大阪府立大学(学長:辻 洋)の大学院理学系研究科 竹野広晃(博士後期課程3年)、溝口幸司教授、およびNICTの齋藤伸吾主任研究員らの研究グループは、トポロジカル絶縁体薄膜に、電場や磁場をかけずに、光を照射するだけで、スピン電流(スピン偏極した光電流)を生成させることに成功しました。さらに、照射する光の偏光を操作することで、スピン電流の方向が制御可能であることを実証しました(図1)。

■本開発のポイント(特徴と効果)

トポロジカル絶縁体薄膜に光を照射することで、電場や磁場をかけずにスピン電流(スピン偏極した光電流)を試料表面に生成することに成功しました。
 
照射する光の偏光を操作することで、スピン電流の方向が精密かつ選択的に制御できることを実証しました。
 
この成果は、次世代のトポロジカル絶縁体を用いたオプトエレクトロニクスデバイスやスピントロニクスデバイスの向上に重要な役割を果たすことが期待されます。
 
図1:トポロジカル絶縁体薄膜に右回り円偏光(R偏光)(a)、および左回り円偏光(L偏光)(b)の光を照射したときの表面を流れるスピン電流の模式図。青丸のeは電子、水色矢印はスピン、黄色矢印は電子による光電流の向きを表します。R偏光とL偏光で、光電流の向きとスピンの向き(スピン電流)が変わることを示しています。
図1:トポロジカル絶縁体薄膜に右回り円偏光(R偏光)(a)、および左回り円偏光(L偏光)(b)の光を照射したときの表面を流れるスピン電流の模式図。青丸のeは電子、水色矢印はスピン、黄色矢印は電子による光電流の向きを表します。R偏光とL偏光で、光電流の向きとスピンの向き(スピン電流)が変わることを示しています。

1. 概要

スピンの自由度を積極的に利用したスピントロニクスが期待されています。トポロジカル絶縁体はスピントロニクスに利用される材料として期待されており、我々は、結晶軸を揃えた薄膜試料の作製に成功しました。通常、電流は電場や磁場などの外場を試料にかけることで流すことができますが、今回、我々は、トポロジカル絶縁体薄膜に、外場をかけずに、偏光した光を照射するだけで、スピン電流を試料表面に流すことができることを、試料表面に電流が流れることによって発生するテラヘルツ波を測定することにより確認しました。また、光の偏光を操作することによって、精密かつ選択的にスピン電流の流れる方向を制御できることを明らかにしました(図1)。

2. 背景

近年、トポロジー(位相幾何学)によって特徴づけられる新たな物質であるトポロジカル絶縁体が注目を集めています。トポロジカル絶縁体の結晶内部は絶縁的な特性を持つ一方で、その表面は金属的な伝導状態を示します。表面に存在する電子はスピン偏極しており、その偏極方向は電子の運動方向に対して常に垂直な方向を保ちます。このような特性から、トポロジカル絶縁体に光を照射することにより光電流が生じ、その光電流はスピン偏極していると予想されます。さらに、照射光の偏光を操作することにより、スピン電流(スピン偏極した光電流)の方向を制御できると考えられます。そこで、電流を検出するために電極を付けたトポロジカル絶縁体の単結晶に光を照射することを考えてみます。このとき、結晶内部では、照射光によって生じる電極間の熱に起因した電流や、結晶の対称性や結晶軸によって変化する電流が支配的に生じてしまいます。このため、これまではスピン電流を精密に制御することは困難とされてきました。そこで我々は、電極を付けていないトポロジカル絶縁体薄膜を作製することにより、試料内部の電流を抑制しつつ、試料表面のスピン電流の制御を試みました。

