルゴリズムの概念図
図8. 逐次型干渉抑圧・除去(SIC)アルゴリズムの概念図
[1] M. Moriyama et al., “Efficient Radio Access for Massive Machine-Type Communication -An Interleaved Repetition Transmission Technique for Frequency Domain Equalization-”, IEEE Vehicular Technology (Seoul Chapter, Japan Chapter, Singapore Chapter and Taipei Chapter), Asia Pacific Wireless Communications Symposium (APWCS2017) (2017年8月)

2. 屋外伝送実験について

横須賀リサーチパーク内において、同一周波数帯を用い、5台の端末(うち、2台は時速30km程度で移動する同一車両内に設置)からの同時接続実験を行いました。実験環境は図2のとおりです。5台の各端末からは、図6の左に示す構成の無線信号(1ミリ秒内の2つのデータ領域には同一データを挿入)を1秒当たり500回ずつ伝送し続け、基地局側で各端末からのデータの分離処理を行います。その際、データ分離までに要する時間も同時に測定し、遅延時間を求めています。実験の主要諸元を表1に示します。
表1. 実験における主要諸元(上り回線)
項目 仕様
 中心周波数  2586MHz
チャンネル帯域幅 1.4MHz
最大空中線電力(端末局) 200mW
 
図9に実験の結果を示します。2台の端末を載せた車両の走行ルート上に1秒ごとにプロットした色により、同時接続(データ伝送)に成功した端末の数(1秒間(=500回の伝送)の平均値)を示しています。走行ルート上の多くの地点で5台の端末からの同時接続が成功していることが分かります。図に示した走行ルート全体にわたる同時接続成功端末数の平均値は4.5台となり、端末当たりのデータ伝送成功率は90%以上であることを確認しました。これは、再送処理を行っていない結果であり、今後、通信成功率の向上を目的として、再送制御等を追加する予定です。
なお、5台同時接続時の遅延時間(干渉抑圧・除去等の信号処理による遅延を含む。)は、3.9ミリ秒以下であることも確認し、5台の同時接続がミリ秒オーダーの低遅延で実現できることが実証されました。
図9. 同一周波数帯を用いた5台の端末からの同時伝送屋外実験の結果
図9. 同一周波数帯を用いた5台の端末からの同時伝送屋外実験の結果

3. 接続端末密度について

従来のLTE方式における上り回線では、空間分割多元接続の技術を用いない場合、同一周波数・同一時間領域で基地局アンテナ 1 本当たり1台の端末しか収容できませんでした。今回開発した技術(STABLE)を用いることで、5台の端末を同時収容できるようになります。これに、従来のLTE上り回線で用いられている空間分割多元接続技術(上り回線におけるマルチユーザMIMO技術)による同時接続(最大4台)及び周波数分割多元接続技術による同時接続数の向上(70倍)を併用することで、1ミリ秒当たりの同時接続端末数として、1,400台(=5×4×70)の達成が見込まれます。表2に、同時接続端末数を向上させる各技術とその寄与をまとめています。

表2. 接続端末密度向上のための各技術とその寄与
同一周波数において同時接続端末数を向上させる技術 同一周波数における同時接続端末数又は同時接続数の向上度 
今回の技術STABLE 5台
上り回線における空間分割多元接続
(UL MU-MIMO)
4台
周波数分割多元接続
(キャリアアグリゲーション等)
70倍
(周波数帯域幅1.4 MHz⇒100 MHz)
各端末からは平均1秒間隔で20バイト程度(3GPPの超多数接続利用シナリオにおける想定)のデータ送信を行うものとします。今回の技術(STABLE)では、1ミリ秒で1回の伝送(20バイト程度の伝送)が可能であるため、1秒間では1,000倍の端末が接続可能となります。図10に示すように、基地局間距離を3GPPの超多数接続の利用シナリオにおける想定である1,732mとし、各基地局において3セクタ構成とすると1セクタ当たりの面積は0.866km2となり、このセクタ内に1,400(台/1ミリ秒)×1,000= 140万台の端末が接続可能となるため、接続端末密度は140万台/ 0.866km2 = 162万台/ km2になります。なお、基地局と端末間は、本構成のセル半径である1km以上の距離を通信できるように設計しています。
図10. 接続端末密度の算出におけるセル及びセクタ構成
図10. 接続端末密度の算出におけるセル及びセクタ構成

