ポイント

  • 細胞骨格「微小管」に力学ストレスを加えられる装置を開発
  • 微小管が変形するとモータータンパク質による物質輸送速度などが変化することを発見
  • 物質輸送の阻害が関与する神経疾患などの病理解明に貢献

概要

北海道大学大学院理学研究院のナスリン サエダ・ルバイヤ博士研究員、角五彰准教授、佐田和己教授、情報・システム研究機構国立遺伝学研究所の鳥澤嵩征助教、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の大岩和弘主管研究員らの研究グループは、細胞骨格「微小管」に力学ストレスを加えられる装置を新たに開発しました。その装置を用い微小管に力学ストレスを加え変形させると、細胞活動の維持に必須となっている物質輸送速度などが変化することを見出しました。
力学的なストレスは、様々な細胞活動に影響を与えていることが明らかになってきています。特に、神経細胞活動と力学ストレスとの関連性は、近年急増しているパーキンソン病などの神経疾患の観点から注目されています。生理学的な研究で神経細胞の変形が細胞内物質輸送を阻害することなどはわかっていましたが、分子レベルで直接評価された例はこれまでありませんでした。
本研究では、従来のガラス基板をシリコーンゴム基板に変えることで微小管に定量的に力学ストレスを加えられるようになり、細胞内で見られるような微小管の変形を再現できるようになりました。さらに、変形した微小管に沿って移動する モータータンパク質(ダイニン)の移動速度や移動距離を評価することで、微小管の変形に応じて物質輸送が変化することを世界で初めて分子レベルで明らかにしました。
この知見は、力学的なストレスと直接関連する外傷性脳損傷(TBI)や、微小管の変形が原因とされるハンチントン病やパーキンソン病などの神経疾患の病理解明につながると期待されます。
なお、本研究成果は2020年3月5日(木)公開のACS Applied Bio Materials誌に掲載されました。
図
微小管の変形に応じて物質輸送が変化することを世界で初めて解明。
微小変形では輸送速度が増加し、さらに変形すると減速、大変形では微小管が破損し輸送が停止。

背景

細胞の分化、発生、疾患などにおいて、力学的なストレスが大きな影響をもたらすことが生理学的研究から明らかとなってきています。力学的ストレスを感知する細胞内のセンサーとしては、イオンなどを透過するチャネル型と非チャネル型の存在が知られています。近年、細胞の形態形成や細胞内物質輸送などにおいて重要な役割を果たしている細胞骨格「微小管」がもつ非チャネル型力学ストレスセンサーとしての機能に注目が集まっています。しかし、これまで力学ストレスが微小管の機能を変化させるという直接的な証拠はありませんでした。その理由として、力学ストレスを定量的に加えながら微小管の生化学的な機能を評価する装置が存在しなかったことが考えられます。今回、研究グループは細胞内環境を模倣しながら細胞骨格「微小管」に力学ストレスを加えられる装置を開発しました。

研究手法

微小管は、ブタの脳細胞から精製したチューブリンを重合して得ました。モータータンパク質であるダイニンは、大腸菌により発現させ、カラム等で精製して得ました。今回開発した装置は、独自開発した伸展機構を有しており、ステッピングモーターにより制御することで定量的に力学ストレスを加えることが可能になりました。シリコーン性ゴム(ポリジメチルシロキサン)を伸展機構部位に装着し、調製した微小管をシリコーン性ゴム基板上に固定化することで、基板を介して微小管に力学ストレスを加えました。微小管に沿って移動するダイニンの移動速度や移動距離の評価は、ダイニンに複合化された量子ドットをATP存在下で蛍光顕微鏡により観察して行いました。

研究成果

研究グループは上記の評価の結果、加える力学ストレスを増加させると微小管の座屈変形が増大することを解明しました。座屈変形した微小管に沿って移動するダイニンの運動速度を調べたところ、微小変形領域では移動速度が3倍近く増加し、中間変形領域では減少に転じることがわかりました。さらに、微小管が大変形した領域では、輸送が完全に停止することも明らかになりました。本研究結果は、力学ストレスによる微小管の変形が細胞内物質輸送を変化させることを分子レベルで見出した世界初の報告です。

今後への期待

本研究成果は、1)細胞を取り巻く力学環境を研究対象としたバイオメカニクスやメカノバイオロジーなどの学術分野への波及効果、2)力学的なストレスが要因とされる外傷性脳損傷(TBI)や、微小管の変形が関連しているとされるハンチントン病やパーキンソン病などの神経疾患研究への波及効果、3)力学センサーなどの開発を目指すソフトマテリアルを含めた材料科学分野などへの波及効果も期待されます。

論文情報

論文名 Regulation of biomolecular-motor-driven cargo transport by microtubules under mechanical stress(モータータンパク質で駆動される物質輸送は、力学ストレス下にある微小管により変調される)
著者名 Syeda Rubaiya Nasrin2, Tanjina Afrin1, Arif Md. Rashedul Kabir2, Daisuke Inoue2, Takayuki Torisawa3,4, Kazuhiro Oiwa5, Kazuki Sada2, Akira Kakugo21北海道大学大学院総合化学院, 2北海道大学大学院理学研究院, 3情報・システム研究機構国立遺伝学研究所, 4総合研究大学院大学生命科学研究科遺伝学専攻, 5情報通信研究機構未来ICT研究所)
雑誌名 ACS Applied Bio Materials
DOI 10.1021/acsabm.9b01010
公表日 2020年3月5日(木)(オンライン公開)

用語解説

モータータンパク質
アデノシン三リン酸(ATP)の加水分解によって生じる化学エネルギーを運動に変換するタンパク質。生物のほとんどすべての細胞に存在しており、物質の輸送や細胞分裂に関わっている。アクチン上を動くミオシン、微小管上を動くキネシンやダイニンが知られている。本研究では微小管とダイニンを使用した。

問合せ先

北海道大学 大学院理学研究院

准教授 角五 彰(かくごあきら)

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