3. 研究内容と成果

本研究では、サファイア基板の上に、トポロジカル絶縁体の一種であるBi2Te3を成膜させることで、Bi2Te3の結晶軸を揃えた薄膜(膜厚:約25 nm)を作製することに成功しました。このBi2Te3薄膜の試料に、直線偏光(p)、右回り円偏光(R)、左回り円偏光(L)の光(波長:800 nm)を照射し、表面の光電流によって放射されるテラヘルツ波を検出しました。得られたテラヘルツ波の時空間変化を3次元プロットした結果を図2に赤曲線で示します。まず、3つの偏光すべてにおいてテラヘルツ波が観測されていることがわかります。テラヘルツ波は電流が流れることによって放射されるため、この結果は、電場や磁場などの外場なしに光電流が試料表面を流れていることを意味します。また、図中の青曲線は、試料表面を流れる光電流によって放射されたテラヘルツ波の時間変化を表しています。この結果から、光の偏光によってその方向が変化していることがわかります。また、テラヘルツ波の方向に対応する光電流の向きを、図中の水色矢印で表しています。図から、照射光がp偏光のときには、光電流の方向はy軸に沿っており、R・L偏光の場合には、そこから±45°方向にそれぞれ傾いていることがわかります。以上の結果から、照射光の偏光のみによって、試料表面を流れる光電流の方向を選択的に制御できることが実証できたと言えます。
 
図2:p偏光(a)、R偏光(b)、L偏光(c)
図2:p偏光(a)、R偏光(b)、L偏光(c)の光照射において、試料から放射されたテラヘルツ波の時空間変化の3次元プロット(赤実線)。黄色の直方体は試料を表し、緑曲線とオレンジ曲線は、テラヘルツ波のx成分、y成分をそれぞれ表します。また、青曲線は試料表面を流れる光電流によって放射されたテラヘルツ波の時間変化を表し、水色矢印はテラヘルツ波の方向に対応する光電流の向きを表します。
[画像クリックで拡大表示]
図3:赤丸は、照射光の偏光の楕円率に対するx方向のテラヘルツ波の振幅(すなわちx方向の光電流の大きさ)の変化を表します。青丸は、同様に照射光の偏光の楕円率に対する光電流のy方向のスピン偏極の大きさを表します。照射光の偏光の楕円率は、λ/4板を回転させることにより、変えることができます。今回用いた光学配置では、照射光の偏光はλ/4板の回転角が0°でp偏光、45°でR偏光、90°でp偏光、135°でL偏光、180°でp偏光であり、それ以外の角度では楕円偏光となります。 
図3:赤丸は、照射光の偏光の楕円率に対するx方向のテラヘルツ波の振幅(すなわちx方向の光電流の大きさ)の変化を表します。青丸は、同様に照射光の偏光の楕円率に対する光電流のy方向のスピン偏極の大きさを表します。照射光の偏光の楕円率は、λ/4板を回転させることにより、変えることができます。今回用いた光学配置では、照射光の偏光はλ/4板の回転角が0°でp偏光、45°でR偏光、90°でp偏光、135°でL偏光、180°でp偏光であり、それ以外の角度では楕円偏光となります。
次に、照射光の偏光が直線偏光や円偏光ではなく任意の楕円偏光では、光電流はどうなるでしょうか。これを調べるために、照射光側に挿入したλ/4板(QWP)を回転させ、照射光の偏光の楕円率を変えることで、x方向のテラヘルツ波を測定しました(図3)。ここで、λ/4板は、光の偏光を直線偏光や円偏光、楕円偏光など様々に変化させることができる光学素子です。今回用いた光学配置では、照射光の偏光は、λ/4板の回転角が0°でp偏光、45°でR偏光、90°でp偏光、135°でL偏光、180°でp偏光であり、それ以外の角度では楕円偏光となります。照射光の偏光の楕円率に対するテラヘルツ波の振幅の変化を図3に赤丸で示します。ここで、図3の横軸は偏光の楕円率に関係するλ/4板の回転角を示します。また、赤丸に対応する縦軸はテラヘルツ波の振幅、すなわちx方向の光電流の大きさを表します。図は、光電流の大きさや向きが照射光の偏光の楕円率に対して周期的に変化していることを意味しています。このことから、照射光の偏光の楕円率を細かく変化させることにより、光電流の大きさや向きを精密かつ選択的に制御できることがわかりました。
最後に、磁気光学カー回転を測定することにより、試料表面を流れる光電流のスピン偏極についても調べました。測定手法については、テラヘルツ波の時と同様に、照射光の偏光の楕円率を変化させ、光電流のy方向のスピン偏極を測定しました。照射光の偏光の楕円率に対するy方向のスピン偏極の大きさを図3に青丸で示しています。図から、スピン偏極の大きさや向きは、テラヘルツ波(すなわち光電流の大きさ)と同様の振舞いをすることがわかりました。これは、図1に示すように、光電流がスピン偏極していることを示しており、照射光の偏光によって光電流とスピン偏極の方向が変化することを意味します。以上の結果から、我々は、照射光の偏光によって精密かつ選択的にスピン電流(スピン偏極した光電流)の制御を実証することができました。
なお、本研究は大阪府立大学とNICTの共同研究によって行われました。大阪府立大学のグループでは、溝口幸司教授の指導の下、竹野広晃(博士後期課程3年)が、トポロジカル絶縁体薄膜の作製、トポロジカル絶縁体中のスピン電流からのテラヘルツ波測定、スピン偏極を観測するための磁気カー効果測定、および各種測定の解析を行いました。NICTの齋藤伸吾主任研究員は、トポロジカル絶縁体に発生するスピン電流をテラヘルツ波として検出するための光学系構築、および、テラヘルツ波測定の指導、サポートについて貢献しました。また、すべての著者が光電流およびスピン偏極に関する観測結果の議論について貢献しました。