用語解説

周波数利用効率
単位周波数帯域(1Hz)、かつ単位時間(1秒)当たり伝送できるデータ容量。同一周波数帯・同一時間を複数端末局で共用して接続する場合は、各端末局の伝送可能データ容量の合計となる。
STABLE(ステーブル)
Simultaneous Transmission Access Boosting Low-latEncyの略語。同一周波数帯における複数端末からの同時接続を低遅延で実現させるために新たに開発した無線信号構成技術及び>干渉抑圧・除去技術を含めた無線アクセス技術の総称。本技術の詳細は、補足資料 1.参照
空間分割多元接続
送信側、受信側(あるいは双方)に複数のアンテナを用いて送受間の無線通信路(空間)を分割することで、複数の異なる送信局から同一周波数帯・同一時間で、受信側に接続可能にする方式。今回の実験においては、端末及び基地局で用いるアンテナを各1本として、空間分割多元接続方式を用いていないが、今回の技術を併用することが可能である。
符号分割多元接続
送信データ信号に対して、送信局固有の符号による拡散処理を施した信号を伝送し、受信側で逆拡散処理を施すことで、複数の異なる送信局から同一周波数帯・同一時間で、受信側に接続可能にする方式。拡散処理により周波数利用効率や遅延時間の点で不利になるため、今回の実験においては、符号分割多元接続を用いていない。
遅延時間
送信側及び受信側の信号処理遅延を含む遅延時間は、図3に示すとおり、①送信側(端末)において、データ入力後から無線信号が形成されるまでにかかる処理時間(送信側の処理遅延時間)、②無線区間の遅延時間で送信パケットが端末から送信されてから基地局で受信されるまでにかかる時間、③基地局側において、信号が受信されてから、データが復元されるまでの処理時間(受信側の処理遅延時間)の合計である。
図3. 遅延時間の定義
図3. 遅延時間の定義
5G
第5世代移動通信システム(5th Generation Mobile Communication)の略語。高速大容量(enhanced Mobile BroadBand: eMBB)、超高信頼・低遅延(Ultra-Reliable and Low Latency Communications: URLLC)、超多数接続(massive Machine-Type Communications: mMTC)の3つの各利用シナリオに対して、それぞれの要件を満たすように3GPPで技術仕様が検討され、高速大容量(eMBB)と超高信頼・低遅延(URLLC)の利用シナリオに対しては、2018年6月にRelease15で標準化が完了している。一方、超多数接続(mMTC)の利用シナリオに対しては、Release16(2019年12月完了予定)において標準化が完了するが、図4に示すように、超多数接続(mMTC)の利用シナリオに対しては、超低遅延は求められていない。具体的には、mMTC利用シナリオに対する遅延時間の要件は10秒になっている(3GPP TR 38.913 V14.3.0)。
図4. 5Gの3つの利用シナリオにおける主要パラメータの重要度
図4. 5Gの3つの利用シナリオにおける主要パラメータの重要度
干渉抑圧・除去技術
端末から基地局にデータ伝送を行う上り回線において、同一周波数帯・同一時間を複数の端末が使用する非直交多元接続方式の場合、他の端末の信号が干渉信号になるため、この干渉信号を抑圧・除去することで、各端末から伝送された信号をそれぞれ復元する。
非直交多元接続(NOMA)
NOMAはNon-Orthogonal Multiple Accessの略語。周波数及び時間(空間や符号を含める場合もある)で分割された無線資源の領域を端末ごとに割り当て、その領域を用いて、基地局と接続を行う直交多元接続(Orthogonal Multiple Access: OMA)に対して、同一無線資源領域を複数の端末で共用して、接続を行う方式
3GPP
3rd generation partnership projectの略語。携帯電話網の仕様の検討及び作成を行う標準化団体間のプロジェクト

本件に関する問い合わせ先

ワイヤレスネットワーク総合研究センター
ワイヤレスシステム研究室

大堂 雅之、森山 雅文、滝沢 賢一、児島 史秀

Tel: 046-847-5063

E-mail: llc_mtcアットマークml.nict.go.jp

広報

広報部 報道室

廣田 幸子

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