ポイント

  • 緊張による運動パフォーマンス低下と背側帯状回皮質の活動の相関関係を発見
  • 背側帯状回皮質への経頭蓋磁気刺激(TMS)によって運動パフォーマンス低下の抑制に成功
  • 運動や音楽演奏をする際の緊張を抑えるための訓練法としての応用に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)脳情報通信融合研究センター(CiNet)の春野雅彦研究マネージャー、源健宏協力研究員、フランス国立科学研究センター(CNRS)のガネッシュ・ゴウリシャンカーシニア研究員の研究グループは、緊張による運動パフォーマンスの低下のメカニズムを調べるための課題を考案し、fMRI実験によって被験者の運動パフォーマンス低下と背側帯状回皮質の活動が相関することを発見しました。さらに、背側帯状回皮質に対する経頭蓋磁気刺激法(TMS)で脳活動を抑えることにより、この運動パフォーマンス低下を防ぐことに成功しました。今回の結果は、緊張による運動パフォーマンス低下と背側帯状回皮質の脳活動の間の因果関係を初めて証明するものです。今後は、運動や音楽演奏の際の緊張を抑えるための訓練法としての応用も期待されます。本成果は、2019年9月19日(木)18時(日本時間)に、英国科学雑誌「Nature Communications」にオンライン掲載されます。

背景

スポーツや楽器演奏など高速で複雑な運動(系列運動)のパフォーマンスが緊張で低下することは、一般人とトッププロの区別なく、誰もが経験します。スポーツ科学の分野では、学習で一度は自動化(無意識化)された各運動間の流れ(運動要素)に対する注意が緊張によって増加し、その運動要素が再び意識されて干渉が生じることで、運動パフォーマンスが低下するとされます(自己焦点付けモデル)。しかし、このモデルを証明する行動や脳のデータは存在せず、そのため、緊張による運動パフォーマンス低下を防ぐ方法も知られていませんでした。

今回の成果

図1 緊張による運動パフォーマンスの低下と背側帯状回皮質の活動
図1 緊張による運動パフォーマンスの低下と背側帯状回皮質の活動
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今回、研究グループは、緊張による系列運動のパフォーマンス低下を定量的に調べる課題を新たに考案し、fMRIとTMSを用いることで、緊張による系列運動のパフォーマンス低下と背側帯状回皮質の脳活動の間の因果関係を初めて証明し、さらに、緊張による運動パフォーマンス低下を抑制することに成功しました。
一般的に、テニスやピアノ演奏など運動を覚える際には、まずパーツを練習し、後で繋ぎ合わせます。今回、NICTは、この過程をモデル化し、長さ10のボタン押しを高速で行う際に、長さ6と4の2つの部分系列に分けて覚える人(part-learners)と長さ10の全体を一度に覚える人(single-learners)に分け、さらに、覚えた後に失敗すると電気刺激が与えられるテストセッションを課すという課題を考案しました。まず、この課題を行動実験として実施し、次に、fMRIの中で、同じようなテストセッションのある課題を実施しました(図1A参照)。
その結果、両方の実験で、全く同様に、part-learnersは学習が進むと部分系列の繋ぎ目でのボタン押し間隔時間のばらつきが減り、single-learnersよりもボタン押しが速く正確になりました。しかし、緊張を伴うテストセッションが始まると、図1Bに示すように、part-learnersによる部分系列の繋ぎ目(図1B中のJ参照)でのボタン押し間隔時間のばらつきは再び増加しました。つまり、自己焦点付けモデルで言われるとおり、緊張のあるテストセッションではpart-learnersの運動パフォーマンスは再び低下しました。
次に、fMRIでpart-learnersのテストセッションでの繋ぎ目におけるボタン押し時間の遅れと相関する活動を示す脳部位を探したところ、背側帯状回皮質が同定されました(図1C参照)。
最後に、テストセッションの直前に背側帯状回皮質に対しTMS(1Hz 図1D参照)を5分間繰り返し行って脳の活動を抑制したTMS part-learnersと、実際には刺激を与えないSham part-learnersを比較する実験を行いました。その結果、TMS part-learnersでは、緊張によるパフォーマンス低下が見られなくなりました(図1E参照、詳細は補足資料参照)。
今回の実験結果は、従来メカニズムが不明であった緊張による運動パフォーマンス低下の原因が、背側帯状回皮質にあることを初めて証明したものであり、さらに、TMSによって運動パフォーマンスの低下を防げることを示しています。

