ポイント

  • 宇宙天気情報を反映した短波帯の電波伝搬を推定するシステムのWeb公開を開始
  • ユーザーが選んだ任意の2地点間での短波帯電波伝搬を推定、可視化
  • 短波放送、航空通信、アマチュア無線等における効率的な周波数運用への活用が期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)、国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所 電子航法研究所(ENRI、所長: 福田 豊)、国立大学法人千葉大学(学長: 徳久 剛史)を中心とする研究グループは、宇宙天気情報を反映した電波伝搬を、地上と衛星観測及びモデル計算に基づいてリアルタイムに推定し提供する、短波帯電波伝搬シミュレータHF‐START(エイチエフ・スタート)の開発に成功し、Web公開を開始しました。
本システムでは、リアルタイムGNSS観測に基づく日本国内における任意の2地点間、及び、モデルに基づく宇宙天気情報を用いた地球上のあらゆる場所の任意の2地点間の、短波帯電波伝搬のリアルタイム推定が可能です。さらに、過去に遡って、ユーザーが計算日時を指定することもできます。アマチュア無線のほか、極域等にて短波帯電波を用いる航空機運用等への活用も期待されます。

背景

通信・測位技術は、今日の様々な分野の社会インフラにおいて重要な役割を果たしています。通信・測位に用いられる電波は上空の電離圏を透過したり電離圏で反射されたりしますが、電離圏は、太陽活動をはじめ宇宙・地球環境によって日々大きく変動し、電波の伝搬に大きな影響を与えます。短波帯の電波は古くから通信・放送に用いられており、現在においても短波放送、航空通信、アマチュア無線などで広く使われています。短波帯の電波は電離圏での反射を利用することにより遠方まで到達することができますが、一方で、電離圏変動の影響により、通信範囲や使用可能周波数など、通信環境が大きく変わります。こうして、電離圏の変動は、短波放送や航空通信、アマチュア無線などの運用に影響を及ぼします。
このような電離圏の変動によって、電波の伝搬がどのように変わるのか、推定情報を提供するWebサイトはこれまでにもありましたが、簡易なモデルに基づいており現実的な電離圏変動を反映していない、という課題がありました。

今回の成果

図1
図1.HF-STARTによる短波帯電波の伝搬の可視化
3・6・9 MHz電波の東京から北海道及び東京から鹿児島への伝搬経路を示す。12 MHz電波の伝搬も計算しているが表示されず、この周波数は届かないことが分かる。
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私たちは、地上と衛星観測及びモデル計算に基づいて現実的な電離圏変動の下で短波帯電波伝搬情報をリアルタイムに推定し提供する、短波帯電波伝搬シミュレータHF‐STARTを開発しました。この度、HF-STARTによって発信される情報及びシミュレータのWeb公開をhttps://hfstart.nict.go.jp/jp/ にて開始しました。
HF-STARTによる短波帯電波伝搬の可視化の一例を図1に示します。本システムでは、リアルタイムに更新される電波伝搬状況を確認できるほか、図2に示すように、Webブラウザ上でユーザーが選択した地球上のあらゆる場所の任意の2地点間の任意の周波数の短波帯電波伝搬の推定と可視化が可能となっています。過去(2016年以降)に遡って日時を設定することもできます。
 
図2
図2.Web計算機能における入力画面
ユーザーが任意の地点間及び電波伝搬条件を入力できる
このシステムでは、計算に用いる電離圏を、3種類の分布から選択できます。GNSS観測に基づく日本上空の電離圏3次元分布を用いることで、現実的な電離圏分布の中での電波伝搬を推定することができます。また、全球大気圏-電離圏モデルGAIAの電離圏3次元分布を参照することで、日本上空に限らない全球にわたり、かつ、約1日先までの予測も可能なシステムとなっています。さらに、電離圏として広く参照される経験モデル(IRI)の分布も、電波伝搬計算に選択することができます。
利用している短波帯電波が届かないときや、逆に通常届かない短波放送等が聞けるときに、伝搬経路を可視化して宇宙天気による影響かどうかを把握するのにご利用いただけます。さらに、アマチュア無線のほか、極域等にて短波帯電波を用いる航空機運用等への活用も期待されます。

