ポイント

  • 世界初、カラーフィルタアレイ不要、自然な光で瞬間カラーホログラムの記録システムを開発
  • 撮影1回、従来のホログラフィックカラー多重3次元蛍光顕微鏡に比べ、回数250分の1以下
  • 生体観察や動的現象の観測に必要なホログラフィックマルチカラー3次元動画像記録に応用可能
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)、学校法人桐蔭学園桐蔭横浜大学及び国立大学法人千葉大学の研究グループは、NICT電磁波研究所において、自然な光で照明された3次元空間や蛍光体の発光を瞬間のマルチカラーホログラムとして記録できるシステムの開発に成功しました。NICTが提案・研究してきた計算コヒーレント多重方式を用いることで、1回の撮影で複数種類・多数の蛍光体を同時にホログラムとして記録できる、カラー3次元顕微鏡ができるようになりました。また、カラーフィルタアレイ不要で、1回の撮影で蛍光体のカラー多重ホログラムのセンシングを達成したのは世界初です。
本技術が実用化されれば、これまで障壁となっていた自然光のマルチカラーホログラムにおける記録速度の問題が解決し、生体観察や動的現象の観察にとって不可欠な高速度のマルチカラー3次元動画像観察が可能になるものと期待されています。今後、本技術を、微弱な光のマルチカラー3次元動画像顕微鏡として発展させる予定です。なお、本成果は、日本時間2020年7月22日(水)13:00に、米国科学雑誌「Applied Physics Letters」にオンライン掲載されます。

背景

図1
図1 今回開発したセンシングシステムの測定手続
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生命科学、材料科学、産業、芸術、日々の暮らしに至るまで、その場のありのままの情報を3次元画像センシングする技術・システムに関する研究開発が世界的に進められています。インコヒーレントディジタルホログラフィは、レーザを用いず自然な光で3次元情報をホログラムとして記録するため、動画記録可能な3次元蛍光顕微鏡、3次元非線形光学顕微鏡、自然光ホログラムセンサへの応用が期待されています。一方で、自然な光のカラーホログラムセンシングでは、従来カラーフィルタアレイ又は多数回の記録が必要で、明瞭なホログラムの取得、記録時間を短縮化できる原理の創出が課題でした。そのため、色で分子組成が標識された、複数種類・多数の蛍光体を同時に、1回の撮影で、明るいホログラムとして記録できる3次元顕微鏡が実現できずにいました。

今回の成果

このたび本研究グループは、ホログラフィの原理を用いて多次元情報を多重記録する技術の一つであり、NICTが提案している、計算機内のコヒーレント多重を利用する方式(以下「計算コヒーレント多重方式」)を用い、カラーフィルタアレイ不要、1回の撮影で、一般照明光や発光体をマルチカラーのホログラムとしてセンシングできるシステムを開発しました。専用のモノクロイメージセンサを試作し、搭載したことにより、本システムが実現しました。本開発により、色で分子組成が標識された複数種類・多数の蛍光体の、瞬間のカラー多重ホログラフィック3次元顕微鏡センシングを世界で初めて実証しました。
試作イメージセンサでは、波長情報の記録のためにカラーフィルタの色吸収を用いず、波長依存性位相変調素子アレイを用い、計算コヒーレント多重方式に必要な色ごとに異なる光波のリズム(位相)変化を与えることで、カラー情報と明るいホログラムの取得を両立しました。1回のホログラム画像撮影で測定できることから、従来のホログラフィック多重を用いるカラー多重3次元蛍光顕微鏡に比べ、測定回数250分の1以下を達成しました。
これらの成果は、生体観察や動的現象の観察にとって不可欠な、多数の物体の同時かつ高速なマルチカラー3次元動画像観察の実現を強力に推進します。

図2
図2 上段: ホログラフィックカラー多重3次元蛍光顕微鏡応用の実験と試作したイメージセンサ。
下段: 実験結果。丸印内は合焦された蛍光体

今後の展望

NICTは、光学システムの改良により、記録の高速化や、多数の動く微小物体の同時3次元動画像観察、より小さな物体の高画質観察を行い、自然光など弱い光に適用可能なマルチカラー3次元動画像顕微鏡としての活用、動的な生命現象の観察・発見や科学材料の分析を行う装置への発展を目指しています。

各機関の役割分担

  • 情報通信研究機構: 2種の自然な光を用いるホログラフィックカラー多重顕微鏡システムの開発、実験全般
  • 科学技術振興機構: イメージセンサの試作、光学システム設計、蛍光顕微鏡応用に関する共同実験
  • 桐蔭横浜大学: 蛍光顕微鏡応用に関する共同実験
  • 千葉大学: 蛍光顕微鏡応用に関する共同実験

