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現在、国際単位系(SI)の一つである秒(s)の長さは次のように決まっています。 「秒は133セシウム原子の基底状態の二つの超微細構造準位の間の遷移に対応する放射の周期の9192631770倍である」 この定義文は「秒」の観点から書かれているため日本語として理解しづらいですが、秒の逆数である「周波数」の観点で言い換えると、「セシウム原子の超微細構造準位間のエネルギー間隔は9192631770Hz(×プランク定数)である」という事になります。

The International Bureau of Weights and Measures

一次周波数標準器(Primary Frequency Standard)は上に記した定義を実現できる装置ですが、実際には定義文に記載されてない条件が数多く存在しており、温度はゼロKelvin、外部磁場も外部電場もなし、他の原子分子との衝突もなし、重力の影響もなし・・など外部摂動が全くない状態下のセシウム原子の共鳴周波数が9192631770Hz、と決まっています。しかし、実際の実験系においてそのような無摂動状態下で信号を観測する事は不可能であるため、セシウム原子の出す値は周波数シフトを引き起こしています。一次周波数標準器は考えられうる全ての周波数シフト量を評価できるように作られているので、摂動が無い状態でのセシウム原子の共鳴周波数を実現することができる装置ということになります。

NICTにおける一次周波数標準器開発の歴史

原子泉型一次周波数標準器で観測されたラムゼー信号

高精度の一次周波数標準器を実現するには、観測される遷移信号の共鳴周波数を精度良く検出する必要があり、そのためには周波数線幅の狭い共鳴信号を観測することが鍵となります。一般的に、原子とその共鳴周波数と探る電磁波(セシウムの場合はマイクロ波)の相互作用時間が長ければ長いほど、線幅の狭い共鳴信号が観測できます。しかし、外部摂動無しに原子を同じ場所に静止させ続ける事は不可能であり、通常の方法では線幅の狭い信号を観測する事は困難でした。

そこで考え出された方法がラムゼー共鳴です。原子と電磁波が相互作用する場所を空間的に離して作り、時間間隔を空けて相互作用を二回行う場合でも、原子と電磁波を長時間相互作用させ続けた時と同じ線幅の信号を観測する事ができる、という原理を利用した手法です。

光励起型一次周波数標準器NICT-O1

ラムゼー共鳴を利用する一次周波数標準器として、加熱によりビーム状になった原子を水平方向に飛ばし、空間的に分離されたマイクロ波共振器内で二回相互作用させ、原子の状態を磁場勾配によって選別する「磁気選別型」がまず開発され、後に、磁場の代わりにレーザー光で状態選別を行う「光励起型」が開発されました。冷却原子を用いる原子泉型が登場するまでは、熱原子ビームを用いる方法が主流でした。

この期間において、情報通信研究機構(電波研究所、通信総合研究所を含む)では磁気選別型RRL-CS1、光励起型CRL-O1(後にNICT-O1)の開発及び運用を行い、国際原子時の高度化に貢献しました。

原子泉型一次周波数標準器

原子泉

熱原子ビームを使う場合、原子の速度は200m/sec程度であるため、ラムゼー共鳴を用いても相互作用時間は数十ミリ秒となり、信号線幅の限界を決めてしまいます。この問題を解決したのが「原子泉型」です。レーザー冷却により数μKまで冷却された原子集団は、鉛直方向に打ち上げられ、最高点に達した後、重力によって落下します。原子の通過軌道上にマイクロ波共振器を置くことにより、原子とマイクロ波は共振器を通過する上昇時と下降時の二回相互作用をし、ラムゼー共鳴を引き起こします。原子が打ち上げられて落下する様子が、泉のように見えるため、原子泉型と呼ばれてます。この方法では1秒近い相互作用時間を確保できるため、信号の線幅も1Hz程度と狭く、現在、原子泉型が一番精度の良い一次周波数標準器を実現しています。

NICT-CsF1とNICT-CsF2

NICT-CsF2の構造

上で述べたように、一次周波数標準器は考えられるすべての周波数シフト要因を評価できるように作らなければなりません。時空標準研究室では、熱原子ビーム型に続くものとして、独自設計の原子泉型一次周波数標準器を開発しています。高精度な装置を開発し安定的な運用をするには、装置の形状だけでなく、真空技術、レーザー技術、マイクロ波技術、制御技術、など様々な要素技術を高いレベルで融合することも重要です。

我々は原子泉型標準器のプロトタイプ(現在NICT小金井本部の展示室で公開)を用いて試行錯誤実験を繰り返し、最終的に、高精度かつコンパクトな原子泉型一次周波数標準器NICT-CsF1を完成させました。10項目以上の周波数シフト要因を評価できるように作られており、200万年に1秒という周波数確度を実現しています。また、NICT-CsF1は世界の主要標準研究所の研究者からなる一次周波数標準作業部会において、世界で初めて一次周波数標準器として認められた標準器です。

同時に、運用頻度の向上や相互比較による周波数シフト評価の高度化を目的に、二号機であるNICT-CsF2も開発しています。NICT-CsF1との大きな違いはレーザー冷却のジオメトリですが、これにより周波数確度を約1桁向上できます。


セシウム原子泉型一次周波数標準器NICT-CsF1
セシウム原子泉型一次周波数標準器NICT-CsF1
セシウム原子泉型一次周波数標準器NICT-CsF2
セシウム原子泉型一次周波数標準器NICT-CsF2

参考文献

1) M. Kumagai, H. Ito, M. Kajita and M. Hosokawa, Evaluation of caesium atomic fountain NICT-CsF1, Metrologia 45 139 (2008)