ポイント

  • 103種類の認知課題群を用いてヒト脳の定量的な情報表現モデルを構築
  • 詳細な認知情報表現マップの可視化や認知課題の脳活動デコーディングに成功
  • 個人の発達・加齢や個性に対応した認知機能の比較定量手法等の開発に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)脳情報通信融合研究センター(CiNet)のグループは、103種類もの大規模な認知課題群を実施する際の脳活動を測定するfMRI実験を行い、認知機能と脳活動の関係を説明する定量的な情報表現モデルを構築しました。このような大規模な認知課題群を用いて個別被験者を対象とした脳情報表現モデルの構築を行うことは世界初の試みです。これにより、認知情報が脳内でどのように表現されているかを示す脳内情報表現空間及びその全脳分布を示す情報表現マップを多様な認知機能について作成することに成功しました。さらに、被験者が実施している認知課題を脳活動から高い精度でデコーディングすることに成功しました。
本研究は、人間の日常生活を司る多様な認知機能をこれまでになく大規模かつ詳細に解析したもので、脳内認知情報表現のより包括的な理解や、個人の発達・加齢や個性に対応した認知機能の比較定量手法の開発等の応用につながると期待されます。
本成果は、2020年3月2日(月)に英国科学雑誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

背景

我々の日常生活は、見る、聞く、記憶する、想像する、判断するといった多様な脳機能の複合によって支えられています。しかし、これまでのヒトを対象とする脳研究は、数種類の知覚・認知課題を用意して脳活動を計測する研究がほとんどだったため、我々の日常を司る複雑で多様な認知機能が、その総体としてどのように脳に表現されているかは明らかになっていませんでした。

今回の成果

図1
図1: 主成分分析に基づいた脳内における認知情報表現空間の2次元表現
情報表現空間上での各課題の関係性が色と配置で表されている。
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今回、CiNetの中井智也研究員と西本伸志主任研究員は、視聴覚や記憶、想起、論理判断等を含む多様な認知課題群を用意し、課題遂行中の脳活動記録(fMRI記録)を解析することで、認知機能と脳活動の関係を説明する情報表現モデルを構築しました。今回の解析手法は、これまで主に視聴覚等に限定されていた定量的な情報表現モデルの構築手法を拡張したもので、人間の持つ多様な認知機能に関する情報表現を包括的に扱うことができるものです。
 
実験では、被験者に3日間にわたって、見る、聞く、記憶する、想像する、判断するといった103種類の認知課題を実施してもらい、その際の脳活動をMRI装置で測定しました。測定した脳活動に対し、次の2種類の情報表現モデルを構築して解析を行いました。
第1のモデルは、課題の各特徴量を1か0で離散的に表現した課題種類モデルであり、このモデルを用いることで、103種類の課題それぞれに対する大脳各領域の寄与データを抽出することができます。得られた寄与データに対して主成分分析を実施することにより、103種類の課題の関係性を示す認知情報表現空間を可視化しました(図1参照)。この空間上では、脳における表現が似ている課題ほど近い色で近くに配置されるようになっています。
 
図2
図2: (A)大脳の認知情報表現マップ(左右大脳のインフレート図及び展開図)
各部位が表現する認知内容を図1と同じ色で表示している。
(B-D)左半球中側頭回(B)、左半球前頭前野(C)及び右半球上側頭回(D)の2mm角領域における認知機能の構造
ここでは、各領域の寄与が大きい課題は赤色、寄与が少ない課題は青色で表示されている。
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また、大脳を約2mm角に分割した各領域について、その領域の寄与が大きい認知表現を図1と同じ色で表すことにより、認知表現と脳領域の関係を示す全脳認知情報表現マップを可視化しました(図2A参照)。このように可視化されたマップからは、例えば、後頭葉の視覚野(展開図中心付近にある緑色の視覚関連課題に相当)などの大局的な機能構造のほか、従来の研究では明らかにされていなかった認知機能の細かな機能構造も見て取ることができます(図2B-D参照)。
 
図3
図3: (A)脳活動から遂行中の認知課題を推定するデコーディングの概念図
脳活動から各課題の尤度(もっともらしさ)を推定し、正解とそれ以外を正しく弁別できるかを推定する。
(B)デコーディングの推定精度
偶然に正解する割合(50%)が赤線で示されている。
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第2のモデルは、課題種類モデルによって得られた各課題に対する大脳各部位の寄与データと、過去の脳機能イメージング研究のデータベースを照合することにより、課題を高次元(715次元)の認知因子の空間で表現した認知因子モデルです。このモデルは認知課題を高次元の連続空間で表現することで新規の認知課題に関する予測を可能にするものであり、これによって被験者が実施している新しい認知課題について脳活動から高い精度でデコーディング(解読)することなどに成功しました。(図3参照)。

