ポイント

  • 高性能縦型酸化ガリウム(Ga2O3)トランジスタ作製技術の開発に成功
  • 独自開発したシリコン、窒素をそれぞれ用いたn, p型イオン注入ドーピング技術を採用
  • 低コスト量産が可能、新半導体産業の創出、世界的規模での省エネ実現に期待
NICT 未来ICT研究所 グリーンICTデバイス先端開発センター 東脇 正高 センター長らは、国立大学法人東京農工大学(学長: 大野 弘幸) 大学院工学研究院応用化学部門 熊谷 義直 教授、村上 尚 准教授らとの共同研究により、イオン注入ドーピング技術を用いた縦型酸化ガリウム(Ga2O3) トランジスタの開発に成功しました。今回採用したイオン注入ドーピングをベースとするデバイス作製技術は、量産に適し、汎用性も高く、低コスト製造が可能であるため、今後電機、自動車メーカー等民間企業におけるGa2O3パワーデバイス開発の本格化につながることが予想されます。また、本開発により、これまでに報告されている同様の縦型Ga2O3トランジスタを上回るデバイス特性を実現しました。現代の省エネ課題に直接貢献可能な新半導体デバイス分野における大きな技術的ブレークスルーであると同時に、近い将来の新半導体産業の創出につながることを期待させる成果です。
本研究成果は、2018年12月3日(月)付けで、米国電気電子学会(IEEE)誌 『IEEE Electron Device Letters』にEarly Access版がオンライン公開されております。正式版は、同誌2019年1月号(12月27日頃発行)に掲載されます。
本研究の一部は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「次世代パワーエレクトロニクス」[管理法人: 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)]によって実施されました。

背景

現在、世界規模での革新的な省エネ技術開発が急務となっています。中でも、電力変換に用いるパワースイッチングデバイスは、その用途も多岐にわたることから、個々の機器における損失低減の積み重ねが、社会全体に大きな省エネ効果をもたらします。そのため、日本はもとより米国、欧州においても、近年半導体パワーデバイス開発が活発化しています。Ga2O3は、その非常に大きなバンドギャップに代表される物性から、パワースイッチングデバイス材料として用いた場合、既存の半導体デバイスを上回る高耐圧・大電力・低損失特性が期待できます。また、融液成長法により簡便かつ安価に高品質・大口径単結晶ウェハーが製造可能という産業上重要な特徴も有します。これらの魅力的な材料特性から、現在Ga2O3パワートランジスタ、ダイオード開発が世界的に活発化しています。

今回の成果

縦型Ga2O3トランジスタの光学顕微鏡写真
縦型Ga2O3トランジスタの光学顕微鏡写真
今回、NICT・東京農工大共同研究チームは、n, p両型領域をイオン注入ドーピングプロセスで形成した縦型Ga2O3トランジスタの作製、動作実証に成功しました。イオン注入ドーピング技術は、面内でのデバイス構造の作り込みが容易にでき、かつ汎用性が高い低コストプロセスであるため、量産に適しており、実際の半導体デバイス製造現場で広く用いられています。我々が大きなブレークスルーと位置づける本デバイス開発に当たっては、以前開発したシリコン(Si)を用いたn型イオン注入ドーピング技術に加え、新たに世界に先駆けて開発に成功した窒素(N)を用いたp型イオン注入ドーピング技術が鍵となりました。なお、今回開発した縦型Ga2O3トランジスタは、これまでに報告されている同様の構造のデバイスを上回る特性を示しています。

今後の展望

今後、本共同研究チームは、パワースイッチングデバイスとして求められるノーマリーオフ化、デバイス耐圧の向上などの残された課題を解決するための開発を継続します。近い将来、縦型Ga2O3トランジスタを実際の機器に応用した場合、既存の半導体トランジスタと比べて、スイッチング動作時の大幅な損失低減が期待されます。また、イオン注入プロセスを採用することで製造コストの大幅な削減が可能となるため、企業におけるGa2O3デバイス開発の本格化につながる起爆剤となることが予想されます。高性能Ga2O3パワーデバイスは、グローバル課題である省エネ問題に対して直接貢献するとともに、日本発の新半導体産業の創出という経済面での貢献も併せて期待されます。

本成果の掲載論文(Early Access版)

掲載誌:IEEE Electron Device Letters
DOI:10.1109/LED.2018.2884542
掲載論文名:Current Aperture Vertical β-Ga2O3 MOSFETs Fabricated by N- and Si-Ion Implantation Doping
著者名:Man Hoi Wong, Ken Goto, Hisashi Murakami, Yoshinao Kumagai, and Masataka Higashiwaki

補足資料

今回開発に成功した縦型Ga2O3トランジスタ

図1 作製した縦型Ga2O3トランジスタ構造の (a) 断面模式図、(b) 光学顕微鏡写真
図1 作製した縦型Ga2O3トランジスタ構造の (a) 断面模式図、(b) 光学顕微鏡写真
図1に示す縦型Ga2O3トランジスタ構造を、以前開発したSiイオン注入によるn型選択ドーピング技術と、今回新たに開発したNイオン注入によるp型選択ドーピング技術を用いて作製しました。
図2 縦型Ga2O3トランジスタの (a) 電流–電圧出力特性、(b) トランスファー特性(ドレイン電圧20 V)
図2 縦型Ga2O3トランジスタの (a) 電流–電圧出力特性、(b) トランスファー特性(ドレイン電圧20 V)
図2(a)に、今回作製した縦型Ga2O3トランジスタの電流–電圧出力特性を示します。ゲート電圧によるドレイン電流量及びオン/オフ状態の優れた制御がなされています。また、スイッチングデバイスとしては、トランジスタ動作時、実用上5~6桁以上のドレイン電流オン/オフ比が求められます。今回開発したトランジスタは、その値を大きく上回るオン/オフ比8桁以上を実現しています[図2(b)]。
このように、新半導体Ga2O3の優れた材料特性、高い薄膜エピタキシャル成長技術、これまでに開発済みのデバイスプロセス技術、及び新たに開発に成功したNイオン注入ドーピングプロセス技術の融合が、今回の縦型Ga2O3トランジスタの実現、及び良好なデバイス特性の実証につながりました。

