ポイント

  • 効率的に大容量通信を実現する光コヒーレント伝送方式のための新しい受信方式を開発
  • NICT独自のデバイス技術と信号処理技術を組み合わせて光受信回路をシンプルに
  • 将来の100Gアクセスに向けたシンプルな超小型光受信機の実現に期待
NICTネットワークシステム研究所は、独自に開発した高速集積型受光素子位相回復信号処理アルゴリズムを用いた、新たな光コヒーレント受信方式の実証実験に世界で初めて成功しました。現在、長距離系光ファイバ通信網で利用されている光コヒーレント受信機には、高精度な光源と複雑で精密な光回路が必要ですが、今回は、この複雑な光回路を用いる代わりに、受光素子を二次元に配置した集積型受光デバイスを用い、散乱させた光信号を画像的に受信し、位相回復信号処理を施すことで、光コヒーレント受信に成功しました。これにより、光回路を大幅にシンプルにすることができました。位相回復技術は、これまで、天文などの物理学の分野で知られていましたが、今回、光通信に特化したアルゴリズムを開発し、初めて、実際の大容量通信実験に成功しました。
本成果により、光源や複雑で精密な光回路が不要で、超小型でシンプルな光コヒーレント受信機が実現可能となり、受信機の小型化が求められる光アクセス網の大容量化が期待できます。

背景

現在、通信事業者等の長距離系光ファイバ通信網では、光の強度と位相に情報を乗せる光コヒーレント伝送により、毎秒100Gビットを超える大容量通信を実現しています。さらに、FTTHなど身近な光アクセス網でも光コヒーレント伝送の導入が検討されています。しかし、光信号の受信に用いられる受光素子は、光の強さ(強度情報)は検出できますが、位相は検出できないため、光コヒーレント方式信号の受信には、高精度な光源や複雑で精密な光回路が必要となります(補足資料 図2上段・中段参照)。そのため、受信機の小型化が求められる光アクセス網では、光コヒーレント伝送の導入が進んでいませんでした。

今回の成果

図1 位相回復型コヒーレント受信方式のイメージ図
図1 位相回復型コヒーレント受信方式のイメージ図 [画像クリックで拡大表示]
今回NICTは、新たに開発した位相回復信号処理アルゴリズムと2017年に開発した超小型かつ高速な二次元集積型受光素子を組み合わせることで、受信機内の光回路を大幅に削減し、シンプルにする「位相回復型コヒーレント受信方式」を提案し、その実証実験に、世界で初めて成功しました(図1及び補足資料 図2下段参照)。
本方式の構成要素は、以下のとおりです。
・受信した光の位相を二次元的な強度パターンに変換する散乱体
・散乱体で変換された強度パターンを一括受光する二次元集積型受光素子
・強度パターンから光の位相を逆算する位相回復信号処理アルゴリズム
位相回復技術は天文などの物理学の分野で知られていますが、計算量の大きさなどから、高速光通信へは応用されてきませんでした。今回、新しく開発したアルゴリズムでは、光位相変調信号の限られた位相状態に着目し、その計算量を大幅に削減することができました。本実験では、毎秒40Gビット相当の偏波多重QPSK信号を伝送し、位相回復型コヒーレント受信に成功しました。
なお、本実験の結果は、米国サンディエゴで3月に開催された光ファイバ通信関係最大の国際会議の一つである第42回光ファイバ通信国際会議(OFC2019)で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Post Deadline Paper)として採択され、現地時間3月7日(木)に発表しました。

今後の展望

今後は、16QAMといった、より複雑な波形を持つ光信号の復調や、より効率的な散乱体の設計など、信号処理技術・デバイス技術の両面から、位相回復型コヒーレント受信方式の実用性の向上に取り組んでいきます。
今回開発したコヒーレント受信方式は、光ファイバ通信のみならず、高精度な光測距や大容量の空間光無線通信など、超小型化が求められる身近な光ICTシステムへの多様な応用も期待されます。

採択論文

国際会議:第42回光ファイバ通信国際会議(OFC2019)最優秀ホットトピック論文(Post Deadline Paper)
論文名:Coherent Detection only by 2-D Photodetector Array: A Discreteness-aware Phase Retrieval Approach
著者名:Yuki Yoshida, Toshimasa Umezawa, Atsushi Kanno, Naokatsu Yamamoto