今後の展望

今回新たに発見した緊張による運動パフォーマンス低下と背側帯状回皮質の関係を更に深く理解するとともに、TMSによって実際のスポーツ選手や音楽演奏家の運動パフォーマンス低下を低減できるかを検証します。

掲載論文

掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-019-12205-6
掲載論文名:Activity in the dorsal ACC causes deterioration of sequential motor performance due to anxiety
著者名:Ganesh Gowrishanker, Takehiro Minamoto, Masahiko Haruno
 
共著者の情報
フランス国立科学研究センター シニア研究員 Ganesh Gowrishanker

プロジェクト
本研究の一部は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「人間と調和した創造的協働を実現する知的情報処理システムの構築」研究領域における研究課題「社会脳科学と自然言語処理による社会的態度とストレスの予測」(研究代表者: 春野雅彦)、科学研究費補助金 新学術領域研究「脳情報動態を規定する多領野連関と並列処理」の一環として行われました。

補足資料

今回の実験と結果の詳細

今回の研究では、実験1(行動)、実験2(fMRI)、実験3(TMS)の3つの実験を行い、fMRIとTMSを用いることで、緊張による系列運動のパフォーマンス低下と背側帯状回皮質の脳活動の間の因果関係を初めて証明しました。
以下に、詳細を説明します。
 

[実験1 行動]

図5 実験1(行動実験)の内容と結果
図5 実験1(行動実験)の内容と結果
テニスやピアノ演奏など運動を覚える際には、まずパーツを練習し、後で繋ぎ合わせます。この過程をモデル化する課題を考案し、18人の被験者に参加してもらいました。この実験で被験者は、タッチパネル上に順番に現れる長さ10のボタン押しを高速で行いますが(図5A参照)、長さ6と4の2つの部分系列に分けて覚え、後でこの部分系列を繋ぐ人(part-learners)と、長さ10の全体系列を一度に覚える人(single-learners)に分けます。part-learnersが部分系列を2セット(1セットは40試行)繰り返して練習し、その後で両者を繋げた全体系列を2セット練習するのに対し(図5 A参照)、single-learnersは初めから長さ10の全体系列を2セット練習します。その後、ボタンを押し間違える、あるいはボタン押しが遅いという失敗をすると、電気刺激が与えられるテストセッションを課しました。長さ10の全体系列を押す時間を系列時間とし、最後の練習セッションにおける平均系列時間の1.5倍以上の時間が掛かると失敗としました。電気刺激の強さは、1回なら大丈夫だが3回続けて受けると辛い強さを被験者ごとに設定しました。18人の被験者には、2種類の系列を準備し、順番はランダマイズした上で、part-learnersとsingle-learnersの両方をやってもらいました。
図5Bにpart-learnersとsingle-learnersの系列時間の変化を示します。学習中(1~80試行の間)は、一貫してpart-learnersの系列時間がsingle-learnersのそれより短いことが分かります。これに対し、失敗すると電気刺激を受けるテストセッションに入った瞬間、part-learnersの系列時間がsingle-learnersのそれより長くなっています。このことは、テストセッションではpart-learnersの成績が悪くなることを意味します。
次に、より詳細に間違いの起こる場所を見るため、系列のある場所でのボタン押し間隔(時間)のばらつきを見ます。成績が良いときは、いつも短い時間でボタン押しができるので、ばらつきは小さくなり、逆に、成績が悪いときは、ばらつきが大きくなります。図5B、Cにおいて、Jは2つの系列の繋ぎ目、’-1’、’-2’は繋ぎ目より前のボタン押し、’1’、’2’は逆に繋ぎ目より後のボタン押しを意味します。学習中とテストセッションのばらつきを見ると、学習初期では、part-learnersは、系列の繋ぎ目で大きなばらつきを示しましたが、学習が進んでくると、この繋ぎ目におけるばらつきは見られなくなります。このことは、運動が自動的になったことを示唆します。しかしながら、テストセッションに入ると、part-learnersは、再び繋ぎ目においてばらつきを示すようになりました。このことは、学習で一度は自動化(無意識化)された運動要素に対する注意が緊張によって増し、その運動要素が再び意識されて干渉が生じることで、運動パフォーマンスが低下すると考える自己焦点付けモデルの考え方と非常によく合います。実際に、テストセッションにおける誤り数は、part-learnersがsingle-learnersよりも有意に多く、ボタン押し時間のばらつきは繋ぎ目(J)のみで生じています(図5C参照)。
実験1の結果から、(1)緊張による系列運動のパフォーマンス低下は練習(学習)の仕方に依存すること、(2)part-learnersの運動パフォーマンス低下のパターンは自己焦点付けモデルとよく合うこと、(3)本課題における緊張による系列運動のパフォーマンス低下は系列の繋ぎ目に限局すること、の3点が明らかになりました。
 

