ポイント

  • 移動環境でも公衆網から自営網へスムーズな高速切替えが可能なワイヤレス基盤技術を開発
  • 線路沿線に仮設したミリ波帯の自営リニアセルにおいて、平均5秒以下の高速切替えを実証
  • ローカル5Gなどで期待されるエリア限定サービスの安定的な提供を実現する技術として期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)、東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本、代表取締役社長:深澤 祐二)、公益財団法人鉄道総合技術研究所(鉄道総研、理事長:熊谷 則道)は連携し、全国通信事業者が提供する公衆網に接続された列車や自動車上の端末などが、自営網事業者が設置する自営スポットセルの圏内に移動した際に公衆網から自営網へのスムーズな無線ネットワークの切替えを可能とする基盤技術の実証実験に成功しました。この基盤技術はNICTが開発したもので、自営網事業者と公衆網事業者間で加入者情報を共有する必要がなく、公衆網などの一般的なネットワーク回線を経由して自営網に事前に一度アクセスしておくことで、接続切替えに要する時間を大幅に短縮できます。今後普及が期待されるローカル5Gのように建物や土地の範囲限定で自営サービスを提供するための自営スポットセルに対して、非常に短時間での接続が実現でき、サービスを安定して提供することが可能です。
今回、JR東日本 烏山線(栃木県)にミリ波帯を用いた自営のリニアスポットセルを構築し、列車に設置した端末を用いて、本技術の実証実験を行いました。その結果、従来は4分以上掛かっていた公衆網から自営網への接続切替時間が、平均5秒以下、最大でも10秒程度に短縮できることを実証しました。さらに、地上複数地点の動画をリニアスポットセル通過中の車上端末に同時に伝送し、公衆網接続時と比べて低遅延で動画伝送できることを確認しました。本技術が実用化されれば、エリア限定の自営サービスを移動者にも安定して提供可能となることが期待されます。
なお、本技術の実証実験に伴う成果の一部について、2020年4月23日(木)にオンライン開催される電子情報通信学会無線通信システム研究会にて発表する予定です。

背景

図1
図1 実証実験での無線機設置の様子
(上:地上、下:車上)
現在、公衆網としてインフラ整備が進む5Gの革新的な技術を用い、建物や土地など限定した範囲で自営通信サービスを提供するローカル5Gが注目されています。ローカル5Gでは、準ミリ波帯である28GHz帯(28.2-28.3GHz)が屋外利用の周波数帯として制度化されていますが、使用する周波数が高いため、サービス提供可能なエリア(セルサイズ)が小さくなり、コスト的にも物理的にも面的な展開が難しいという問題がありました。特に、列車や自動車などの移動車両にエリア限定で情報配信をするようなサービスでは、スポット的に配置された自営セル(自営スポットセル)への接続遅延が発生すると、移動車両がサービスの提供を受ける前に自営スポットセルを通過してしまうことがあり、自営スポットセルへの高速接続技術の実現が強く求められていました。

今回の成果

NICT、JR東日本、鉄道総研は、列車のような移動環境でも公衆網から自営スポットセルへのスムーズな高速切替えを可能とするワイヤレス基盤技術の実証実験に成功しました。
本技術はNICTが開発したもので、公衆網などの一般的なネットワーク回線を経由して自営網に事前に一度アクセスしておくことで、スポットセル到着時のセルサーチや認証手続のような接続処理を大幅に短縮し、自営網と公衆網の事業者間で利用者の加入者情報を共有することなく、公衆網と鉄道用などの自営網の間でスムーズな接続切替えを実現します。
今回、NICT構内、鉄道総研所内試験線での予備実験を経て、JR東日本 烏山線(栃木県)に、ミリ波帯を用いた総長3kmの自営リニアスポットセルを構築し、本技術の実証実験を実施しました。その結果、従来の方法では、自営リニアスポットセル到着から接続まで4分以上要する場合や、サービス提供前にセルを通過する場合がありましたが、本技術を適用することで、平均5秒以下、最大でも10秒程度と、大幅に接続切替えの時間を短縮することができました。
さらに、地上に設置した複数のカメラ映像を同時に車上に伝送する動画伝送実験を行いました。公衆網利用時には約800ミリ秒だった往復遅延時間(ラウンドトリップタイム)が、自営網に接続を切り替えた後は約100ミリ秒とおよそ8分の1に短縮され、動画の品質が改善できることを確認しました。

今後の展望

本技術は、ローカル5Gにも適用することができ、交通インフラのような移動体を対象とするサービスやシステムにおいて、専用装置を導入することなく高速移動のユーザ向けに自営スポットセルへの高速な接続切替えを実現し、安定的な接続環境を提供することができます。鉄道事業者に限らずエリア限定で自営サービスを提供する事業者にとって、多様なサービスの展開が期待できます。
また、ローカル5Gは、農業、交通インフラ、防災システムなどの地域課題を解決する技術としても非常に期待されています。今後は、さらに本技術の高度化を目指した研究開発を推進し、農業のようにスポットセルを密に配置することが難しい環境など、より適用範囲を広げて様々な分野の地域課題の解決に貢献していきます。

各機関の役割分担

・NICT: 実験機材の開発、自営リニアスポットセルの構築及びそれらの運用
・JR東日本: 実験線区の選定、地上インフラ設備の構築、保安体制確保、営業車による実証実験の実施、及び鉄道環境下での実験に伴う知見の提供
・鉄道総研: 国立研究所の試験線における予備実験の実施、鉄道環境への導入に必要な諸条件などの知見の提供
 

