NICT電磁波研究所 時空標準研究室は、ストロンチウム光格子時計を用いて、光時計として世界で初めて直近の協定世界時(UTC)の歩度校正に寄与しました。各国の計量標準研究所は、保有する一次及び二次周波数標準によって直近のUTCが刻む一秒の長さ(歩度)の評価を行い、これを国際度量衡局(BIPM)に報告することで、UTCの生成に貢献する役割があります。この評価が実際の校正に採用されるには、まず、国際度量衡委員会 時間周波数諮問委員会(CCTF)の国際作業部会によって、その能力が認定される必要があり、NICTの光格子時計は、パリ天文台に続き、光時計として二例目となる二次周波数標準の認定を2018年11月末に取得しました。そして、その取得直後の同年12月、パリ天文台と同時に、初めて光時計によって直近のUTCの歩度を評価し、その結果が従来のマイクロ波周波数標準による評価結果と共に、BIPMによって計算される歩度の校正値決定に採用されました。

背景

図1: NICT光格子時計の装置の一部(写真)とBIPMからの今年1月の報告書(Circular T 372) の一部
図1: NICT光格子時計の装置の一部(写真)と
BIPMからの今年1月の報告書(Circular T 372) の一部
写真左側に青白く見えるのはレーザー光で真空槽の窓が輝いている様子。ここで、光格子に捕獲した原子にレーザー光を照射し、原子が吸収するようにその光の周波数を調整することで、高精度な歩度情報を得ている。
グローバルな金融取引や第5世代移動通信システム(5G)等、実社会においては、より高精度な時刻情報がますます重要になっており、そこでは、参照する国際的な時刻として協定世界時(UTC)が用いられます。UTCは、世界中の400台以上もの原子時計の情報を用いて、BIPMがその重み付き平均を算出して生成します。しかし、計算が行われるのは月に一度であり、直近では一か月前の時刻しか分からないため、そのままでは実用に不向きです。
そこで、実社会でUTCを利用するために、各国の計量標準研究所などは、UTCに同期するように実信号の時刻を生成・維持しています。NICTが生成する実信号は、UTCに対して通常5,000万分の1秒以内の精度で時刻差が維持され、+9時間の時刻差を付けて日本標準時として広く提供されています。
そして、各国の標準時が参照するUTCが刻む「秒」は、国際作業部会が認定した一次及び二次周波数標準によって常時評価され、BIPMはこの評価値を採用して校正値を決定しています。
一方、近年は光時計の進歩が目覚ましく、従来の周波数標準を上回る性能を示しているため、より高精度な光時計によるUTCの校正が待たれていましたが、装置が複雑な光時計は、その精度を維持しつつ長期的に再現性良く運用することが困難であり、また、系統誤差の評価に時間を要するため、これまで直近のUTCの歩度校正は実現していませんでした。

今回の成果

今回、私たちは、NICTが開発した光格子時計を2018年12月2日(日)から12日(水)までの10日間にわたり、90%以上の時間稼働率で運用し、光格子時計が刻む「秒」を基準に10日間のUTCの歩度を評価しました。その結果が毎月BIPMによって実行される校正値決定に採用され、同時に運用したパリ天文台と共に、光時計により、直近のUTCの歩度を初めて校正しました。
この校正に寄与する資格を得るには、世界中の周波数標準研究者によって構成されるCCTFの国際作業部会から認定を取得する必要があります。この取得のために、NICTは、まず、NICT光格子時計の性能を評価し、この光格子時計が刻む「秒」を基準に、2016年4月から9月と2018年2月の7か月分の過去のUTCの歩度を評価し、2018年11月に作業部会に報告しました。この評価結果は、同期間の一次及び二次周波数標準の評価結果と高い整合性があり、私たちは、評価方法の妥当性について作業部会と議論した結果、同年11月末に、パリ天文台に続き、光時計としては二例目となる二次周波数標準の認定を取得しました。
加えて、私たちの校正値は、BIPM地球時という後処理で生成される更に高精度な研究用時刻の算出にも取り入れられました。BIPM地球時は、一次及び二次周波数標準がUTCを評価した期間の時刻もその評価結果を用いて校正されており、今回の光格子時計による校正値も反映させた、現在得られる時刻として最も歩度が秒の定義に近いものです。この時刻は、UTCでは参照時刻の精度として不十分である高精度な時刻や時間などを研究している科学者に主に利用されています
さらに、本成果は、「秒」の再定義実現に貢献します。近年の光時計の精度は、現在の「秒」の定義を実現するセシウム一次周波数標準の精度を凌駕しています。この状況を受け、CCTFでは、早くて2026年頃に、「秒」の定義をセシウム原子のマイクロ波遷移から、原子の光学遷移に改定することを検討しています。光時計によるUTCの定常的な校正は、「秒」の再定義実現に課せられた課題の一つとして挙げられており、本成果は、これをクリアできるポテンシャルを示したことになります。

今後の展望

世界に先駆けて行った本成果が契機となり、UTCの歩度校正に世界中の多くの光時計が参加するようになれば、国際的な標準時の精度が向上します。一方で、光格子時計は複雑な装置であるため、精度を維持して長期連続運用することは、まだ難しい段階ですが、近い将来、定常的にUTCを評価し、これを高精度化できるように、NICTは、光格子時計がいつでも確実に再現性良く運用できるよう、システムの構成要素一つ一つを更に改良していきます。

