ポイント

  • 無線通信向け高周波酸化ガリウムトランジスタを開発、世界最高の最大発振周波数27 GHzを達成
  • 無線通信で最も利用される周波数帯で酸化ガリウムトランジスタが実用可能と世界で初めて実証
  • 高温、放射線、腐食への高い耐性を生かし、困難だった極限環境下での継続的な無線通信を実現へ
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)は、未来ICT研究所 グリーンICTデバイス先端開発センターにおいて、優れた高周波デバイス特性を有する無線通信向けの酸化ガリウムトランジスタを開発し、世界最高の最大発振周波数27 GHzを達成しました。
これまで、酸化ガリウムトランジスタは、パワーデバイス用途が知られており、無線通信用途の研究はほとんど行われていませんでした。しかし、酸化ガリウムトランジスタは、材料特性上、高温、放射線、腐食などに対して高い耐性を持つことから、従来の半導体デバイスでは著しい性能劣化のために継続的な使用が難しかった極限環境下での無線通信機器への応用が期待されます。
無線通信では、実用周波数に対して少なくとも2-3倍の最大発振周波数が必要です。今回、NICTは、最大発振周波数27 GHzを達成し、無線通信に広く用いられる1-10 GHz程度の周波数帯で、酸化ガリウムトランジスタが利用可能であることを世界で初めて実証しました。本成果は、極限環境に留まらず、宇宙、地下資源探査など半導体デバイス未踏の領域での高度な情報通信技術の実現へ向けて大きく進展させるものです。
なお、本成果は、2020年12月21日(月)に、米国科学雑誌「Applied Physics Letters」に掲載されます。

背景

図1
図1 酸化ガリウム無線通信デバイスの主な応用分野
NICTは、2011年に酸化ガリウムデバイスの研究開発に先鞭をつけて以来、現在まで多数のパワーデバイス用途の研究成果を報告してきました。一方で、これらとは異なる用途として、極限環境における無線通信という新たな領域に着目し、高周波トランジスタ研究開発を2018年からスタートしました。
高温、放射線、腐食性ガスなどにさらされる極限環境では、従来の半導体デバイスは、著しい性能劣化が生じるため継続的な使用が不可能でした。しかし、IoTの急速な普及により、極限環境におけるセンシングデータの取得や機器制御の必要性が増している現在、それら特殊な環境においても利用可能な無線通信半導体デバイスに対する要望が高まってきています。酸化ガリウムは、その材料特性上、熱的、化学的に安定であることから、それら極限環境因子に対して既存の半導体材料を大きく上回る高い耐性が期待でき、このような用途に非常に適した材料と考えられます(図1参照)。しかし、これまで、無線通信用途を目的とする高周波酸化ガリウムトランジスタの研究開発は、世界的に見てもほとんど行われておらず、その実用可能な動作周波数すら不明でした。

今回の成果

図2
図2 今回開発した高周波酸化ガリウムトランジスタの光学顕微鏡写真
今回、NICTは、無線通信向けの高周波酸化ガリウムトランジスタの開発を行い、酸化ガリウムトランジスタとして世界最高の最大発振周波数27 GHzを達成しました(図2参照)。無線通信では、実用周波数に対して少なくとも2-3倍の最大発振周波数が必要とされるため、本成果は、10 GHz程度までの周波数で酸化ガリウムトランジスタが利用可能であることを意味します。
 1-10 GHzは、衛星放送、携帯電話、無線LANなど、現在最も広く利用されている周波数帯であり、この周波数帯で酸化ガリウムトランジスタが利用可能であることを実証したのは、世界で初めての成果です。さらに、この周波数帯では波長が10 cm程度と小型のアンテナで通信が可能なため、センサーなどの小型機器の通信に適しています。
このように、酸化ガリウムトランジスタには、従来のパワーデバイスに加えて、極限環境無線通信デバイスという新たな応用分野の可能性があることを示しました。

今後の展望

本成果により、無線通信向け高周波酸化ガリウムトランジスタの開発における周波数のターゲットが明確になりました。今後、NICTは、高周波酸化ガリウムトランジスタの性能を、より引き出すために、使用周波数帯における出力電力特性を最大化する試料構造の最適化を行い、実用化を目指します。
また、本成果により、無線通信応用に向けた酸化ガリウムトランジスタ開発が、今後、世界的に活発化すると予想されます。そして、高周波酸化ガリウムトランジスタ技術が、既存の高温、放射線にさらされる環境だけに留まらず、宇宙、地下資源探査などの未開拓領域にも応用展開していくことが期待されます。

論文情報

論文名: Delay-time analysis in radio-frequency β-Ga2O3 field effect transistors.
DOI: 10.1063/5.0029530
著者: Takafumi Kamimura, Yoshiaki Nakata, and Masataka Higashiwaki
 