今後の展望

今後は、対話や仮想現実空間での行動など、これまでの脳研究では検証が困難だった、より複雑な認知活動の基盤を明らかにすることが可能だと考えられます。また、学習や発達・加齢による認知機能の脳内表現の変化や、様々な能力を持った人々の個人差の定量可視化等への応用が期待されます。

論文情報

論文名: Quantitative models reveal the organization of diverse cognitive functions in the brain
掲載誌: Nature Communications
著者: Tomoya Nakai and Shinji Nishimoto
DOI: 10.1038/s41467-020-14913-w
本研究は、以下の研究費のサポートを受けて実施されました: 
JSPS科研費(JP17K13083、JP18H05091 in #4903 (Evolinguistics)、JP15H05311、JP18H05522)、JST CREST JPMJCR18A5、JST ERATO JPMJER1801

補足資料

今回の実験と結果の詳細

6名の被験者は、3日間にわたり実験に参加し、MRI装置の中で103種類の課題を実施しました(図4A参照)。各課題は、6~12秒の長さで全12試行あり、ランダムな順番で実施されました。
実験によって得られた認知課題と脳活動データを用いて、データ解釈を重視した課題種類モデル及び新規状態における予測を行うことが可能な認知因子モデルの2種類のモデルを構築して解析を行いました。
課題種類モデルは、103種類の課題が異なる脳活動パターンを持つことを仮定した単純なモデルであり、これを用いることで、103課題に対する大脳各領域の寄与を抽出することができます(図4B参照)。図では、103種類の課題を第1、第2主成分によって2次元マップ上に投射し、各課題をさらに第1から第3主成分負荷量によって赤、緑、青に色分けしました。また、大脳の各領域に、第1~第3主成分の寄与が大きい課題を赤、緑、青で表すことにより、認知課題と脳領域全体の関係を可視化しました。
課題種類モデルで得られた重み係数と、NeuroSynthという過去の脳機能イメージング研究のデータベース(Yarkoni et al. 2011)の相関係数を利用することにより、各課題を715次元の認知因子の空間に投射する認知変換関数を構築しました。認知変換関数を課題種類モデルに適用することで、課題に対する潜在的な認知因子の寄与を表す認知因子モデルを構築することができました(図4C参照)。さらに、103課題のうち、8割の課題で学習された認知因子モデルを用いて、残り2割の学習に用いられていない課題を脳活動からデコーディングする交差検定法を行い、新規課題に対する汎化性能を求めました(図4D参照)。
なお、本研究の実施に当たっては、被験者全員に対して事前に実験内容を説明し、参加の同意を得ました。また、実験計画については、情報通信研究機構の倫理委員会の承認を受けています。

図4
図4: (A)実験デザイン: 103種類の課題実行中の脳活動をfMRIで計測した。
(B)課題種類モデルの概要: 各課題が1か0で離散的に表現された特徴量を用いている。脳活動と特徴量の関係を表す重み行列を多変量線形回帰により推定した。
(C)認知因子モデルの概要: 過去の脳研究データベースとの照合により認知変換関数を計算し、結果として得られた連続的な潜在変数を特徴量としてモデルを構築した。
(D)新規課題のデコーディング: 103課題のうち8割の課題で認知因子モデルを訓練し、残り2割の課題に適用した。

用語解説

fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)
機能的磁気共鳴画像法。神経活動に伴う血流変化を測定する手法のことを指す。被験者を傷つけることなく、非侵襲的に脳活動を調べることができる。
デコーディング
脳活動から、その人が感じたり考えたりしている内容を解読する技術。脳活動から知覚内容や意図を読み出す脳機械インターフェースの数理基盤としての利用等、工学・臨床分野への応用が期待されている。
図
図 知覚意味内容のデコーディング技術の例 左は被験者が見た画像、右は画像を見た被験者の脳活動を測定して得られた脳情報をデコーディングして知覚している意味内容を単語の形式で推定したもの。約1万単語の候補から、品詞別に推定上位6単語を抽出。(Nishida and Nishimoto 2018 NeuroImage

主成分分析

データの分散を最もよく説明するような軸を取ることで、データを少ない次元で表現する手法。本研究では、多変量線形回帰により得られた重み係数(大脳皮質の103課題に対する寄与データ)に対し適用し、可視化の一例として寄与の高い上位3次元のデータを図示した。

本件に関する問い合わせ先

脳情報通信融合研究センター
脳情報通信融合研究室

中井 智也、西本 伸志

Tel: 080-9098-3254

E-mail: sngアットマークml.nict.go.jp

広報 (取材受付)

広報部 報道室

廣田 幸子

Tel: 042-327-6923

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