ポイント

  • 天体電波観測技術(VLBI)により日本・イタリア間の光格子時計周波数比を16桁の精度で測定
  • NICT開発の観測・データ処理システム(従来比80倍性能)が広帯域VLBIを実現
  • 衛星に依存せず光時計の日欧間の周波数一致が確認可能となり“秒の再定義”がより現実的に
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)電磁波研究所は、従来の10倍以上の周波数帯域を同時に観測・データ処理可能な広帯域VLBI観測システムを開発し、これを搭載した小型アンテナ(直径2.4m)を使って、日本(NICT本部)とイタリア(INRIM本部)の間で光格子時計の周波数比を16桁の精度で計測することに成功しました。光格子時計は、新しい時間・周波数標準として研究されていますが、世界中で基準として利用するためには、発生する周波数の精密な国際比較が必須です。本技術の開発により、衛星に依存せず数億光年かなたの天体の信号を使うことで、地球の反対にある国との間でも精密な周波数比較をすることが可能となりました。
なお、本成果は、イタリア国立計量研究所(INRIM)、イタリア国立天体物理学研究所(INAF)及び国際度量衡局(BIPM)と共同で成し遂げられ、2020年10月6日(火)午前0時(日本時間)に、英国科学雑誌「Nature Physics」に掲載されます。

背景

時間の基準は、現在はセシウム原子の9.2GHzの共鳴周波数を基準としていますが、光格子時計など近年の光時計の目覚ましい発展により、原子の光領域の共鳴周波数(数百テラヘルツ)を基準とする変更が検討されています。しかし、新しい時間の基準として採用するためには、世界各地の基準となる光時計の発生する周波数比を精密に確認する方法が必要です。従来、大陸間での周波数比較には、通信衛星や測位衛星の信号を使っていましたが、その精度は光時計には不十分であり、かつ、日欧間や日米間のような遠距離の場合、利用できる衛星が少なく、測定可能な時間も制限される等の課題がありました。また、このような遠距離を光ファイバでつないで光信号を伝送して比較することも、信号の減衰やファイバ利用の経費の観点から非現実的な状況でした。

今回の成果

図1
図1 NICT本部(小金井市)には2.4 m VLBIアンテナとSr光格子時計が、INRIM(トリノ)にはYb光格子時計がある。Yb光格子時計の信号は、光ファイバリンクでINAF(メヂチーナ)に送られて、INAFに設置された2.4 mアンテナとNICT(小金井)に設置された2.4 mアンテナの間のVLBI観測が鹿島34 mアンテナを仲介することで実現した。その結果、光格子時計が生成する基準周波数の周波数比を測定することができた。
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NICTが中心となって新たに開発したVLBIによる周波数比較法は、衛星でなく天体からの電波を利用して計測できるものであり、今回の研究成果では、衛星を使った従来の手法よりも高い精度で周波数比較ができることを実証しました。
本研究では、NICTのストロンチウム(Sr)光格子時計とイタリアの国立計量研究所(INRIM)の運用するイッテルビウム(Yb)光格子時計の周波数比を、2.4m直径のアンテナを使ったVLBI観測により、16桁の精度で計測しました。本手法により、地上のどの場所でも小型アンテナを設置し、天体のVLBI観測により、高い精度で周波数比較することが可能となります。
VLBI観測においては、銀河系外の天体の放射する電波は微弱なため、一般に、大型のパラボラアンテナが必要です。NICTは観測する周波数の帯域幅を従来の10倍以上広くし、さらに、データ取得レートを64倍以上向上する新しい観測システム(従来比80倍性能)を開発しました。これに加えて、受信信号の強度を増強するために大型アンテナ(NICT鹿島34mアンテナ)を使って同時に観測することによって、8,800km離れたイタリアと日本に設置した2つの小型アンテナ(直径2.4m)の間でVLBI技術による光時計の周波数比較を可能としました。また、今回実現した広帯域VLBI観測による周波数比較では、電波源を複数の周波数で同時に観測するため、天体の構造等を調べる電波天文学にも新たな知見をもたらす可能性があります。
図2
図2 Yb-Sr光格子時計間の周波数比の測定結果。
今回の8,800km離れたYb/Srの周波数比の測定結果は、ほかの実験室内の実験結果などと誤差の範囲で一致しており、ほかの長距離周波数比較実験の結果よりも高い精度を実現した。
本成果により、光格子時計の国際的な精密比較に新しい技術が加わり、時間の長さ(1秒)の再定義に関わる研究が加速されます。今回用いた広帯域VLBIによる周波数比較は、測地VLBIの分野で国際的に設置が進められている全地球VLBI観測システム(VGOS)の観測局を使って可能であり、測地VLBIが度量衡分野で有効な計測手段となることを実証しています。
また、NICTが発生・供給している日本標準時は、現在、GPSや通信衛星によって協定世界時との時刻差を常時確認しています。今回開発したVLBIによる手法によってもこの時刻差を計測することが可能であり、これは、外国の所有物である人工衛星でなく、銀河系外の天体からの信号を仲介して協定世界時と時刻同期ができることを意味し、標準時の安定運用につながります。

