ポイント

  • マルチモード光ファイバ伝送容量の世界記録、これまでの2.5倍、毎秒1ペタビット伝送成功
  • 小型・低損失・高精度のモード合波器/分波器を用い、10モード以上の大容量伝送可能
  • 製造技術が容易なマルチモード光ファイバによる高密度大容量伝送技術の高度化に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)ネットワークシステム研究所のラーデマッハ ゲオルグ フレデリック研究員らのグループは、NOKIA Bell Labs(ベル研(米国)、President: Marcus Weldon)のNicolas K. Fontaine研究員、Prysmian Group(プリズミアン(イタリア)、VP of the Optical Fiber Business Unit at Prysmian Group: Eric Stoltz)のPierre Sillard研究員らと共同で、シングルコア・15モード光ファイバを用い、世界で初めて毎秒1ペタビット超伝送実験に成功しました。この結果は、これまでのマルチモード光ファイバ伝送容量世界記録の約2.5倍です。
これまで光ファイバの大容量化の研究では、受信側のモード分離と信号処理が難しく、モード数が多い研究は進んでいませんでした。しかし、今回、広帯域波長多重技術多重反射位相板による小型・低損失・高精度のモード合波器/分波器を用いることで、モード数が多い信号処理が可能となり、15モードでの毎秒1ペタビット超、23km伝送に成功しました。信号収容密度が高く、製造技術が容易なシングルコア・マルチモード光ファイバによる大容量伝送成功により、将来の高密度大容量伝送に向けたマルチモード伝送技術の高度化が期待できます。
なお、本実験結果の論文は、第46回欧州光通信国際会議(ECOC2020)にて非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Post Deadline Paper)として採択されました。

背景

増大し続ける通信量に対応するための新型光ファイバと、それを用いた大規模光伝送の研究が世界中で盛んに行われています。マルチモード光ファイバは、マルチコア光ファイバと比較して、信号収容密度が高く製造技術が容易で、高密度大容量伝送が期待できます。しかし、モード数が多くなるとモード多重伝送用の合波器/分波器が巨大化し、受信側ではモード分離後の信号品質が劣化、さらに速度差を補正する処理が増大する問題がありました。そのため、モード数が多い大容量伝送の研究は進んでいませんでした。

今回の成果

図1
図1 今回の成果及びこれまでに報告されたマルチモード光ファイバの伝送容量
今回は、プリズミアンのシングルコア・15モード光ファイバ、NICTの広帯域波長多重技術及びベル研の多重反射位相板によるモード合波器/分波器を利用し、 NICTが伝送システムを構築し、合計毎秒1.01ペタビット光信号の23 km伝送に成功しました。マルチモード光ファイバで毎秒1ペタビットを超えるのは世界で初めてで、これまでの世界記録の約2.5倍になります。
モード数が増えると、モード分離とMIMO処理の負荷が課題となっていましたが、今回、遅延時間を最適化設計した15モード光ファイバと多重反射位相板による小型・低損失・高精度のモード合波器/分波器を用いることで、15というモード数の多さでもモード分離後の信号品質を保ち、広帯域にわたるMIMO処理を実現しました。その結果、広帯域382波長、偏波多重64QAM信号のモード分離に成功し、大容量伝送が可能になりました。
信号収容密度が高く製造技術が容易であるシングルコア・マルチモード光ファイバを用いた大容量伝送の成功により、将来の高密度マルチモード伝送技術の高度化が期待できます。
 
図2
図2 伝送実験システムの一部

今後の展望

今後、大容量マルチモード伝送の長距離化や、マルチコア技術との融合の可能性を追求し、将来の大容量光伝送技術の基盤を確立していきたいと考えています。
なお、本実験の結果の論文は、ベルギーブリュッセル(コロナ対応のためバーチャル開催)で開催された光ファイバ通信関係最大の国際会議の一つである第46回欧州光通信国際会議(ECOC2020、12月6日(日)〜12月10日(木))で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Post Deadline Paper)として採択され、現地時間12月10日(木)に発表しました。

採択論文

国際会議: 第46回欧州光通信国際会議(ECOC2020) 最優秀ホットトピック論文(Post Deadline Paper)
論文名: 1.01 Peta-bit/s C+L-band transmission over a 15-mode fiber
著者名: Georg Rademacher, Benjamin J. Puttnam, Ruben S. Luís, Tobias A. Eriksson, Nicolas K. Fontaine,  Mikael Mazur, Haoshuo Chen, Roland Ryf, David T. Neilson, Pierre Sillard, Frank Achten, Yoshinari Awaji, and Hideaki Furukawa