本研究の一部は、総務省戦略的情報通信研究開発推進事業 (SCOPE) からの委託によって実施されました。

関連するNICTのプレスリリース

補足資料

今回開発に成功した高周波酸化ガリウムトランジスタ

図1
図1 酸化ガリウム無線通信デバイスの主な応用分野(再掲)
図1は、高周波酸化ガリウムトランジスタを応用することにより、無線通信の実現が見込まれる極限環境分野の例を示します。これらの環境下で従来の半導体デバイスを使用すると、高温、高線量放射線、腐食性ガスなどの影響による性能劣化が顕著となるため、基本的に従来の半導体デバイスは適用外でした。今後、酸化ガリウム無線通信デバイスによって、半導体デバイス未踏の領域でIoT(モノのインターネット)の実現が期待されます。

図3
図3 開発した微細ゲート酸化ガリウムトランジスタの (a) 断面構造模式図と (b) 光学顕微鏡写真(図2の再掲)
図3(a), (b) に示す微細ゲート酸化ガリウムトランジスタを、以前開発したシリコンイオン注入によるn型選択ドーピング技術と、高周波トランジスタに特化した技術であるT型ゲート形成技術を用いて作製しました。実際のデバイスでは、図3(b) の光学顕微鏡像に示すように、一つのドレイン電極に対して、左右対称にゲート電極とソース電極が配置されています。

図4
図4 開発した酸化ガリウムトランジスタの (a) DC電流‒電圧出力特性、(b) 相互コンダクタンスのゲート電圧依存性と伝達特性
図4(a) に、今回作製した酸化ガリウムトランジスタのDC電流-電圧出力特性を示します。ドレイン電流密度が、ゲート電圧のスイープにより効果的に変調されていることが分かります。トランジスタの出力に大きく関係する最大ドレイン電流密度は、ゲート電圧が+4 Vのとき、300 mA/mmと十分に大きな値でした。
図4(b) 中の青線で示したプロットは、右軸に対応しており、一定のドレイン電圧(ここでは10V)におけるゲート電圧とドレイン電流密度の関係を表しています(伝達特性)。この伝達特性では、ゲート電圧が-24 V以下でドレイン電流密度が0 mA/mmとなり、しっかりとトランジスタがオフ状態となっていることが分かります。さらに、赤線で示したプロットは、左軸に対応しており、ゲート電圧によるドレイン電流の変調率を表しています。ほかの構造的因子との兼ね合いもありますが、基本的には、この値が大きいほど、図5で示すトランジスタの電流増幅と電力増幅が可能な周波数の上限が高くなります。ドレイン電圧10 Vのとき、最大の相互コンダクタンス17 mS/mmを示し、酸化ガリウムトランジスタとしては良好な値でした。
 
図5
図5 開発した酸化ガリウムトランジスタの高周波小信号特性(ドレイン電圧 10 V、ゲート長 200 nm)
図5に、電流利得、最大安定電力利得/最大有能電力利得、単方向電力利得の周波数依存性を示します。電流利得が0 dBになる周波数は、電流利得遮断周波数(current-gain cutoff frequency: fT)と定義され、電流増幅可能な周波数の上限に対応します。また、最大有能電力利得と単方向電力利得が共に0 dBとなる周波数が最大発振周波数 (maximum oscillation frequency: fmax)と定義され、電力増幅可能な周波数の上限に当たります。今回開発したゲート長200 nmの酸化ガリウムトランジスタでは、それぞれ fT = 9 GHz、fmax = 27 GHzと優れた特性が得られました。特にfmaxは、酸化ガリウムトランジスタとしての世界最高値です。無線通信では、実用周波数に対して少なくとも2-3倍のfmaxが必要とされるため、この値は、10 GHz程度までの周波数で酸化ガリウムトランジスタが利用可能であることを意味します。

用語解説

酸化ガリウム
化学式Ga2O3で表される金属ガリウムの酸化物、半導体の性質を持つ。結晶多形であり、現在までにα, β, γ, δ, ε, κの6種類の結晶相が報告されている。最も安定なβ-Ga2O3は、単斜晶系結晶構造を取り、4.5 eV(電子ボルト)と非常に大きなバンドギャップを有する。また、簡便な融液成長法により、比較的安価に高品質、大口径な単結晶基板が作製可能であるため、産業応用上の高い優位性を有する。下の写真は、酸化ガリウムトランジスタとテストパターンを作製したチップ。金色の部分は、金を使用した電極。酸化ガリウムは、可視光を透過するために透明。