今後の展望

今回開発した方法では、主要な誤差要因の一つが電波源天体の構造の影響であることが分かったため、構造を持たない天体のみを利用して比較を行う等、明らかとなった改善策を着実に実行することで、より高い精度での比較を実現していきたいと考えています。また、本技術を成熟させることで、日本標準時を自らの手で高精度に協定世界時につなぐ等、実社会での利用も見据えています。

各機関の役割分担

・情報通信研究機構: 広帯域VLBIシステムの開発、VLBI観測の実施、VLBI相関データ処理・解析、Sr光格子時計の運用
・イタリア国立計量研究所: Yb光格子時計の運用、INRIM−INAF間の光ファイバリンク
・イタリア国立天体物理学研究所: VLBIデータの解析
・国際度量衡局: 測位衛星を使った周波数比較データの解析

論文情報

論文名: Intercontinental comparison of optical atomic clocks via very long baseline interferometry
掲載誌: Nature Physics
DOI: 10.1038/s41567-020-01038-6
著者: Marco Pizzocaro, Mamoru Sekido, Kazuhiro Takefuji, Hideki Ujihara, Hidekazu Hachisu, Nils Nemitz, Masanori Tsutsumi, Tetsuro Kondo, Eiji Kawai, Ryuichi Ichikawa, Kunitaka Namba, Yoshihiro Okamoto, Rumi Takahashi, Junichi Komuro, Cecilia Clivati, Filippo Bregolin, Piero Barbieri, Alberto Mura, Elena Cantoni, Giancarlo Cerretto, Filippo Levi, Giuseppe Maccaferri, Mauro Roma, Claudio Bortolotti, Monia Negusini, Roberto Ricci, Giampaolo Zacchiroli, Juri Roda, Julia Leute, Gérard Petit, Federico Perini, Davide Calonico, Tetsuya Ido
 

補足資料

今回開発した広帯域VLBIシステム

今回の成果は、NICTが開発した広帯域受信機と観測システムにより、小型のVLBIアンテナを使った大陸間のVLBI観測を可能としたことにより実現した。小型アンテナは集光面積が小さいため、それだけでは数億光年かなたの天体から来る微弱な電波を受信し、VLBIに必要な電波の精密な到着時間差(遅延時間)を計測することが困難であった。この課題を「広帯域受信」と「Node-Hub方式」という2つの方法を併用して解決し、8,800km離れた直径2.4mの2台の小型アンテナ間のVLBI観測により、光格子時計の周波数比を16桁の精度で計測することに成功した。
① 広帯域受信: NICTが開発した広帯域受信機(図3参照)は、3.2-14GHzの2オクターブ以上の広い周波数帯域を同時に受信できる。この受信機を鹿島34mアンテナと日伊両国に設置した2台の小型アンテナに搭載し、従来の測地VLBI観測で使用されていた周波数の10倍以上広い周波数を利用する(図5参照)ことにより、遅延時間の計測精度を一桁以上向上させた。
 