過去のNICTの報道発表

補足資料

1. 今回開発した伝送システム

図6
図6 伝送システムの概略図
図6は、今回開発した伝送システムの概略図を表している。
① 382波の異なる波長を持つレーザ光を一括して生成する。
② 光コム光源の出力光に偏波多重64QAM変調を行い、遅延差を付けて擬似的に異なる信号系列とする。
③ 各信号系列は15モード光ファイバに入射、23㎞伝送する。
④ 波長多重された光から、測定対象の光を抜き出す波長フィルタ。
⑤ 15モードの信号を比較してモード結合を除去し、それぞれのモードの信号を復元するMIMO処理部。

2. 実験結果

図7
図7 実験結果
上記図6の実験系において、送信及び受信時に誤り訂正処理などの様々な符号化を適用することで、システムの伝送能力(データレート)を最大限効率化するための検証を行った。
図7の実験結果のグラフは、誤り訂正を適用した結果で、多少ばらつきがあるものの382波長の青点が毎秒2テラ〜3.5テラビットでほぼ均等で安定したデータレートが得られ、合計で毎秒1.01ペタビットを実現した。

用語解説

15モード光ファイバ
図3
図3 15モード光ファイバの断面と15モード伝搬のイメージ図
光ファイバのコアの中を光信号が伝搬する時は、コアとクラッドの境界で全反射を繰り返しながら、様々な振動状態で進行する。この振動状態の違いが、伝搬モードである。モードの異なる信号では、受信側に届くまでの時間差が生じるため、ファイバの最適化や受信機側での信号処理が必要である。
今回の実験で使用した15モード光ファイバは、最低次から15次までのモードを伝搬し、それ以上のモードを制限すると共に、モード間の遅延差を最適化した設計を行っており、コア径は0.028mmである。
ペタビット
1ペタビットは1000兆ビット、1テラビットは1兆ビット、1ギガビットは10億ビット。毎秒1ペタビットは、1秒間に8K放送の1,000万チャンネル相当である。
マルチモード光ファイバの伝送容量
マルチモード光ファイバは、モード間の信号が互いに干渉するため、受信側でディジタル信号処理による干渉除去の処理が必要になる。モード数が増えるとその処理が増大するため、これまでは、10モードで毎秒0.4ペタ(400テラ)ビットが最高だった。
 
広帯域波長多重技術
図4
図4 広帯域波長多重技術のイメージ
多数の均一な波長多重光を生成する光コムを光源とし、通信用途で主として用いられている、Cバンド(波長1530 ~ 1565nm)とLバンド(1565 ~ 1625nm)をカバーする波長多重信号を生成し、伝送後に復調する送受信技術である。
多重反射位相板による小型・低損失・高精度モード合波器/分波器
図5
図5 多重反射位相版によるモード合波器/分波器
光源や変調器など原信号を生成する機器類は、現状、すべてシングルモード光ファイバの出力であるため、生成された変調信号を用いてマルチモード多重を行うためには、基本横モードから高次横モードへの変換と多重化を行う必要がある。従来の合波器/分波器はモード数と同じ光学部品数が必要で大型(6モードの場合:数10cm幅程度)であった。多重反射位相板は横モードの変換を行う複数の位相板を並べた位相版面とミラーとの間でビームが複数回反射することでモード変換が生じ、複数のビームを用いて高次モードを多重化することができ、小型・低損失・高精度を実現した。
新型光ファイバ
現在、中・長距離通信用に普及している標準シングルコア・シングルモードファイバは、毎秒150〜170テラビットが容量の限界と考えられている。その問題を解決するために、コア(光の通り道)を増やしたマルチコアファイバや、マルチモード・マルチコアファイバの研究が進められてきた。
MIMO(Multiple-input-multiple-output)処理
MIMOは、無線通信で用いられているマルチパス干渉を除去するための信号処理技術である。光通信においては、同一の光ファイバ内を伝搬する異なる光信号同士の干渉を除去するための信号処理技術である。モードにより光信号の到着時間が異なるマルチモード伝送では、モード分離を行う際に、ほぼ必ずMIMO処理が必要で、各モードの伝搬速度差に応じてMIMO処理の負荷が高くなり、伝送距離が伸びるに従ってモード分離が困難になる。
64QAM
QAMとは、光の位相と振幅を併用し複数のビットを表現する方式(多値変調)の一種である。64QAMは1シンボルが取り得る位相空間上の点が64個で、1シンボルで6ビットの情報(26=64通り)が伝送でき、同じ時間でOOK(On-Off keying)の6倍の情報が伝送できる。伝送後の光信号のゆがみが大きく長距離伝送には適していない。

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