用語解説

光格子時計
2001年に東京大学大学院工学系研究科の香取秀俊准教授(当時)によって提案された光時計の方式の一つ。特別な波長のレーザー光を干渉させ、図2(b)のように、パンケーキを規則正しく並べたような複数の入れ物を作り、ここに数万個程度の原子を捕獲する。こうして動きを抑えた原子にレーザー光を照射し、原子が吸収する光の周波数(振動数)から「秒」の長さを計測する。提案当時、300億年経過後にようやく1秒ずれる程度の精度で、「秒」の歩度を調べられると見積もられ、実際に、現在の最高精度の光格子時計では、これに迫る精度を実現している。光格子時計に使われる原子には幾つか種類があり、本成果では、NICTとパリ天文台は共に、ストロンチウム原子を使った光格子時計を用いている。
 
図2: (a)光格子時計の装置の一部の写真、(b)光格子に捕獲された原子にレーザー光を照射した様子の概念図
図2: (a)光格子時計の装置の一部の写真、
(b)光格子に捕獲された原子にレーザー光を照射した様子の概念図
原子には特定の周波数の光(電磁波)を吸収する性質がある。原子がいつも光を吸収するように周波数を調整することで、精度の高い周波数を生成する。
協定世界時(UTC, Coordinated Universal Time)
現在の国際的な標準時。BIPMが、世界中の計量標準研究所などで運用されている400台以上ものマイクロ波原子時計の周波数の重み付き平均を取り、これをCCTFの国際作業部会で認定された一次及び二次周波数標準によって校正した結果(これを国際原子時と呼ぶ)に、うるう秒調整を加えたもの。協定世界時(UTC)は仮想的な時刻であり、実信号は存在せず、BIPMは月に一度、前月の各研究機関が発生・維持したUTC相当の実信号とUTCの時刻差を公表する。各国の計量標準研究所は、前の月の公表値を参考に、UTCに同期するように実信号を必要に応じて調整する。図3はこの報告書の一部。
 
図3: BIPMが毎月公表する報告書Circular Tに基づく、協定世界時UTCと各研究機関“k”の標準時UTC(k)との時刻差
図3: BIPMが毎月公表する報告書Circular Tに基づく、協定世界時UTCと各研究機関“k”の標準時UTC(k)との時刻差
ここでは、NICTの結果のみを記す。この報告書により、前の月の5日おきの時刻差を翌月に知ることができる。
周波数標準
現在の「秒」は、「セシウム133原子の基底状態の2つの超微細準位間の遷移に対応する放射の9 192 631 770周期の継続時間」と定義されている。この遷移を用いた、国際作業部会にUTCを校正する能力を有すると認められた高性能なセシウム周波数標準を一次周波数標準、この定義の遷移ではないが、UTCの校正を認められた他の原子種の高性能な原子周波数標準を二次周波数標準と呼ぶ。
国際度量衡局(BIPM, Bureau International des Poids et Measures)
1875年に締結されたメートル条約に署名した国々が創設した恒久的な学術機関。加盟国政府の代表者が集う国際度量衡総会で選出された最大18名の委員から構成される国際度量衡委員会(CIPM, Comité International des Poids et Mesures)の指示に基づき、計量標準に関する事業を行う。パリ郊外のセーブルにあり、時間周波数分野については、UTCを計算・決定し、その結果等をCircular Tと呼ぶ報告書で毎月発表するなど大きな役割を担っている。
国際度量衡委員会(CIPM)時間周波数諮問委員会(CCTF)の国際作業部会
国際度量衡委員会(CIPM)は、物理量の種類に応じて10個の諮問委員会から成る。時間周波数諮問委員会(CCTF, Consultative Committee of Time and Frequency)は、そのうちの一つである。早くて2026年の国際度量衡総会での決議が想定されている秒の再定義については、まず、CCTFで十分な技術的検討がなされた上で、CIPMに助言を行い、CIPMが勧告を出した上で、総会で決議される。
ここでの国際作業部会は、一次及び二次周波数標準に関するCCTFの作業部会(CCTF Working Group on Primary and Secondary Frequency Standards)を指す。この作業部会は、周波数標準を有する計量標準研究所の研究者で構成されており、申請を受けた周波数標準がUTCを校正する能力を有するかを審査し、承認を与えている。
光時計
光領域にある原子遷移を利用した光周波数標準の総称。光時計の方式には、光格子時計以外に、欧米発の単一イオントラップ時計がある。この方式は、交流電場を使って捕獲した単一のイオンを用いるため、他の原子との衝突などによる時計精度の劣化を受けにくい一方で、信号強度が弱く、高精度に「秒」の長さを計測するには、光格子時計に比べて長い信号積算時間を必要とする。
BIPM地球時
BIPMは、毎年1月末頃にその前年までの一次及び二次周波数標準によるUTCの校正値の重み付き平均を基に、後処理でより定義に近い歩度で時を刻む時刻を生成し、これをUTCに対する時刻差として公表する(実際には一定の時刻差が加えられている)。UTCにおいては、UTCを評価した一次及び二次周波数標準の校正値は、その評価期間のUTC校正には反映されないが、BIPM地球時は、これを反映させて過去のUTCを修正して生成され、私たちが現在知り得る最も定義に近い時を刻む学術目的の時刻である。

本件に関する問い合わせ先

電磁波研究所
時空標準研究室

蜂須 英和

Tel: 042-327-7253

E-mail: optical_timescaleアットマークml.nict.go.jp

広報

広報部 報道室

廣田 幸子

Tel: 042-327-6923

Fax: 042-327-7587

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