論文情報

掲載誌: Applied Physics Letters
DOI: 10.1063/5.0011075
論文名: Single-shot wavelength-multiplexed digital holography for 3D fluorescent microscopy and other imaging modalities
著者: Tatsuki Tahara, Ayumi Ishii, Tomoyoshi Ito, Yasuyuki Ichihashi, and Ryutaro Oi
本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)さきがけ 「多数自然光源の瞬間同時ホログラフィックマルチカラーセンシング(研究者: 田原樹)(JPMJPR16P8)」、「有機‐無機ハイブリッド界面を利用した一光子センシング技術の創出(さきがけ専任研究者: 石井あゆみ)(JPMJPR17P2)」、文部科学省科学研究費補助金基盤研究(B)18H01456、光科学技術研究振興財団、コニカミノルタ科学技術振興財団の助成を受けて行われました。

補足資料

今回の成果のポイント

NICTにて提案し研究している計算コヒーレント多重方式に必要な、複数種類の波長多重ホログラムを、世界で初めて1回のホログラム画像記録にて取得できるようにしました。その実現のために専用のイメージセンサを試作し、論文中では2種の光学システムを構築し実験しました。インコヒーレントディジタルホログラフィを採用し、[1]1回の撮影でカラー多重3次元センシングする蛍光顕微鏡システム、[2]1回の撮影でマルチカラー多重3次元イメージングするシステムを実現しました。以上の研究成果により、カラーフィルタアレイが不要で、一般照明光や発光体などの自然な光をカラー多重ホログラムとして瞬間記録するシステムの開発に世界で初めて成功しました。カラーフィルタアレイに頼らずマルチカラー情報をセンシングできるため、カラー蛍光ホログラフィック顕微鏡や非線形光学3次元顕微鏡への応用など光量が限られた条件において、記録時間の短縮化、動画記録の限界性能を向上させるシステムにしたいと将来展望を描いています。また将来的には、あらゆる記録光学システムにおいて、コンパクトで明るい瞬間マルチカラーホログラムセンシングユニットとしての応用可能性があると想定しています。
図3は、自然な光に対し、カラー多重ホログラムを瞬間記録するシステムの構成要素を示します。偏光を利用し、干渉縞画像の生成に必要な2光波を生成する光学系と、偏光感受性を有し波長依存位相変調素子のアレイを有するモノクロイメージセンサを用いる点が本システムのポイントです。計算コヒーレント多重方式に必要な、位相変調素子により生成される波長依存位相シフトが、空間方向に展開されることにより、1回の撮影でのカラーホログラフィックセンシングを実現します。これらの構成要素を蛍光顕微鏡システムに融合させることで、蛍光波長分離フィルタ不要なカラー多重蛍光ホログラフィック顕微鏡を実現しました。
 
図3
図3 計算コヒーレント多重方式に基づく、一般照明光や発光体のカラー多重ホログラム瞬間記録システムの構成要素
図4は、今回構築した[1]の、計算コヒーレント多重方式に基づく瞬間カラー多重3次元蛍光顕微鏡システムを示します。市販の倒立型蛍光顕微鏡と、計算コヒーレント多重方式に適合したインコヒーレントディジタルホログラフィシステム、試作イメージセンサにより構成されています。光学顕微鏡の出力ポートからは、複数種類の蛍光体から発せられた複数色の蛍光体が、波長分離されることなく同時にインコヒーレントディジタルホログラフィシステムに導入されます。インコヒーレントディジタルホログラフィシステムとイメージセンサには、波長分離するフィルタは一切配置されておらず、カラー多重化された蛍光ホログラムを1回の撮影で明るくセンシングします。そして、イメージセンサのフレームレートでカラー多重3次元動画センシングを実現できます。現在の光学システムでは画像の画素数が少ないなどの課題がありますが、光学システムの改良を急いで行い、より小さな物体の高画質記録や、記録の高速化、多数の動く微小物体の同時3次元動画像観察などに発展させたいと考えています。
図4-1
図4-2
図4 計算コヒーレント多重方式に基づく瞬間カラー多重蛍光ホログラフィック顕微鏡システム。上段: 写真、下段: 概略

