ポイント

  • 数千万世帯に普及済のWi-SUNをベースにした無線技術で地域見守りプラットフォームを実現
  • 業務用車両が本業をし“ながら”、高齢者の困り事等に気付き、立ち寄り、訪問や声掛けが可能
  • ネット環境が整わない地域での広帯域コンテンツ集配信や御用聞きビジネスへの応用に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)ソーシャルICTシステム研究室は、免許不要のIoT向け国際無線標準規格Wi-SUNとWi-Fiを融合的に活用する“データの地産地消”無線ネットワーク構築技術を開発しました。黒部市在住の高齢者世帯を対象にして、同ネットワーク構築技術を用いた地域見守り実証と電子回覧板実証を10月から3か月間程度を目途に実施します。
地域見守り実証では、近隣を偶然走行する業務用車両にWi-SUNを活用した無線で、見守り対象世帯における外出頻度や社会的つながりの低下状況を知らせる仕組みを導入し、普段の仕事をし“ながら”見守り対象者の状況変化の早期把握と訪問型見守りサービスの効率的な提供について検証します。また、電子回覧板実証では、地域の業務用車両が普段の仕事をし“ながら”、動画コンテンツなども含む社会福祉協議会からのお知らせを配信する電子回覧板サービスの実用性を検証します。

背景

少子高齢化と過疎が進む地域において、スマートフォン等によるインターネットアクセス手段を活用しない高齢者世帯の効率的な見守り体制の維持が社会的な課題となっています。各自治体にある社会福祉協議会や校区(地域)ごとに任意で組織化される地区社会福祉協議会は、必要に応じた生活支援を行う努力をしていますが、ICTを活用した業務や活動の効率化が一層強く求められています。
このような背景の下、NICTは、社会福祉法人黒部市社会福祉協議会(黒部市社協、会長: 松井 敏昭)及び株式会社日新システムズ(代表取締役社長: 竹内 嘉一)と、黒部市内の地域福祉分野におけるICT利活用の研究及び見守り体制「くろべネット事業」におけるICT利活用に関して三者協定を2019年4月に締結し、10月から黒部市在住の高齢者世帯(最大40世帯)でスマートフォン等によるインターネットアクセス手段を持たない後期高齢者等を対象にした、くろべネット地域見守り実証とくろべネット地域サービス創出実証を合同で行うことになりました。
 
業務用車両による“ながら”見守りと電子回覧板実証 のイメージ
業務用車両による“ながら”見守りと電子回覧板実証 のイメージ

Wi-SUNを活用した黒部市での地域見守り実証実験の内容

今回開発した宅内/車載用のすれ違いIoT無線ルータ
今回開発した宅内/車載用の
すれ違いIoT無線ルータ
NICTソーシャルICTシステム研究室は、独自に打ち出した地域の資源を“ゆるくつなぐ”をコンセプトとする“データの地産地消”ネットワーク構築技術を開発しました。新たに開発した小型のすれ違いIoT無線ルータを宅内や地域の業務用車両に設置することで、携帯電話ネットワークやクラウドに頼らない地域情報の収集・配信・共有基盤を簡単に構築できます(補足資料 図1及び図2参照)。同ネットワーク構築技術を構成するIoT無線ルータは、電気・ガス等のスマートメーター用途として既に国内数千万世帯の規模まで導入が進んでいるIoT向け国際無線標準規格Wi-SUNを活用したすれ違い通信機能を搭載しており、ほかの複数のIoT無線ルータが互いに電波が届く範囲(見通し外でも数百メートル程度)に接近した場合に、地域情報を自動的に共有する機能を持ちます。
NICTが中心となって推進する、くろべネット地域見守り実証では、このIoT無線ルータに加え、玄関ドアの開閉頻度が極度に低下している状況を検知して家屋外にビーコンを発信する“つぶやきセンサ”(補足資料 図3参照)を見守り対象世帯に設置し、付近を走行する業務用車両が普段の仕事をし“ながら”外出頻度の低下世帯に気付くことができ、効率的な地域の見守り体制構築につながるかを検証します。
なお、開発した小型すれ違いIoT無線ルータは、Wi-SUNと併せてWi-Fiも活用した高速な自動情報配信・共有機能も備えています。実証実験では、まず、電波が比較的広範に届くWi-SUNを活用したすれ違い通信機能で、周辺を走行中の車両に普段の仕事をし“ながら”電子回覧板の配信を希望する世帯の拠点に気付いてもらい、次に、その情報に基づいてWi-Fi通信が可能な範囲まで立ち寄る(近づく)ことで、社会福祉協議会からの電子回覧板を効率的に配信できるかを検証します(補足資料 図4参照)。
今回の実証実験は、Wi-SUNを活用して実現したすれ違い通信機能による地域見守り実証実験となります。また、これまでにも無線技術を活用した地域情報の収集や配信を実現するシステムは存在しましたが、今回開発したすれ違いIoT無線ルータによって構築可能な地域ネットワークは、NICTが提唱する地域のデータを地域で消費する“データの地産地消”概念に基づいた地域ネットワークの構築を実現する設計となっており、データが有効である時間や地域を考慮した情報の自動収集と自動配信が容易に実現できることを特徴とします。

