ポイント

  • 肌の光沢による魅力度を反映する脳活動を世界で初めて特定することに成功
  • 脳活動に基づく評価技術で質感由来の感性価値の高い映像や製品開発が可能になると期待
  • 主観的な印象報告による感性価値の評価から、脳活動に基づく客観的・定量的な評価に向けて前進
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)脳情報通信融合研究センター(CiNet)は、株式会社資生堂(資生堂、代表取締役社長兼CEO:魚谷 雅彦)と共同で、肌の光沢に由来する魅力度を反映するヒトの脳活動を世界で初めて特定しました。今回の実験では、肌の光沢の質的な違い(“マット”、“テカリ”、“つや”)に着目した実験デザインや光沢の正確な再現手法を用いた機能的磁気共鳴撮像法(fMRI)実験を考案、実施し、光沢由来の魅力度を反映する脳活動を特定しました。
様々な質感 に由来する感性価値(例:魅力、心地よさ、高級感、ときめき、感動など)の高い映像・製品の開発や環境のデザインは、多くの企業にとって重要な課題となっています。従来、このような感性価値は、主観的な印象報告に基づいて評価されていましたが、今後、本知見を活用することで、物理的に計測可能な脳活動に基づく客観的・定量的な評価が可能になると期待されます。
なお、本成果は、英国科学雑誌「Scientific Reports」に2021年2月22日(月)にオンライン掲載されました。

背景

光沢などの質感に由来する感性価値(例:魅力、心地よさ、高級感、ときめき、感動など)の高い映像や製品の開発は、多くの企業にとって重要な課題であると同時に人々の精神的な豊かさの向上に大きく寄与すると考えられます。しかし、これまでの感性価値の評価は、主観的な印象報告に基づいていたため、その信頼性に課題がありました。脳活動計測に基づいた評価技術の開発により、この課題を克服することを目指し、NICTでは、これまでに光沢知覚に関わる脳部位を世界で初めて特定しましたが、光沢などの質感に由来する感性価値を反映する脳活動の特定には至っていませんでした。

今回の成果

今回NICTは、資生堂と共同で、質感のわずかな差異が大きな印象変化をもたらす人の肌において、fMRIを用いて、肌の光沢に由来する魅力度を反映するヒトの脳活動を世界で初めて捉えることに成功しました。
 
図1,2,3
この実験では、肌の光沢の質的な違い(“マット”、“テカリ”、“つや”;図4参照)に着目し、それに特化した、
(1) MRI装置内での正確な質感再現手法
(2) fMRI撮像手法
(3) 実験デザイン
の3つの工夫を組み合わせることにより、肌の光沢の違いによる魅力を処理する脳部位(眼窩(がんか)前頭皮質内側部;図1赤紫部分;眉間の数cm後方)を特定し、さらにその脳部位の脳活動の大きさが肌の光沢の違いによる魅力度を反映していることを明らかにすることができました(図2、3参照。詳細は補足資料参照)。
 
図4
図4 光沢の違い(左から“マット”、“テカリ”、“つや”)

今後の展望

今後は、感性価値の高い映像・製品・環境の開発やデザインなどに生かしてくために、質感に由来する感性価値(例:魅力、心地よさ、高級感、ときめき、感動など)の評価手法の開発をさらに進め、脳活動計測に基づく客観的・定量的な評価技術の確立を目指します。

各機関の主な役割分担

  • 情報通信研究機構: 実験デザインの作成、実験実施、実験結果の分析と解釈
  • 資生堂: 実験刺激画像の作成・提供

論文情報

論文名: Human brain activity reflecting facial attractiveness from skin reflection
掲載誌: Scientific Reports
DOI: 10.1038/s41598-021-82601-w
著者: 坂野雄一1, 和田充史1, 池田華子2, 佐伯百合子2, 互恵子2, 安藤広志1
所属: 1情報通信研究機構、2資生堂

関連する過去のプレスリリース


なお、本研究は、資生堂との資金受入型共同研究の一環として行われました。

補足資料

研究のねらい

私たちは、“つや”と“テカリ”という質的に異なる肌の光沢に着目し、光沢のほとんどない“マット”と併せ、それら3種類の肌の光沢に由来する魅力度を反映するヒトの脳活動の特定を、fMRIを用いた実験によって試みました。
 

fMRI実験

図4
図4 光沢の違い(左から“マット”、“テカリ”、“つや”)(再掲)
まず、肌の光沢に由来する魅力度に関与するヒトの脳部位の特定を試みました。
繊細な違いである“マット”、“テカリ”、“つや”の肌を正確に再現した画像(図4参照)を作成するため、資生堂のメイクアップアーティスト等の協力の下、化粧品塗布の上、照明を調整しながら写真撮影を行った後、専門家が写真編集を行いました。
 
 
 