用語解説

イオン注入ドーピング
ドーパントと呼ばれるn型半導体を形成するための不純物(ドナー)、p型半導体を形成するための不純物(アクセプタ)元素を、イオン化した後、運動エネルギー10 keV(キロ電子ボルト)~数MeV(メガ電子ボルト)程度に加速し、固体に直接打ち込む加工方法である。工業的には、半導体デバイスの生産に多く使用される。ドーズ量と呼ばれる注入された元素の総量は、イオン電流の時間積分で与えられる。n型、p型ドーパントが注入されることにより、半導体中にキャリアとして電子及び正孔(ホール)を生成し、半導体の電気伝導性を変化させる。ただ、打ち込まれたばかりのイオンは、半導体結晶に並ばないため不活性であり、結晶にも格子欠陥が生じるため修復する必要がある。そのため注入後は、加熱によって結晶格子を整えるためにアニール処理を行う。
縦型トランジスタ
水平方向にドレイン電流を流す横型トランジスタ構造と比較して、垂直方向に流す縦型トランジスタ構造の場合、その電流通路の断面積を大きくすることで大電流動作が可能となる。また、オフ時、ドリフト層で印加電圧を吸収することが可能となるため、高電圧動作にも適している。そのため、高電圧、大電流、大電力動作を要求されるパワースイッチングデバイスとしては、縦型トランジスタが最適な構造となる。

酸化ガリウム(Ga2O3
酸化ガリウムは、ガリウム(Ga)と酸素(O)の化学量論比2:3の化合物で、化学式Ga2O3で表される半導体。結晶構造として、α, β, γ, δ, εの5つの異なる相が存在することが知られている。それらの中でも、最安定構造であるβ-Ga2O3のバンドギャップは、室温で4.5 eV(電子ボルト)。
パワースイッチングデバイス
様々な電気機器内では、使用する電力(=電圧×電流)を制御するため、(1)直流を交流に変換する「インバータ」、(2)交流を直流に変換する「コンバータ」、(3)交流の周期を変える「周波数変換」、(4)直流の電圧を変換する「レギュレータ」、のいずれかの働きを担うパワースイッチングデバイスが多く利用されている。電力変換時の損失をできるだけ少なくし、省エネ化を図るため、現在その多くに半導体トランジスタが用いられている。
バンドギャップ
半導体、絶縁体において、電子が占有する最も高いエネルギーバンドである価電子帯の頂上と、最も低い空のバンドに相当する伝導帯の底までのエネルギー差のことを、バンドギャップと呼ぶ。バンドギャップは、半導体の材料物性を決める最も基本的なパラメータの一つである。
融液成長法
単結晶Ga2O3バルクの融液成長法の一例
単結晶Ga2O3バルクの融液成長法の一例
溶融した材料を用いた単結晶成長方法のこと。半導体基板製造に適用した場合の特徴として、(1)単結晶基板の大型化が容易、(2)作製時に高温・高圧といった条件が不要なため、低エネルギー・低コストプロセス化が可能、(3)原料効率が高い等が挙げられる。これらの特徴から、量産に非常に適した方法である。
n 型、p
半導体の電気伝導を担うキャリアには、負電荷である電子と、正電荷である正孔(ホール)の2種類が存在する。多数キャリアを電子とする半導体のことをn型、正孔(ホール)とする半導体のことをp型と称する。
シリコン(Si)を用いたn 型ドーピング技術
Siイオン注入ドーピングを用いて作製した横型Ga2O3トランジスタの(左)断面模式図、(右)光学顕微鏡写真
Siイオン注入ドーピングを用いて作製した横型Ga2O3トランジスタの(左)断面模式図、(右)光学顕微鏡写真
<参考論文>
掲載誌: Applied Physics Letters
DOI: 10.1063/1.4821858
掲載論文名:
Depletion-mode Ga2O3 metal-oxide-semiconductor field-effect transistors on β-Ga2O3 (010) substrates and temperature dependence of their device characteristics
著者名:
Masataka Higashiwaki, Kohei Sasaki, Takafumi Kamimura, Man Hoi Wong, Daivasigamani Krishnamurthy, Akito Kuramata, Takekazu Masui, and Shigenobu Yamakoshi
ノーマリーオフ
電界効果トランジスタの場合、制御電極であるゲートに電圧を印加していない時に、ドレイン電流が流れない特性(すなわちオフ状態)のことを指す。これは、デバイス故障時短絡による通電暴走を防ぐなど、機器の安全性を確保する上で重要である。

本件に関する問い合わせ先

情報通信研究機構
未来ICT研究所
グリーンICTデバイス先端開発センター

東脇 正高

Tel: 042-327-6092

E-mail: mhigashiアットマークnict.go.jp

東京農工大学 大学院工学研究院
応用化学部門

熊谷 義直

Tel: 042-388-7469

E-mail: 4470kumaアットマークcc.tuat.ac.jp

広報

情報通信研究機構
広報部 報道室

廣田 幸子

Tel: 042-327-6923

Fax: 042-327-7587

E-mail: publicityアットマークnict.go.jp

東京農工大学 総務部総務課
広報連携室

Tel: 042-367-5930

E-mail: koho2アットマークcc.tuat.ac.jp