今後の展望

開発した“データの地産地消”ネットワーク構築技術は、スマートメーター基盤として全国に普及する無線標準規格Wi-SUNを活用していることから、今後更にデバイスの低コスト化が期待できるほか、世帯ごとに必ず設置されるスマートメーター機器を介して家屋内外の見守り情報等を、確実・低コストに収集するためのハブになることが期待されます。また、旧来は直接訪問によって実現していた、いわゆる“御用聞き”を、無線で効率的に実現するビジネス等への展開も期待されます。本システムを用いた黒部市等での社会実証を通じて、異業種・異分野の地域事業者の資源が横断的につながり地域を見守るプラットフォームが真に社会に浸透するための課題や社会的受容性の分析・検討を実証的に行っていきます。

補足資料

1.開発したすれ違いIoT無線ルータの詳細

図1(左と中央)に、開発した宅内用及び車載用のすれ違いIoT無線ルータの外観と、実証実験で併せて使用予定の宅内設置用タブレットに同ルータを組み合わせて配置した場合の外観を示します。また、表1には同ルータの主な仕様を示します。同ルータは、外部からUSBポートを介して給電する内部バッテリーを持たない構成となっており、筐体のサイズは90(W)×45(D)×12(H) mmと小型化されています。例えば図1(右)のように、宅内ではスマートフォンの充電等に用いられる一般的な小型USB電源アダプタとセットで用いて、壁のコンセントに直接設置することができます。また、図2のように、バスや業務用車両のフロントガラスに目立たないように設置することが可能です。
無線通信機能としては、Wi-SUNをベースに開発した独自のすれ違い通信機能(以下、Wi-SUN通信機能)に加え、一般的なWi-Fi及びBLE4.0による通信機能に対応しています。Wi-SUN通信機能では、通信速度は~100 kbpsと低速でありながら、見通し外であっても比較的広域な数百メートルの範囲まで直接電波が届き、さらには、すれ違い通信機能で、どれだけ離れた端末であってもリレー方式で情報を共有することができます。ただし、見守りなどの地域情報は、通常遠方まで届けても有益でないものや、情報発生から長時間経過してしまっては役に立たないものが多くあります。そこで、今回開発したWi-SUN通信機能では、扱う情報ごとに情報発生源からの最大到達距離と最大到達時間の設定が可能になっており、利用価値の低い情報が遠方のデバイスまで伝搬されない仕組みとなっています。
すれ違いIoT無線ルータは、Linux OSを搭載しており、データの送受信通知や保存されているコンテンツ等をWi-Fiの通信機能を介して外部から無線で容易に取得するためのWeb API(外部機器向けインタフェース)も備えています。後述するWi-SUN通信機能とWi-Fiによる情報配信機能を組み合わせて用いる電子回覧板配信実証では、この外部インタフェースによって、Wi-Fi接続された周辺のAndroidタブレット等にリアルタイムに情報の電子回覧板の配信があったことを通知したり、配信された電子回覧板内の動画等のコンテンツを表示することが可能です。
 