図1
図1 眼窩前頭皮質内側部(再掲)
実験における工夫としては、(1)実験中は、実験参加者に画像内の光沢を正確に提示するため、測光に基づく厳密な色管理を行ったfMRI対応高精度液晶ディスプレイを用いました。(2)一つの候補の脳部位であった眼窩前頭皮質はMRI信号が欠損されやすいため、欠損を最小化するようにfMRI撮像パラメータを調整しました。(3)また、従来の刺激間比較デザインでは異なる画像間で様々な特徴が変化することにより厳密に脳部位を特定できないため、参加者が肌の光沢の高さを判断している時よりも、肌の光沢から魅力度を判断している時の方が脳活動が高くなる脳部位を調べました(課題間比較デザイン)。
その結果、眼窩前頭皮質内側部が特定されました(図1赤紫部分)。

心理実験

実験参加者は、fMRI実験と同じ画像を観察し、“マット”、“テカリ”、“つや”の3種類の光沢による魅力度を1〜5の5段階で評価しました。その結果、“マット”、“テカリ”、“つや”の順に魅力度が向上することが分かりました(図2参照)。

fMRI実験と心理実験の結果の比較

全ての画像に対して、心理実験で得られた、光沢由来の魅力度と、fMRI実験で得られた眼窩前頭皮質内側部の脳活動を比較しました。その結果、魅力度が高まるにつれ、眼窩前頭皮質内側部の脳活動が高まっていることが分かりました(図3参照)。このことから、眼窩前頭皮質内側部の脳活動が、肌の光沢に由来する魅力度を反映していることが示唆されます。
図2
図2 心理実験の結果(再掲)
「*」は各対の条件間に統計的有意差があることを示す。
図3
図3 魅力度と眼窩前頭皮質内側部の脳活動の関係(再掲)
オレンジの破線は回帰直線を示す。式は上から順に回帰直線と相関係数を示す。プロットの形はモデルの違いを示す。プロットの色は肌の光沢を示す(青:“マット”、緑:“テカリ”、赤:“つや”)。

用語解説

光沢(“つや”、“テカリ”、“マット”)
光沢とは、滑らかな表面が光を受けて発する輝きである。肌の光沢には、肌の複雑な構造に由来する、“つや”、“テカリ”、“マット”と呼ばれる、視覚的な印象で定義される種類がある。“つや”のある肌は、しばしば内部発光しているように見えると言われる*a。“テカリ”のある肌は十分な光沢と皮脂の印象を与え、ファンデーションを付けている場合は、肌とファンデーションの一体感を持たない*b。“マット”な肌は光沢がほとんどない印象を与える。
 
*a Matsubara, A., Liang, Z., Sato, Y. & Uchikawa, K. Analysis of human perception of facial skin radiance by means of image histogram parameters of surface and subsurface reflections from the skin. Skin Research and Technology, 18, 265-271, doi:10.1111/j.1600-0846.2011.00570.x (2012).
*b 大槻, 引間, 坂巻, 富永. ファンデーション塗布顔画像を用いたテカリ評価法. 日本色彩学会誌 37, 113-123 (2013).
機能的磁気共鳴撮像法(fMRI: functional Magnetic Resonance Imaging)
核磁気共鳴の原理を利用して、脳の神経活動に付随して生じる局所的な血流変化を計測し、画像化する手法。
質感
物の表面を見たり、触れたりしたときのざらつき、滑らかさ、光沢、透明度、硬さ、柔らかさ、温かさ、冷たさなど、物の材質(金属、木、革、樹脂、ガラスなど)や表面特性(微少な凹凸、弾性、光の反射率など)から生じる感覚。質感の違いによって、物の魅力や心地よさが大きく変わるため、車や建物の内外装、家具、貴金属類、雑貨類、家電、携帯電話などの商品では、質感は極めて重要な要素とされている。しかし、個々の人が感じる質感を言葉で表現するのは難しく、たとえ異なる人が同じ言葉で質感を表現したとしても、それぞれに同じ感覚が生じているとは限らない。よって、主観的な印象報告に頼らずに、実際に脳の中で生じている質感の表象を物理的に計測できれば、質感をより客観的・定量的に捉えることが可能になり、上質感や高級感といった人の感性に訴えかける製品開発に生かせると期待されている。
光沢知覚に関わる脳部位を世界で初めて特定
物体表面の光沢の高さ(図5参照)に応答する脳部位を探る手法と、光沢の違いを判断するときに活動する脳部位を探る手法の二つの実験手法を組み合わせることにより、光沢知覚に関わる脳部位を特定した(図6参照)。
図5
図5 実験で用いた視覚刺激
図6
図6 光沢知覚に関わる脳部位(赤く示した箇所)
肌の質感が与える印象変化
本共同研究内の別研究により、“マット”、“テカリ”、“つや”の順に魅力度などの印象項目が向上することを明らかにした。
Ikeda, H., Saheki, Y., Sakano, Y., Wada, A., Ando, H., Tagai, K. (early view). Facial radiance influences facial attractiveness and affective impressions of faces. International Journal of Cosmetic Science. (https://doi.org/10.1111/ics.12673)

本件に関する問合せ先

脳情報通信融合研究センター
脳機能解析研究室

坂野 雄一、和田 充史、安藤 広志

Tel: 070-4538-4213

E-mail: mcc_supportアットマークml.nict.go.jp

広報(取材受付)

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