図
酸化ガリウムトランジスタを作製したチップ
トランジスタ
信号増幅、及び電力のスイッチング等に用いられる三端子半導体素子。大きく分けて、バイポーラトランジスタ(BJT)、電界効果トランジスタ(FET)の2種類がある。本研究では、FETの一種である金属-酸化物-半導体FET(MOSFET)構造を用いた。
最大発振周波数(maximum oscillation frequency: fmax)
高周波トランジスタの性能指標の一つ。入出力整合を取ったときに、電力増幅率が1になる周波数で定義される。つまり、電力増幅可能な周波数の上限に相当する。
酸化ガリウムトランジスタの耐放射線特性
NICTでは、これまでに酸化ガリウムトランジスタの耐放射線特性について評価を行っている。酸化ガリウムトランジスタへ放射線の一種であるガンマ線を照射し、照射前後でデバイス特性を比較した。結果、高線量1.6 MGy(SiO2)のガンマ線照射後も、ほとんどデバイス特性の劣化は見られなかった。このガンマ線耐性は、原子炉での長期実用を可能にするレベルである。なお、Gy(グレイ)は物質の放射線吸収線量の単位であり、1 Gyは物質1 kgが1 J(ジュール)のエネルギーを受ける線量に相当する。ここでは、酸化シリコン(SiO2)で換算した値で規格化した。
<参考文献>
掲載誌: Applied Physics Letters
DOI: 10.1063/1.5017810
掲載論文名: Radiation hardness of β-Ga2O3 metal-oxide-semiconductor field-effect transistors against gamma-ray irradiation
著者名: M. H. Wong, A. Takeyama, T. Makino, T. Ohshima, K. Sasaki, A. Kuramata, S. Yamakoshi, and M. Higashiwaki
1-10 GHz程度の周波数帯
極超短波(UHF)の一部からマイクロ波(SHF)の一部に対応する周波数帯(下図参照)。伝送できる情報量が大きいことから、衛星放送、携帯電話、無線LANなど、現在最も広く無線通信に利用されている周波数帯である。直進性が強い性質を持つ。波長が30 cm(1 GHz)から3 cm(10 GHz)のため、小型アンテナで送受信が可能であり、センサーなどの小型機器による通信に適している。

図
周波数帯に対応した代表的な電波用途
(出典:我が国の電波の使用状況 令和2年3月 総務省)
次世代パワーデバイス半導体材料
世界規模での低炭素、省エネ社会の実現のため、半導体デバイスへの置換えによる電力変換機器(パワーデバイス)の低損失化が進んでいる。今後一層の低損失化を追い求める中で、現在最も普及しているシリコンデバイスよりも、更に高耐圧で低損失なデバイスの実現が期待できる半導体材料として、炭化ケイ素、窒化ガリウムなどのワイドバンドギャップ半導体に注目が集まり、世界的に活発な研究開発が進められている。NICTで別途開発を進めている酸化ガリウムパワーデバイスには、その物性から上記ワイドバンドギャップ半導体デバイスを更に上回る特性が期待される。なお、NICTによる世界初の酸化ガリウムトランジスタ開発、動作実証(2011年)を皮切りに、酸化ガリウムデバイス開発は世界的に活発化した。
酸化ガリウムの耐極限環境性能
酸化ガリウムは、酸化物半導体の一種であり、熱的、化学的に安定な性質を持つ。また、代表的な半導体であるシリコンの4倍以上、窒化ガリウムの1.3倍に当たる4.5 eVと、非常に大きなバンドギャップを有する。その結果、トランジスタ等のデバイス動作の上限温度が、シリコンでは最高200℃程度、窒化ガリウムでは600℃程度であるのに対し、酸化ガリウムの場合、原理的に800℃程度までの安定動作が可能となることが予想される。また、その大きなバンドギャップは強固な結晶構造を反映しており、各種放射線照射に対しても大きな耐性を有することが期待される。これらの特長から、酸化ガリウムは、極限環境デバイス応用に非常に適していると考えられる。
バンドギャップ
半導体と絶縁体において、電子が占有するエネルギーバンド(価電子帯)の最も高いエネルギーと、空のバンド (伝導帯)の最も低いエネルギーとの間のエネルギー差。半導体の物性を決める最も基本的なパラメーターの一つ。結晶の強度や絶縁破壊電界等の物性と密接な関連があり、バンドギャップが大きいほど、堅牢な結晶で絶縁破壊電界が高い傾向がある。
 
図
各種半導体材料のバンドギャップの比較と耐環境性の相関
イオン注入ドーピング
半導体結晶中に電界で加速された不純物を打ち込み、続く高温処理によって注入時に生じた結晶ダメージを回復するとともに、打ち込まれた不純物原子を結晶の格子位置に組み込む不純物ドーピング技術。この一連のプロセスによって、不純物を半導体中の任意の場所、深さ、濃度で分布させることができる。半導体結晶中に取り込まれた不純物は、電流のキャリアとなる電子又は正孔を放出する。酸化ガリウムの不純物としてシリコンをイオン注入ドーピングし、電子をキャリアとして用いるn型ドーピング技術は、以前NICTで開発された。
 
<シリコンを用いた酸化ガリウムn型ドーピング技術に関するNICTプレスリリース>

本件に関する問合せ先

未来ICT研究所
グリーンICTデバイス先端開発センター

上村 崇史、東脇 正高

Tel: 042-327-7224, 6092

E-mail: kamimuraアットマークnict.go.jp

E-mail: mhigashiアットマークnict.go.jp

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広報部 報道室

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