今後の展望

短波帯電波伝搬シミュレータHF‐STARTを、短波帯の電波伝搬の推定のみならず、ほかの波長帯へも拡張していくための研究開発を進めています。また、電波伝搬観測との比較から、シミュレータ精度を評価し、モデルを向上していきます。
NICTは、国際民間航空機関(ICAO)のグローバル宇宙天気センターの一員として通信・衛星測位・放射線被ばくに関する情報を2019年11月から提供していますが、本システムを拡張することで、利用できる周波数範囲の情報など、通信に直接関連するように提供情報を向上していくことも期待されます。

各機関の役割分担

情報通信研究機構: シミュレータの開発、観測との比較・精度評価、GAIAモデルのリアルタイム計算、情報公開のためのWebシステムの開発と運用
電子航法研究所: GNSS観測に基づく電離圏3次元分布のリアルタイム計算処理、観測との比較・精度評価
千葉大学: シミュレータの全球版への拡張、観測との比較・精度評価

論文情報

論文名: HF-START: Application in Aid of Radio Communications/Navigation
掲載誌: Electronic Navigation Research Institute (eds) Air Traffic Management and Systems III. EIWAC 2017. Lecture Notes in Electrical Engineering, vol 555. Springer, Singapore
著者: 穂積 Kornyanat1, 石井 守1, 斎藤 享2, 丸山 隆1, 中田 裕之3, 津川 卓也1
所属: 1 情報通信研究機構、2 電子航法研究所、3 千葉大学

関連する過去のプレスリリース

なお、本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「太陽地球圏環境予測:我々が生きる宇宙の理解とその変動に対応する社会基盤の形成(PSTEP)」の一環として15H05813の助成を受けて行われました。また、一部は、総務省委託業務「0155-0133電波伝搬の観測・分析等の推進」によって行われました。

補足資料

今回公開したHF-STARTシステム

HF-START(High Frequency Simulator Targeting for All-users’ Regional Telecommunications)は、短波無線通信や宇宙天気利用者のために開発された短波帯の電波伝搬シミュレータです。主に以下の2つの機能を持ちます。
機能①リアルタイム情報提供
国内及び国外の電波伝搬の刻一刻の時間変化を、リアルタイム情報として提供します。
機能②Web計算
ユーザーが任意の地点及び電波条件下で電波伝搬の状況を知ることができる機能です。ユーザーは、電離圏電子密度分布を、現在及び過去(2016年以降)に遡って設定することが可能なシステムとなっています。GAIAの場合には、約1日先までの予測分布も利用できます。
 
電離圏電子密度分布として、3種類の分布を参照しています。
(1) GNSS観測に基づく日本上空の電離圏3次元分布: 
(2) 全球大気圏-電離圏モデルGAIA電離圏3次元分布: 
(3) 広く参照される経験モデルIRIの電離圏3次元分布(機能②のみ): 
詳しくはこちら http://irimodel.org
 
リアルタイムに収集された観測データを解析して導出した電子密度分布や、観測データを入力したシミュレーションによる電子密度分布を参照することで、現実的な環境下での電波伝搬計算を実現しています。
 
図3
図3. 短波帯電波伝搬シミュレータHF-STARTの主な機能

HF-START Webページ

HF-START Webページにて、HF-STARTで推定された現在の電波伝搬状況「リアルタイム情報」や「Web計算機能」、HF-STARTについての詳細を見ることができます。

図4
図4. HF-STARTのトップページ

用語解説

宇宙天気
宇宙天気とは、主に太陽活動によって電離圏や磁気圏を含む地球近傍で発生する自然現象である。太陽X線放射や高エネルギー粒子の増大、擾乱の到来による地球周辺環境の変動によって、短波や衛星を用いた通信・放送、衛星測位、人工衛星運用等、私たちの社会に影響を与え得る。

図
宇宙天気現象と社会への影響
電離圏
地球大気の上層は、太陽紫外線やX線の吸収などにより、その一部がイオンと電子に分れ電離した状態になっており、電離大気が存在する高度約60 kmから1,000 km以上にわたる領域は電離圏と呼ばれる。通信・測位に用いられる電波は上空の電離圏を透過したり電離圏で反射されたりするが、太陽活動をはじめ宇宙・地球環境によって電離圏は日々大きく変動し、電波の伝搬に大きな影響を与える。

図
電離圏と電離圏変動による電波伝搬への影響

本件に関する問合せ先

電磁波研究所 宇宙環境研究室

穂積 Kornyanat、垰(たお) 千尋

Tel: 042-327-5273

E-mail: ionoアットマークml.nict.go.jp

広報(取材受付)

広報部 報道室

Tel: 042-327-6923

E-mail: publicityアットマークnict.go.jp