用語解説

マルチカラーホログラム
3つ以上の波長帯の光波により形成されるホログラム。ホログラムとは、2光波の干渉を用いて得られる、物体の3次元情報が含まれた媒体又は干渉縞画像。ホログラフィとは、ホログラムを得るための技術。レーザ光を用いるホログラフィでは、発振波長の異なる3台以上のレーザを用いてマルチカラーホログラムの情報を取得する。自然な光を用いるホログラフィでは、複数の異なる蛍光波長帯の光波からホログラムを形成し情報センシングすることや、カラーフィルタアレイやバンドパスフィルタを用いて3つ以上の離散的な波長帯の光波を生成し、マルチカラーホログラムの情報をセンシングすることなどを行う。
計算コヒーレント多重方式
ホログラフィの原理を用いて多次元情報を多重記録する技術の一つ。下の図に示すとおり、ホログラムの記録時に、ホログラムを形成する、複数波長を含む物体光波1、2のいずれかに対し、コード化のために波長ごとに異なる位相変調(波長依存位相シフト)を与える。位相シフトを与えながら、複数種類の波長多重ホログラムを記録する。像再生時に、波長ごとに与える位相変調量を、所望の波長における光波を抽出するための復号鍵とみなし、位相変調量と計算機内での干渉(コヒーレント多重)に基づく演算により、所望の波長の光波のみを選択的に再生する。計算機内で得られた各波長の光波情報から、複数波長の3次元画像を再生する。インコヒーレントディジタルホログラフィに適用する際、液晶型空間光位相変調器(Liquid crystal on silicon spatial light modulator: LCoS-SLM,Liquid crystal spatial light modulator: LC-SLM)を用いて位相変調を与えることが多い。
図
計算コヒーレント多重方式の概略。上段: 記録光学系、下段: 計算機内の像再生手続の物理的解釈
カラーフィルタアレイ
カラーイメージセンサに一般的に採用される色吸収フィルタのアレイ(2次元配列)。カラーイメージセンサでは、CCDやCMOSイメージセンサの各画素に赤、緑、青色のいずれかの色(波長)情報のみを透過し、それ以外の波長の光を吸収して遮光するカラーフィルタが搭載されている。ベイヤー配置などのパターンがカラーフィルタのアレイ化において採用されている。カラーイメージセンサに広く普及しているが、カラーフィルタアレイの各セルでの光エネルギーの強い吸収が原因で、高い感度が求められる用途のイメージセンサや、高速度カメラでは搭載されないことが多く、それらの用途では、明るい画像を得るためにモノクロイメージセンサが使用されている。
インコヒーレントディジタルホログラフィ
レーザを用いず、ハロゲンランプやLEDなどの各種一般的な照明器具、蛍光体などの発光、非線形光、太陽光など、自然な光をホログラムとしてディジタルセンシングする技術。蛍光顕微鏡やその他の多様な光学顕微鏡、物体の3次元画像センシングなどに向けて研究されている。光の振動方向(偏光)を利用し液晶などの空間光変調器を用いる光学システムや、自己干渉計、マイケルソン干渉計を用いる光学システムで実施されることが多い。カラーホログラムを得る場合、マイケルソン干渉計とフーリエ分光を用いる方法が従来用いられるが、一般的に500回以上、少なくとも250回以上の記録を従来必要としていた。また、カラーイメージセンサを用いる場合、センサに搭載されたカラーフィルタによって光のエネルギーが吸収されるため、明瞭なカラーホログラムの取得ができなかった。
図
インコヒーレントディジタルホログラフィの記録光学系の一例
波長依存性位相変調素子アレイ
計算コヒーレント多重方式の原理に必要とされる、波長ごとに異なる位相変調を与える素子が2次元配列され、イメージセンサの画素ごとに離散的な位相シフト量を与えられる光学デバイス。空間的なホログラムの解像度を落とす代わりに、複数種類の波長多重ホログラムを1回の撮影で記録できるようにする。今回、可視波長全域にわたり動作し高い透過率を誇る、フォトニック結晶アレイにより実現された。

本件に関する問合せ先

国立研究開発法人情報通信研究機構
電磁波研究所 電磁波応用総合研究室

田原 樹

Tel: 042-327-7576

E-mail: taharaアットマークnict.go.jp

広報(取材受付)

国立研究開発法人情報通信研究機構
広報部 報道室

廣田 幸子

Tel: 042-327-6923

E-mail: publicityアットマークnict.go.jp

国立研究開発法人科学技術振興機構
広報課

E-mail: jstkohoアットマークjst.go.jp

学校法人桐蔭学園桐蔭横浜大学
研究推進部

星川 朋美

E-mail: researchアットマークtoin.ac.jp

国立大学法人千葉大学
渉外企画課広報室

E-mail: bag2018アットマークoffice.chiba-u.jp

JST事業に関する問合せ先

国立研究開発法人科学技術振興機構
グリーンイノベーショングループ

嶋林 ゆう子

E-mail: prestoアットマークjst.go.jp