ポイント

  • DLRの小型衛星搭載光通信機器からのダウンリンク光をNICTの光地上局の精追尾光学系で受信
  • 将来の光地上局技術のために新規開発した大気ゆらぎ測定器と簡易型光地上局の初期実験に成功
  • 光通信のための貴重なデータを取得、将来の光衛星通信技術の研究開発への貢献が期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)は、国際共同実験としてシュトゥットガルト大学が開発したFlying Laptop衛星に搭載されたドイツ航空宇宙センター(DLR)の小型衛星搭載光通信機器(OSIRISv1)と、NICTの光地上局に設置した新規開発の精追尾付き光学系との間で光衛星通信実験を実施し、2021年2月にOSIRISv1からのダウンリンク光をNICT光地上局で受信することに成功しました。
また同時に、新規開発した大気ゆらぎ測定装置をNICT光地上局に設置し、初期試験に成功しました。さらに、低コストな商用部品で構成した簡易型光地上局も設定し、実際に衛星からのレーザ光を受信することに成功しました。
シュトゥットガルト大学開発のFlying Laptop衛星に搭載されたOSIRISv1はボディポインティングで指向追尾する構成になっており、この構成での光通信実験が成功したのは日本では初めてです。今回の貴重な実験データの取得により、将来の光衛星通信技術の研究開発に貢献することが期待されます。

背景

NICTでは、将来の衛星通信の高度化のため、宇宙における光通信の研究開発を実施しています。2014年から2016年に軌道上実証実験を実施した小型光通信トランスポンダ(SOTA)では、日本国内の光地上局のみならず、欧州(ドイツ航空宇宙センター (DLR)、フランス国立宇宙研究センター(CNES)、 欧州宇宙機関(ESA))やカナダ(カナダ宇宙庁 (CSA))の光地上局と光通信実験を実施し、貴重な実験データを取得しています。これまでNICTは、研究協力協定を締結したDLRと共に、小型衛星搭載用の光赤外高速通信回線システム(OSIRIS)計画で開発したOSIRISv1を用いた国際共同実験を進めてきました。

今回の成果

イメージ図
OSIRISv1と光地上局の光衛星通信実験のイメージ図
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今回、NICTとDLRは、DLRのOSIRISv1からのダウンリンク光を、1m望遠鏡を備えたNICTの光地上局(図1)で受信する実験を2021年1月末から実施し、2021年2月にダウンリンク光の受信に成功しました。本実証実験では、超高速先進光通信機器HICALIを用いた実験に使用するために新規に開発した精追尾光学系(図2)をNICT光地上局に設置しており、先行的に精追尾制御の機能を確認しました。OSIRISv1はボディポインティング方式で指向追尾する構成になっており、この構成での光通信実験が成功したのは日本では初めてです。
また今回の実験では、大気ゆらぎ等が光衛星通信の通信品質に与える影響をモデル化して、軽減するためにNICTが新規開発した、大気ゆらぎ測定装置の初期試験にも成功しました(図3)。さらに、将来の光衛星通信技術の普及に向けて小型で低コストな光地上局の開発が必要であることから、市販の開口径20cm望遠鏡で構成した簡易型光地上局を開発し(図4)、この簡易型地上局でOSIRISv1からのレーザ光の受信(ファーストライト)にも成功しました。
これらの実験により貴重な実験データを取得することができ、大気ゆらぎや追尾誤差のモデル化といった、将来の光衛星通信技術の研究開発に貢献できると考えられます。
 
図1
図1 1m望遠鏡の光地上局
図2
図2 新規開発した精追尾光学系
シングルモードファイバの送信光学系と受信光学系、
ファストステアリングミラーと四分割センサーの精追尾制御が含まれている。
図3
図3 新規開発した大気ゆらぎ測定装置(左)と赤外線カメラ画像でOSIRISv1から受信した光(右)
図4
図4  OSIRISv1からダウンリンク光を受信した1m望遠鏡と
20cm望遠鏡(簡易型光地上局)
図5
図5 Flying laptop衛星(左)とOSIRISv1ペイロード(右)

今後の展望

今回の実験データの解析を進め、受信側での光ファイバへのカップリング技術、波面補償システム、低雑音光増幅技術、高感度受信技術等の受信系の研究開発を行い、使いやすいシステムの研究開発を進展させていく計画です。これらにより、将来の光衛星通信システムの開発・普及に貢献することが期待されます。また、今回のFlying Laptop衛星に搭載されたOSIRISv1(図5)による国際共同実験の成功で、光衛星通信の国際的な相互運用を実証したことで、現在、光衛星通信の標準化が活発に行われている宇宙データシステム諮問委員会(CCSDS)へも貢献できると考えています。

各機関の役割分担

・情報通信研究機構: 光地上局と光受信実験用の測定器開発と準備
・ドイツ航空宇宙センター(DLR): OSIRISv1の開発
・シュトゥットガルト大学: Flying Laptop小型衛星の開発、統合、運用