論文情報

論文名: ミリ波帯鉄道リニアセルにおける営業列車を用いた事前仮想接続技術の実証実験
掲載誌: 電子情報通信学会 無線通信システム研究会 技術報告 (信学技報)

補足資料

JR東日本 烏山線における実証実験の概要

今回の実証実験は、2019年12月4日(水)から2020年2月6日(木)にかけて、栃木県高根沢町の宝積寺駅から下野花岡駅間で実施しました。烏山線の沿線に、NICTが開発した親局となるベースバンド装置(BBU)1台と無線信号の送受信処理を行う無線機(RRH)3台を設置し、総長3kmの範囲がサービスエリアとなる自営のリニアスポットセルを仮設しました。これら3台のRRHと、烏山線を走行するACCUM(蓄電池駆動電車)の営業車両内に設置した端末との間で通信を行い、公衆網と自営網の接続切替えの実証を行いました。
実験の内容としては、32GHz帯の電波を使い、RRHに取り付けた指向性のあるホーンアンテナでリニアスポットセルを形成し、リニアスポットセル突入時の自営網への接続切替えと、接続先の3台のRRHをシームレスに切り替える接続実験を行いました。また、地上に設置した複数のカメラから車上端末への複数動画同時伝送実験を行いました。サービスエリアには下野花岡駅も含まれており、走行速度60km/hでの突入時における接続切替実験のみでなく、駅での停車までの速度変化による接続安定性などを評価しました。
 
図3
図3 実証実験を実施したJR東日本 烏山線沿線の実験エリアと機材設置の様子
地理院地図(国土地理院)を利用

用語解説

自営網事業者
自営網事業者とは、全国通信事業者とは異なり、オフィス、駅、商業施設などにおいて独自に基地局を設置して専用の通信サービスを提供する事業者のこと。このような施設の管理者が自営網事業者となり、独自に自営網を設置するような場合もあれば、ローカル5Gを専門に扱う事業者が自営網事業者として、このような施設の自営網を設置・運用する場合もある。
自営スポットセル
自営網事業者が設置する特定エリアに限定したセルのこと。28GHz帯などで運用する自営スポットセルで移動ユーザにサービスを提供する際に、自営網への接続処理に時間が掛かると接続が間に合わず、十分なサービスの提供が難しいという問題があった。通信事業者の展開する28GHz帯を利用する狭域セル(マイクロセル)でも同様の問題があるが、通信事業者は周波数の異なる広域セル(マクロセル)も同一エリアで運用しているため、制御信号をマクロセルでやり取りし、マイクロセルの接続手続を簡略化又は省略することで、この問題を解決している。一方で、自営網事業者が独自にマクロセルを設置することは、コスト的にも技術的にも難しく、自営網への高速接続技術の実現が求められていた。
セル
一般的には基地局によってサービスが受けられる範囲のこと。この範囲は電波の到達距離によって決まり、電波の到達距離は電波の周波数によって異なる。一般的には、周波数が高いほど電波の到達距離が短くなる傾向があるため、セルサイズも小さくなる。ローカル5Gの屋外利用では、28.2-28.3GHzと非常に高い周波数が割り当てられているため、セルサイズが小さくなる。なお、サイズの大きなセルのことをマクロセル、サイズの小さなセルのことをマイクロセルと呼ぶ。
 
ローカル5G
5Gで実現される超高速、超低遅延、超多数端末同時接続などの技術を、企業や自治体などの自営網事業者が独自に構築するネットワークのこと。図2のように、全国通信事業者が全国で均一に提供する5Gの通信サービスに対して、ローカル5Gは、自営網事業者が自らの土地や建物など、場所限定で提供する自営の通信サービスに当たる。また、全国事業者が展開するネットワークを公衆網、自営網事業者が設置する自営のネットワークを自営網という。特に秘匿性の高い情報を扱うサービスや安定的な通信品質が要求されるサービスは、公衆網の状態に依存しないローカル5Gでの実現が期待されている。
現在、総務省の「ローカル5G検討作業班」において制度化の議論が進められており、4.6-4.8GHz及び28.2-28.3GHzの周波数帯がローカル5G専用周波数帯として割り当てられている。このうち、屋外での利用には28.2-28.3GHzのみが認められているが、電波の到達距離が制限されるため、サービスを受けられる範囲、いわゆるセルサイズを大きくすることが難しい問題があり、広域において実用性の高い制度化について議論が重ねられている。
 
図2
図2 ローカル5Gの概念図
リニアスポットセル
鉄道路線や高速道路のような線状に展開されるエリアにおいて、列車や自動車との通信を行うために直線状に形成したセル(通信エリア)又は無線システムをリニアセルという。リニアスポットセルは、スポット的に配置されたリニアセルのこと。形成すべきエリアが沿線に限定されるため、間隔を空けて無線機を配置することでリニアセルは比較的容易に構築できるが、長距離にわたってリニアセルを構築するためには設置コストの低減が重要な課題であり、光通信技術を用いて無線機の構成を簡略化する手法や、各無線機のビームの指向性を絞って電波到達距離を延ばす手法などが広く検討されている。

本件に関する問合せ先

国立研究開発法人情報通信研究機構
ワイヤレスネットワーク総合研究センター
ワイヤレスシステム研究室

松村 武、伊深 和雄、児島 史秀

Tel: 046-847-5125

E-mail: wsl-infoアットマークml.nict.go.jp

東日本旅客鉄道株式会社
広報部 報道G

Tel: 03-5334-1300

公益財団法人鉄道総合技術研究所
総務部 広報

Tel:042-573-7219

E-mail: rtriprアットマークrtri.or.jp

広報(取材受付)

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広報部 報道室

廣田 幸子

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