[実験2 fMRI]

図6 実験2(fMRI実験)の内容と結果
図6 実験2(fMRI実験)の内容と結果
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実験1で確立した緊張による系列運動のパフォーマンス低下の脳内メカニズムを調べるためfMRI実験を行いました。
用いる課題は実験1と同じですが、体の動きを避けるため、タッチパネルを使った到達運動ではなく、3つのキーを使った長さ10のボタン押しを使ったこと、part-learners(17人)とsingle-learners(17人)は別の被験者であること、1セッションを20試行としたことが異なります(図6Aと図6B参照)。
実験2の結果は、実験1と全く同様に、テストセッションにおいて、part-learnersの誤り数はsingle-learnersより多く、part-learnersは繋ぎ目Jにおいてボタン押し間隔のばらつきの上昇を示しました(図6C参照)。
 このとき、テストセッションでの繋ぎ目Jにおけるボタン押し時間の遅れと相関する活動を示す脳部位を探したところ、背側帯状回皮質が同定されました(図6D参照)。この繋ぎ目Jにおける背側帯状回皮質の活動は、part-learnersがsingle-learnersより大きく(図6E参照)、さらに、part-learnersが受けた電気刺激数とこの背側帯状回皮質の活動の間に相関が見られました(図6F参照)。
このように、実験2では、part-learnersの緊張による運動パフォーマンス低下と背側帯状回皮質の活動に相関が見られることが分かりました。
 

[実験3 TMS]

図7 実験3(TMS実験)の内容と結果
図7 実験3(TMS実験)の内容と結果
実験3では、part-learnersの緊張による運動パフォーマンス低下と背側帯状回皮質の活動の間の因果関係を調べるためにTMSを行いました(1Hz 図7Aと図7B参照)。用いる課題は実験2と同じですが、テストセッションの直前に背側帯状回皮質に対し1Hzで320発のTMS刺激(運動野安静時閾値の120%の強度)を行ったTMS part-learnersと、コイルと頭部の間に1センチのプラスチック板を挟み、実際に刺激は行わないSham part-learnersを比較しました。実験3では、single-learnersに関する計測は行っていません。
その結果、TMS part-learnersはSham part-learnersと比較して、テストセッションでの誤り数が少なく、実験2のsingle-learnersと同じレベルになりました(図7C参照)。また、このとき、TMS part-learnersでは、繋ぎ目Jにおけるボタン押し間隔のばらつきの上昇も見られませんでした(図7C参照)。
このように、実験3では、part-learnersの緊張による運動パフォーマンス低下と背側帯状回皮質の活動の間の因果関係を示しました。
 