補足資料

NICTにおける光通信の研究開発について

NICTでは、技術試験衛星9号機(ETS-9)に搭載する超高速先進光通信機器(HICALI)の研究開発を推進しており、静止衛星と地上間の超高速光衛星通信実験のための開発を推進しています。光地上局(図1)では今まで設置されていない精追尾機能が、HICALI実験では必要で、精追尾付き光学系が新規に開発されました(図2)。この光学系の中に、シングルモードファイバの送信光学系と受信光学系、ファストステアリングミラーと四分割センサーの精追尾制御が含まれています。
光衛星通信では、大気ゆらぎや追尾誤差等の影響により、光通信の信号に変動が発生し通信品質に影響を与えます。この影響を軽減するため、大気ゆらぎを考慮したレーザの伝搬モデルや、可動するシステムから発生する振動や追尾誤差のモデルの構築を行い、通信品質を改善する研究開発が必要となります。そのため、NICTでは大気ゆらぎ測定装置を新規に開発しました。標準化でも議論されているDIMM装置(図3、参考文献[2])の開発だけではなく、大気伝搬測定のための追加機能も含まれています。また、追尾誤差のモデルのため、様々な追尾構成との実験でデータ取得が必要です。
本実験の衛星光通信用追尾制御
光衛星通信では、通信距離が長いため、ビーム広がり角が狭く鋭いガウシアンビームになり、光軸ずれがあると受光量が低下します。衛星の軌道運動、振動と大気ゆらぎの状況下で、光軸誤差があり、リアルタイムで追尾制御が必要です。十分な光を受けるために、大型望遠鏡が必要で、この望遠鏡の追尾制御は、捕捉追尾制御と呼ばれ、基本的に、モーターで動かしている2軸のジンバルで作られます。低軌道衛星を追尾するため、大型望遠鏡で高速追尾が必要で、精度が下がります。
一方、超高速通信のため、受信センサーが小さくなり(例えば、コア直径10 μm 程度のシングルモードファイバで受光する場合)、高精度の追尾制御が必要で、捕捉追尾制御と合わせた精追尾制御も使用できます。基本的に、精追尾制御は、イメージングセンサ(例、四分割センサー)と可動ミラー(ファストステアリングミラー)で作れます。
今まで、NICT光地上局では、低速度通信実験で捕捉追尾制御のみの構成でしたが、HICALIとの超高速通信実験のため、精追尾制御の機能を追加して、今回の実験でその機能を評価できました。(参考文献[3])
衛星側の指向追尾方式
衛星軌道コントロールのため、衛星側では、姿勢決定・制御系(Attitude Determination & Control Subsystem)があり、衛星が向いている方向の変更が出来ます。衛星側で光通信搭載機を小型化するために、2軸のジンバルの捕捉追尾制御を外して、姿勢決定・制御系で追尾する、ボディポインティングという構成があります。姿勢決定・制御系によって追尾精度が変わるので、必要であれば、精追尾制御も追加可能です。今回の実験で搭載されたOSIRISv1の場合は、ボディポインティング追尾のみです。
参考文献:
[1] K. Shiratama, et. Al. :"Development status on High-Speed Laser Communication Terminal “HICALI” onboard ETS-IX," ICSOS 2019
[2] "Real-Time Weather and Atmospheric Characterization Data," CCSDS Informational Report, CCSDS 140.1-G-1, 2017.
[3] コレフ ディミタル, “光衛星通信技術,”電気計算、5号、2020

用語解説

ボディポインティング方式
衛星側で光通信搭載機を小型化するために、2軸ジンバルの捕捉追尾制御を外して、姿勢決定・制御系で追尾する構成、方式のこと。
小型光通信トランスポンダ(SOTA)
図6
図6 小型光通信機器(SOTA)の外観
SOTA(Small Optical TrAnsponder)は、超小型光通信機器で、望遠鏡直径は約5cm、質量は約6kg、縦17.8cm、横11.4cm、高さ26.8cmです。
地上の光ファイバ網と同じ1.5μmの波長の光を用いた光通信実験を低軌道衛星と地上間で行い、将来の宇宙光通信技術開発に必要な基礎的な知見を得るとともに、要素技術について軌道上実証を行うために開発されました。
OSIRISシリーズ
ドイツ航空宇宙センター(DLR)で光トランスポンダOSIRISシリーズが開発されている。OSIRISv1は、シュトゥットガルト大学が開発したFlying Laptop衛星に搭載されて、2017年に打ち上げられました。ボディポインティングで指向追尾、最大80Mbps通信速度、レーザ波長は地上ファイバネットワークと同じ1.5μmの構成となっています。
図7
図7 OSIRISシリーズのロードマップ
超高速先進光通信機器(HICALI)
技術試験衛星9号機 (Engineering Test Satellite-9、ETS-9) は、宇宙航空研究開発機構 (JAXA) 、総務省、情報通信研究機構 (NICT) 、三菱電機が開発中の技術試験衛星で、2023年度中にH3ロケットで打ち上げられる予定。NICTは、開発したHICALI(超高速先進光通信機器)を技術試験衛星9号機に搭載し、静止軌道と地上間で上り・下り10Gbps級の光衛星通信を実証することを目指しています。(参考文献[1])
図8 
図8 超高速先進光通信機器(HICALI)の搭載機器概観
大気ゆらぎ
図9
図9 大気ゆらぎのメカニズム
大気は、地域により特性が異なり、温度や風速等異なる性質を持ちます。温度の違いによる屈折率が異なる大気が風で流され、その屈折率の変動により大気ゆらぎが生じ、レーザ光の伝搬特性にさまざまな影響があります。大気ゆらぎにより生じたレーザの波面誤差により、例えば、受信パワー変動、光の進行方向の変動などが発生します(図9)。
この大気ゆらぎにより、光衛星通信では光通信の信号に変動が発生し、通信品質に影響を与えます。この影響を軽減するため、大気ゆらぎを考慮したレーザの伝搬モデルや、移動する衛星システムから発生する振動や追尾システムのモデルの構築を行い、通信品質を改善する研究開発が必要です。
今回の実験に設置したDIMM(differential image motion monitor)と呼ばれる大気ゆらぎ測定器を用いると、大気ゆらぎの強さの指標となるフリードパラメータという量が測定できます(図3)。
 

本件に関する問合せ先

ワイヤレスネットワーク総合研究センター
宇宙通信研究室

コレフ ディミタル

Tel: 042-327-5395

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広報(取材受付)

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