4. 今後の期待

今回の成果から、試料構造を工夫することにより、外場をかけずに、照射光の偏光によってスピン電流を制御できることが実証されました。この光電流の緩和時間は数十フェムト秒と非常に短く、高速応答を示します。我々の結果はトポロジカル絶縁体を用いた次世代のオプトエレクトロニクスデバイスやスピントロニクスデバイスの発展に重要な役割を果たすことが期待されます。

発表論文

論文名:Optical control of spin-polarized photocurrent in topological insulator thin films
著者:竹野広晃1、 齋藤伸吾2、 溝口幸司1
所属:1大阪府立大学 大学院理学系研究科、2NICT
掲載雑誌:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-018-33716-0

用語解説

トポロジカル絶縁体
トポロジカル絶縁体は、数学的なトポロジーによって特徴づけられる絶縁体の一種です。結晶内部は絶縁的な特性を持つ一方で、通常の絶縁体とは異なり、その表面は金属的な伝導状態を示します。さらに、表面に存在する電子はスピン偏極しており、その偏極方向は電子の運動方向に対して常に垂直な方向を保ちます。2016年に、トポロジー相およびトポロジー相転移に関して、D. J. Thouless教授(アメリカ合衆国 ワシントン大学)、F. D. M. Haldane教授(アメリカ合衆国 プリンストン大学)、J. M. Kosterlitz教授(アメリカ合衆国 ブラウン大学)の3氏がノーベル物理学賞を受賞しています。
スピン偏極
スピンとは、電子の自転でイメージされることが多く、磁気的な性質を持ちます。スピンが空間的にある特定の方向を向いている状態を、スピン偏極しているといいます。
光電流
光を吸収し、励起状態となった電子によって流れる電流を光電流といいます。光電流全体のスピンが偏極している場合を特にスピン電流(スピン偏極した光電流)といいます。
光の偏光
電磁波である光は波の性質を持ち、電場と磁場が振動しながら伝播していきます。偏光とは電場の振動方向を意味し、光の伝播方向から見て、電場が直線的に振動しているものを直線偏光(p偏光)、円形(楕円形)に回転しながら振動しているものを円偏光(楕円偏光)といいます。また、円偏光には回転方向があり、特に電場が時計回りに回転する偏光を右回り円偏光(R偏光)、反時計回りに回転する偏光を左回り円偏光(L偏光)といいます。
テラヘルツ波
振動数が0.1 THzから10 THzの電磁波をテラヘルツ波といいます。電磁波は電流の大きさや方向の時間変化によって放射されます。この特徴を利用することで、テラヘルツ波の測定から電流の情報を非接触に得ることができます。
磁気光学カー回転
スピン偏極した物質に光を照射すると、反射光の偏光度(楕円率や楕円の主軸)が変化します。これを磁気光学カー効果といいます。また、この偏光を表す楕円の主軸の変化はカー回転角と呼ばれ、スピン偏極の大きさに比例します。つまり、カー回転角を測定することにより、物質中の電子のスピン偏極の大きさや向きを調べることができます。

研究に関するお問い合わせ

公立大学法人大阪府立大学 大学院理学系研究科

溝口幸司 教授

TEL:072-254-9712

E-mail: k.mizoguchiアットマークp.s.osakafu-u.ac.jp