本研究は、緊張による運動パフォーマンスの低下を調べる行動課題を考案し、fMRI実験により、被験者の運動パフォーマンス低下と背側帯状回皮質の活動が相関することを見いだしました。さらに、背側帯状回皮質に対する経頭蓋磁気刺激(TMS)で脳活動を抑え、この運動パフォーマンス低下を防ぐことに成功しました。これらの結果は、緊張による系列運動のパフォーマンス低下と背側帯状回皮質の活動の間の因果関係を示しています。
 
付記
本研究の実施に当たり、事前に被験者全員に対して実験内容を説明し、同意を得ました。また、実験計画については情報通信研究機構の倫理委員会の承認を受けています。

用語解説

fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)
機能的磁気共鳴法。核磁気共鳴現象を利用して神経活動に伴う脳の血流(酸素化・脱酸素化ヘモグロビン濃度)変化を測定する手法のことを指す。被験者を傷つけることなく非侵襲的に脳活動度を調べることができる。
背側帯状回皮質
背側帯状回皮質は、脳の部位の1つで、行動の目標に向け脳のリソースを割り振る認知制御や、競合・結果のモニタリング、社会行動に関与することが知られている。背外側前頭前野や扁桃体との神経結合を持ち、認知、情動の両面の機能を持つ。
今回の研究結果では、part-learnersにおいて一度自動化された要素運動が緊張によって再び意識的に処理されるプロセスに認知制御が関与し、自己焦点付けモデルの脳内基盤の1つとして背側帯状回皮質が特定された。このことは、通常、運動パフォーマンスを向上させる方向に働く認知制御がマイナスにも作用し得ることを示唆する結果である。
背側帯状回皮質(ブロードマン 32野)の場所を図2に、他の脳部位の相対的な位置関係を図3に示す。
図2 背側帯状回皮質の場所
図2 背側帯状回皮質の場所
図3 背側帯状回の相対的位置
図3 背側帯状回の相対的位置
経頭蓋磁気刺激法(Transcranial Magnetic Stimulation)
図4 TMSに使うdouble-coneコイル
図4 TMSに使うdouble-coneコイル
経頭蓋磁気刺激法は、TMSと略され、おもに8の字型の電磁石によって生み出される、急激な磁場の変化によって弱い電流を組織内に誘起させ、脳内のニューロンを興奮させる非侵襲的な方法である。この方法により、脳活動に対する不快感を最小限に抑えながら、脳の回路接続の機能が調べられる。
1Hzの反復TMSはその部位の脳活動を低下させるという知見が知られており、頭痛、パーキンソン症候群、ジストニア、最近では薬効の出ないうつ病の有効な治療法であることが示されている。
今回研究グループが用いたdouble-coneコイル(双円錐型 図4参照)は、通常の8の字型よりも深い、脳表から3センチメートル程度の部位の刺激が可能である。
TMSの安全性については、2009年に国際臨床神経生理学会から磁気刺激法の安全性に関するガイドラインが発表され、日本でも2011年に日本臨床神経生理学会から翻訳版が発表されている。この中で、反復TMSについては、刺激頻度は10Hzまで、刺激強度が運動野安静時閾値の1.2倍までであれば、1週間当たり15,000発までの刺激では安全と設定されている。
本研究では、1Hz、刺激強度が運動野安静時閾値の1.2倍、320発の1回限りというガイドラインの基準内で安全性の高い範囲で実験を実施した。

本件に関する問い合わせ先

脳情報通信融合研究センター
脳情報工学研究室

春野 雅彦

Tel: 080-9098-3239

E-mail: mharunoアットマークnict.go.jp

広報

広報部 報道室

廣田 幸子

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Fax: 042-327-7587

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