過去のNICTの報道発表

補足資料

1.今回開発した「位相回復型コヒーレント受信方式」

図2 上段: 強度受信方式、中段: 従来のコヒーレント受信方式、下段: 今回開発した位相回復型コヒーレント受信方式のイメージ図
図2 上段: 強度受信方式、中段: 従来のコヒーレント受信方式、
下段: 今回開発した位相回復型コヒーレント受信方式のイメージ図
図2は、光受信方式のイメージ図です。受光素子で受信する場合は、強度情報のみで位相情報は検出できません(図2上段参照)。現在、通信事業者で使用されている光コヒーレント受信方式では、ローカル光源と複雑で精密な光回路を用い、位相を検出します(図2中段参照)。
今回開発した「位相回復型コヒーレント受信方式」では、散乱体で光の位相を二次元の光強度パターンに変換し、NICTが開発した二次元集積型受光素子で画像的に受信した後、位相回復信号処理により、受信強度パターンから入力位相を逆算することで、光位相変調信号を受信します(図2下段参照)。
位相回復技術は、X線回折や透過型電子顕微鏡などの分野で広く知られていますが、計算量や位相回復アルゴリズムの頑強性に課題があり、高速光通信への適用は難しいと考えられていました。
今回、計算量の少ない一般化最急降下法に基づく位相回復アルゴリズムRAF(Reweighted Amplitude Flow)[1]に、SOAV(Sum-of-Absolute-Values)最適化[2]と呼ばれる手法により、光変調方式に関する事前知識(例えば、今回はQPSK変調)を取り込むことで、頑強かつ低要求演算量の位相回復アルゴリズムDRAF(Discreteness-aware RAF)を新たに開発しました。
[1] G. Wang, G. B. Giannakis, Y. Saad and J. Chen, "Phase Retrieval via Reweighted Amplitude Flow," IEEE Transactions on Signal Processing, vol. 66, no. 11, pp. 2818-2833, Jun. 2018.
[2] M. Nagahara, "Discrete Signal Reconstruction by Sum of Absolute Values," IEEE Signal Processing Letters, vol. 22, no. 10, pp. 1575-1579, Oct. 2015.

2.今回の実証実験の概要

図3 今回の実証実験の概略図
図3 今回の実証実験の概略図
図3は、今回の実証実験の概略図です。
① 光位相変調信号送信機
10Gbaud(1秒間当たり100億シンボルを伝送)の単一偏波及び偏波多重QPSK信号を生成
② 標準マルチモードファイバ
散乱体。高速光ファイバ通信に用いられるシングルモードファイバと異なり、マルチモードファイバでは、ファイバ中の複数の伝搬モード間の干渉及び群速度分散が信号歪みを生じる。今回は、その“歪み”を散乱体として利用
③ NICT開発の10GHz超の帯域を持つ32ピクセル高速集積型受光素子(うち8~12素子のみを利用)
④ 今回新しくアルゴリズムを開発した位相回復アルゴリズム(DRAF)
 
図4 今回の実証実験結果: 位相回復信号処理アルゴリズムの反復回数に対するビット誤り率の変化
図4 今回の実証実験結果: 位相回復信号処理アルゴリズムの反復回数に対するビット誤り率の変化
図4は、実証実験結果で、今回開発した位相回復信号処理アルゴリズムの反復回数と通信品質の指標となるビット誤り率の変化を示しています。
・単一偏波QPSK信号伝送時(青線)は、約150回の反復により、光通信で許容される誤り率を達成
・偏波多重QPSK信号伝送時(赤線)は、約400回の反復により、光通信で許容される誤り率を達成

用語解説

集積型受光素子
集積型受光素子
2017年にNICTが世界で初めて開発した超小型かつ高速な受光デバイス。32個の受光素子(光信号や光エネルギーを電気信号や電気エネルギーに転換)を、わずか0.35mm四方に集積
位相回復(Phase Retrieval)
光の振幅(強度)情報のみから位相情報を回復(推定)するための一連の信号処理、あるいは数学。X線分光や散乱イメージングなど、物理学や工学の幅広い分野で取り扱われる。古くはGerchberg-Saxtonアルゴリズムなどが有名
光コヒーレント受信方式
光コヒーレント受信方式
光の強さと位相(波としてのずれ)の両方に情報を乗せる多値変調を利用し、効率的に大容量伝送を可能とする伝送の受信方式。一般的な受光素子では、入射光強度に比例した光電流出力が得られるが、位相情報は検出できない。そのため、既存の技術では、情報伝達に用いる光の搬送波と同期したローカル光や、信号とローカル光を適切な位相差で合波するための光ハイブリッドなどから成る複雑で精密な光回路が必要
多値変調
1回の変調(1シンボル)で複数のビットを表現する変調方式。光の位相を利用するPSK(Phase Shift Keying)と位相と振幅を利用するQAM(Quadrature Amplitude Modulation)などがある。QPSK(Quadrature Phase Shift Keying)は、2ビット情報を1シンボルで表現する。
偏波多重QPSK信号
100Gbps基幹系光ファイバ通信網などで採用される伝送信号。単一モードファイバの垂直偏波と水平偏波を用いて、2系列の4相位相偏移変調(Quadrature Phase Shift Keying)信号を同時に伝送することで、単純なオンーオフ変調と比較し、4倍程度の伝送効率を実現する。
16QAM(Quadrature Amplitude Modulation)
QAMとは、多値変調の一種。1シンボルが取り得る位相空間上の点が16個で、1シンボルで4ビットの情報(24=16通り)が伝送でき、同じ時間でOOK(On-Off Keying)の4倍の情報が伝送できる。
光測距
電波より波長が短い光波を用いて、精度が高い計測をする技術。LiDAR(Light Detection and Ranging)

本件に関する問い合わせ先

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ネットワーク基盤研究室

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