図1 (左)開発した宅内用及び車載用のすれ違いIoT無線ルータの外観 (中央)実証実験用タブレットに同ルータを組み合わせて配置した場合の外観 (右)宅内コンセントに同ルータを設置した様子
図1 (左)開発した宅内用及び車載用のすれ違いIoT無線ルータの外観
(中央)実証実験用タブレットに同ルータを組み合わせて配置した場合の外観
(右)宅内コンセントに同ルータを設置した様子
図2 すれ違いIoT無線ルータを搭載した黒部市社会福祉協議会保有のバス及び業務用車両の様子
図2 すれ違いIoT無線ルータを搭載した黒部市社会福祉協議会保有のバス及び業務用車両の様子
表1 すれ違いIoT無線ルータの主な仕様
筐体サイズ 90(W)×45(D)×12(H) mm※1
対応する無線通信機能 Wi-SUN※2、Wi-Fi、BLE4.0
メモリ DDR3 SDRAM 512Mbyte
ストレージ eMMC 8GB
Wi-SUNモジュール受信感度 -103dBm (TYP.) (100kbps、BER<0.1%)
電源 USB +5V/2A
消費電力 MAX. 7.3W
動作温度範囲 -10℃~+60℃
※1 給電用USBポート部分を含まない。
※2 Wi-SUNの物理層認証(IEEE 802.15.4gベース)を取得した無線モジュールに、IEEE 802.15.4及び4e準拠のプロトコルスタックを搭載し、このプロトコル上で今回のアプリケーションを実現する機能を実現しています。

2.黒部市における実証実験の詳細

NICTが推進するくろべネット地域見守り実証では、見守り対象世帯の宅内に図1に示したすれ違いIoT無線ルータを設置すると同時に、別途開発したドア開閉センサ機能付きWi-SUNビーコン発信機(通称:つぶやきセンサ)を、家屋の玄関ドア等に設置する予定です(図3参照)。つぶやきセンサは、加速度センサと簡易な信号処理機能及びWi-SUNを活用したビーコン発信機を内蔵しており、ボタン電池で1年間近く継続動作することが確認されています。今回実証で用いるつぶやきセンサは、一定期間内に検知されたドア開閉動作の回数が、一定数以上の場合には正常を意味するビーコンを定期発信し、一定数未満の場合には要注意ビーコンを定期発信するようにカスタマイズされています。このビーコン情報が、宅内に設置されたすれ違いIoT無線ルータを介して、更に屋外まで中継発信され、周辺を走行中のすれ違いIoT無線ルータ搭載車両によって検知されることで、車両ドライバーは外出頻度が低下している見守り対象世帯がすぐ近くに存在していることに気付くことができます(図4(a)参照)。地域の見守りを推進する社会福祉協議会等の車両であれば、気付いた情報に基づいて効率的に立ち寄り、訪問見守りサービスを提供することが可能です。また、訪問が難しい地域車両の場合であっても、検知した情報を車両同士のすれ違い通信を介して更に広域まで中継伝搬させつつ、情報がインターネット接続されている車両に着信すれば、見守り情報を即時に社会福祉協議会と共有するといった、地域ぐるみの見守り体制の構築が可能です。
なお、くろべネット地域見守り実証と合同で実施する、くろべネット地域サービス創出実証では、見守り対象世帯に専用の情報受発信デバイスを配布し、高齢者の移動や買い物等に関する相談依頼をカードで簡単に発信する仕組みの実用性を検証することになっています。本デバイスの利用頻度等は、高齢者の社会的つながりの程度とみなすことができるため、その利用頻度の低下状況を、すれ違いIoT無線ルータを介して周囲を走行する車両が検知できる仕組みの検証も行います。
 
図3 別途開発したドア開閉センサ機能付きWi-SUNビーコン発信機(通称:つぶやきセンサ)設置の様子
図3 別途開発したドア開閉センサ機能付きWi-SUNビーコン発信機(通称:つぶやきセンサ)設置の様子
図4 すれ違いIoT無線ルータを搭載した車両のタブレット画面表示の例(イメージ画面)<br /> (a)立ち寄りスポットの提案画面、(b)立ち寄りスポットまでの誘導とコンテンツ配信状況の表示画面
図4 すれ違いIoT無線ルータを搭載した車両のタブレット画面表示の例(イメージ画面)
(a)立ち寄りスポットの提案画面、(b)立ち寄りスポットまでの誘導とコンテンツ配信状況の表示画面
[画像クリックで拡大表示]
なお、開発したすれ違いIoT無線ルータは、すれ違い通信原理に基づくWi-SUNを使った情報収集・配信機能のみでなく、高速通信が可能なWi-Fiによるコンテンツ自動配信機能も有しています。同ルータを宅内と地域の事業用車両の双方に設置すれば、見守りと同様の原理で立ち寄り型の電子回覧板配信サービスの提供が可能です。Wi-SUNの活用だけでは配信が難しい写真や動画を含むような電子回覧板の配信のほか、近年主流となっているブロードバンドインターネットを介したビデオ・オン・デマンド型の映画配信サービスを、全くインターネット回線の契約を持たない家庭などに、低コストで提供することも可能となります。実証実験では、見守りサービス実証と同様の原理によって、まず、電子回覧板の配信要望がある世帯の場所に気付き、次に、その場所までの経路を示して車両をWi-Fiによる通信圏内まで誘導して、電子回覧板をWi-Fiを使った無線で配信する仕組みの実用性を検証します(図4(b)左参照)。Wi-Fiによる電子回覧板の配信中は、基本的に車両が停車している必要があることから、ドライバーには電子回覧板配信作業の開始や終了のタイミングを通知して、停車を促す仕組みとなっています。

