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本テーマではイオン‐光子量子ネットワークを実現するためのイオン‐光子量子インタフェースの研究と、これによって開発された蓄積イオン量子情報技術を究極的な正確さを持つ光周波数標準へ応用するための量子論理分光に関する研究を行っています。

主担当者: 早坂和弘

A.イオン‐光子量子インタフェース

様々な物理系を用いて量子計算を実現しようという努力が世界各国で行われています。これまで最も成功を収めてきた物理系のひとつは図1に示すようなイオン トラップ内に配置した冷却イオンからなる系であり、8個までのイオンを用いた小規模な量子計算が実現されてきました。量子計算を有用なものとするために は、小規模量子計算をネットワーク化して大規模化やフォールトトララント化することが重要な課題となります。量子ICT研究室では光子を用いてイオン間の 量子ネットワークを構築する研究を進めています。そのためには光子とイオン間で忠実に量子状態のやり取りをする量子インタフェースの実現が不可欠です。


図1. イオントラップ中でレーザー冷却により配列を形成したCa+ (カルシウムイオン)

光子-イオン量子インタフェースを実現するには、1個のイオンに形成される電気的双極子(光のアンテナ)が光共振器内の光電場と強く結合することで、イオンの自然放出や光共振器での吸収・散乱による散逸よりも速く量子状態の時間発展が起こることが必要とされます。これは強結合条件と呼ばれ、1990年代にイオンに関する研究が開始されたにも関わらず未だに達成されていません。強結合条件を満たす光共振器長が1mm以下であるのに対し、イオンをトラップするための電極サイズをこれ以下にすることが現在の技術では困難であることが主な理由です。

1個のイオンではなく、N個のイオンを同時に光共振器内光電場の腹に配置することができると、結合の強さはN1/2倍に増強されま す。100個程度のCaイオンであれば、5mm程度の共振器長でも強結合条件を実現することが可能になります。我々はこの考え方に基づき、複数個のCaイ オンを用いた強結合条件実現を目的とした研究開発を行っています。図2に長さ8mmの光共振器と組み合わせたイオントラップ電極を示します。この実験装置 で結合強度を測定する手法を確立し、より薄いトラップ電極の開発で光共振器長を段階的に減少させることで、より少ないNで強結合条件を実現し、1個のイオ ンと光共振器の強結合を実現できると考えています。


図2. Ca+集団と光共振器の強結合を得るためのイオントラップ・光共振器装置
図2. Ca+集団と光共振器の強結合を得るためのイオントラップ・光共振器装置

B.量子論理分光法

量子計算が有用なものとなるためには大規模化が必須であると考えられてきました。しかしながら、2008年、米国の研究機関NISTが2イオンから成る量子計算によりAl+(アルミニウムイオン)の光周波数を2.3x10-17の周波数不確かさで計測し、同時に1.9x10-17で計測されたHg+(水銀イオン)とともにこれまで不確かさが10-16台であった周波数計測の記録を塗り替えました。周波数は全ての量の中で最も正確に計測されている量であるので、量子計算が人類の精密計測の歴史を塗り替えたと解釈することができます。この量子計算を用いる周波数計測法が量子論理分光法と呼ばれるものです。量子論理分光法により、これまで分光が不可能であった原子、分子イオン種の分光が可能になります。特にノーベル物理学賞受賞者H. Dehmeltにより1982年に提案されていたアルカリ土類様イオンによる10-18台の光周波数標準が現実的なものとなってきました。量子ICT研究室では、光・時空標準グループ、大阪大学と協力のもと、アルカリ土類様イオンのひとつであるIn+(インディウムイオン)の量子論理分光を実現するための研究を行っています。

図3. In+とCa+のエネルギー準位図
図3. In+とCa+のエネルギー準位図

In+のエネルギー準位を図3に示します。1S0-3P0遷移(237nm)は各種のシフトが小さく10-18の不確かさが期待される時計遷移です。この時計遷移にレーザーを照射した際、遷移が起きたか起きなかったかの観測を行うためには1S0-1P1遷移(159nm)のコヒーレント光を照射して蛍光を観測する必要がありますが、波長159nmのコヒーレント光発生は現実的ではありません。そこで、観測が比較的容易なCa+を補助系として量子計算を行うことで、波長159nmでのIn+の観測ではなく、波長397nmでのCa+の観測としてIn+の時計遷移の計測を行うわけです。この量子論理分光法を、 In+とCa+のトラップ内での重心振動モード(Center Of Mass)をCOMと表記して量子サーキット図にしたのが図4です。


図4. Ca+を用いたIn+の量子論理分光
図4. Ca+を用いたIn+の量子論理分光

現在、Cs(セシウム)原子微細構造準位間の遷移で定義されている「一秒」に代わり、2019年に光周波数を基準とした新たな秒の定義が決定される予定に なっています。この定義として採択されることを目標に、様々なイオン種を用いた単一イオン光周波数標準、中性原子を用いた光格子時計が周波数確度を競って います。In+は光周波数標準に最も適したアルカリ土類様イオン種の一つであり、その特色を生かすためには量子論理分光法の実現が必須であると考えられます。