図3
図3 NICTの開発した広帯域受信機
図4
図4 小型アンテナ間で高精度なVLBI観測を可能にするNode-Hub型の観測方式
② Node-Hub方式: VLBIの観測感度は、2つのアンテナ直径の平方根に比例する。そこで、集光面積が小さいことによる小型アンテナの受信感度の問題は、大型アンテナを観測に加えて介在させることで解決した。低感度の小型アンテナA-B間の直接観測が困難でも、大型アンテナRを加えて、R-A、R-BのVLBI観測は成立する。RABの環をなすネットワークの遅延量の和はゼロとなる性質を利用すると、R-A、R-Bの遅延量から、ABの基線の遅延量を計算で得ることができる。このNode-Hub方式から得られるAB基線の観測遅延量は、大型アンテナRの影響が相殺され、重力変形や熱膨張など大型アンテナで特に大きくなる誤差要因を低減できる利点もある。
図5
図5 従来の10倍以上の周波数帯域の信号を受信することで、VLBIの遅延計測精度は飛躍的に向上し、小型のVLBIアンテナを使った測地観測や原子時計の周波数比の精密な計測が可能となった。

用語解説

VLBI(超長基線電波干渉法)
図
VLBIの概念図
複数の電波望遠鏡で銀河系外の天体の信号を同時に観測し、天体の信号の到達時間差を精密に計測することにより、数千km離れたアンテナ間の距離をセンチメートル以下の精度で計測できる技術。地球の自転速度や地球上の基準座標系の計測に利用されている。
従来は、2GHzと8GHzの周波数で天体の観測を行うが、新しく開発した広帯域観測システムは、3-14GHzの広い周波数範囲の任意周波数を1GHzの周波数幅で観測できる。従来の10倍以上の広い周波数を利用することで、飛躍的に遅延時間の計測精度が向上した。
遅延時間の測定は、各観測局で使用する原子時計によって測定されるため、同時に、各局の基準原子時計の周波数差を精密に比較することも可能であり、今回の研究成果はこれを応用したもの。
光格子時計
精密な周波数の光を発する複数の原子を、レーザー光線の干渉で作った格子状の井戸に閉じ込め、高い精度で周波数の計測ができる方法であり、2001年に東京大学の香取秀俊准教授(当時)により発案された。NICTではストロンチウム(Sr)原子の放射する430テラヘルツの周波数を、INRIM(イタリア国立計量研究所)ではイッテルビウム(Yb)原子の520テラヘルツの周波数を生成する光格子時計を運用している。

図
NICTのSr光格子時計
NICT鹿島34mアンテナ
図
1988年に西太平洋電波干渉計プロジェクトにおいてVLBI観測のために設置(茨城県鹿嶋市)された直径34mのパラボラアンテナ。VLBI観測により太平洋プレートの運動を検出したほか、VLBIの先導的な観測装置の開発、宇宙飛翔体の軌道決定、高速インターネットを使ったリアルタイムVLBI技術などの研究開発に使用されてきた。本成果では、NICTが独自開発した広帯域受信機(3.2-14GHz)を搭載し、新規開発したNode-hub方式により、日伊両拠点の小口径アンテナと同時に観測を行って信号強度を増強することで、光格子時計の精密周波数比較を実現した。なお、本アンテナについては老朽化が進み、かつ、2019年の台風15号の被害により損傷しており、2020年度に解体される予定。

本件に関する問合せ先

電磁波研究所 時空標準研究室

関戸 衛 (Tel: 0299-84-7146)
井戸 哲也 (Tel: 042-327-6527)

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