3.すれ違いIoT無線ルータを用いた通信可能範囲に関わる予備実証試験の結果

開発したすれ違いIoT無線ルータを大阪府内某所の木造家屋2Fの窓際に試験設置し(図5参照)、家屋周辺の道路を走行する車両との通信可能性について事前検証を行いました。図6に、すれ違いIoT無線ルータを設置した家屋を中心とした周辺の道路上の計25か所における受信電力計測値を示します。表1に示したように同ルータが搭載するWi-SUNモジュールの受信感度は約-103dBmであり、これ以上の受信電力が得られている箇所では、おおむね良好な通信が可能です。
図6において、すれ違いIoT無線ルータを設置した窓から北側に向けては遮蔽物のない畑地となっており、広く見通しが取れる環境(LoS: Line-of-Sight)となっていることから、およそ300m以上離れた場所でも通信が可能な受信レベルが得られています。一方、南側に向けては、自らの建物や他の建物などで遮蔽された見通し外の環境(NLoS: Non-Line-of-Sight)になっているものの、100mから150m程度の範囲まで通信が可能な範囲が広がっていることが分かりました。
 
図5 すれ違いIoT無線ルータを木造家屋2階の窓際に設置した様子
図5 すれ違いIoT無線ルータを木造家屋2階の窓際に設置した様子
図6 木造家屋にすれ違いIoT無線ルータを設置した場合の通信可能エリア検証結果一例
図6 木造家屋にすれ違いIoT無線ルータを設置した場合の通信可能エリア検証結果一例

4.まとめ

地域に散在する異分野・異業者の資源を横断的に“ゆるくつなぐ”手段として、“データの地産地消”無線ネットワーク構築手段を開発し、“ながら”見守りと電子回覧板の実証実験を黒部市にて実施していきます。実証実験では、社会福祉協議会が運用する車両のみでなく、地域内をくまなく網羅するゴミ収集トラックを活用した地域展開が既に予定されています。さらに、今後は、開発した無線ネットワーク構築技術がWi-SUNを活用している利点を活かし、スマートメーター基盤の敷設や運用と密接に関係するベンダーや電力会社等と連携した実証実験の実施を検討していきます。

関連報道発表

用語解説

Wi-SUN
Wi-SUNアライアンス(https://www.wi-sun.org/ja/)が普及推進活動を実施しているIoT向け国際無線標準規格。国内ではスマートメーター用途として普及している。全世界のデバイス数は9,000万以上。通信速度は100kbps程度。マルチホップ通信と呼ばれる中継ネットワークを構築して広域なサービスエリアを構築できる特徴を有する。
データの地産地消
地域で検出されたセンサーデータをクラウドに保存することなく、地域ネットワークで共有し消費することで新たな価値を創造するデータ利活用概念
くろべネット
黒部市社会福祉協議会が推進する誰もが安心して暮らせる包括的な見守り体制(https://www.kurobesw.com/各事業ページ/見守り体制/
ゆるくつなぐ
地域の人・モノ等の資源が、心的にも技術的にも責任を背負いすぎることなく、気軽に安心・安全・便利に関わる情報を発信する、伝え合う、活用する地域社会を目指した、地域情報プラットフォームの構築推進策となる概念

本件に関する問い合わせ先

総合テストベッド研究開発推進センター
ソーシャルICTシステム研究室

荘司 洋三、中内 清秀

Tel: 042-327-7299

E-mail: shojiアットマークnict.go.jp

広報

広報部 報道室

廣田 幸子

Tel: 042-327-6923

Fax: 042-327-7587

E-mail: publicityアットマークnict.go.jp