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日本は東経135度に位置しています。
(Wikimedia Commons)

日本では明治時代になって初めて標準時に関する法令が、東経135度の子午線の時を以て本邦一般の標準時と定む、という内容を含んで公布されました[1]。これは1884年の国際子午線会議で、ロンドンのグリニッジ天文台を通る子午線を本初子午線と定められたことに基づきます。地球が24時間で1回転(360度回転)することから、東経135度の子午線の時刻は、グリニッジ天文台における時間(グリニッジ標準時(GMT))から、9時間進めたものになります。現在では、世界的な標準の時系(連続した時刻の系列、Time Scale)として、非常に正確な原子時計を利用した協定世界時(UTC)が使われており、UTCと日本の標準時の間にも9時間の時差が設けられています。

日本では、総務省が周波数標準値の設定、標準電波の発射そして標準時の通報に関する業務を担っています[2]。そして情報通信研究機構(NICT)では、情報通信研究機構法に基づいて標準時を生成し、これを標準電波などの方法で国内外に通報しています。

国際単位系SIにおける秒の定義

私たちは昼夜や季節の変化を通じて時間と関わることが多いため、時間の単位(1秒の長さ)も過去には地球の自転や公転運動と関係して決められており、そのような時系は天文時と呼ばれています。しかし、より高い確度(正確さ:accuracy)を得るために詳細な測定を行った結果、潮汐摩擦やマントル・大気の運動などの影響で、地球の回転運動が常に複雑に変化していることが判明しました。

そこで時間の単位が地球の回転運動の変化に影響されないように、1967年に国際単位系SIにおける「秒の定義」は、天文学ではなく量子力学によるものに変更されました。そこでは「1秒は、セシウム133原子の基底状態の2つの超微細構造準位の遷移に対応する放射の周期の91億9263万1770倍の継続時間」と定義されています[3]

セシウム原子時計は、この定義をできる限り忠実に再現しています。周波数が9.2GHz付近のマイクロ波の電波をセシウム133原子に照射して、セシウム原子が基底状態の2つのエネルギー準位(状態)の間を効率良く行き来できるように、マイクロ波電波の周波数(1秒間の波の数)を調整します。このように調整されたマイクロ波の波の数を数えて、9 192 631 770個の波を数える時間が定義に沿った正確な1秒となります。

国際原子時

原子時の時系は、上述の方法で原子に照射する電波の振動を連続的に数え上げて、1秒ごとの刻みを入れることで発生させています。国際原子時(TAI)は、国際度量衡局(BIPM)[4]によって、世界中の数多くの原子時計の時刻データから発生させており、さらに世界中の原子時計の時刻と相互に比較されて、その堅牢性や確度が保たれています。

国際原子時は1958年1月1日0:00に、天文学的に秒の長さを決めていた当時の協定世界時(旧協定世界時)と同じ時刻に調整されました。しかしそれ以降、原子時計の1秒から決めるTAIは、地球の運動から決める旧協定世界時から「ずれ」が生じていきます。

協定世界時とうるう秒の調整

実際、時系同士の差が大きくなりすぎるとTAI時系の1日が太陽の定める1日からずれてしまう点については、原子時系の開始当初から懸念がありました。現在、この問題は、TAIを参照しながら協定世界時(UTC)に「うるう秒」を追加することで対処されています。UTCはTAIと同じ速さで進みますが、UTCと天文世界時UT1との差が±0.9秒以上になると、UTCに1秒を挿入するか、UTCから1秒が削除されます。この制度が導入された1972年1月1日、TAIに対する初期のオフセットとしてUTCに10秒が加算されました。以降、27秒が徐々に追加され、現在ではUTCはTAIから37秒遅れています。

協定世界時は、天文観測により決定される世界時(UT1)と一致するように調整される。この調整は、1972年以降、UTCに時折うるう秒を挿入することで行われてきたが、その秒の長さはTAIと同一に保たれている。

日本標準時の生成

水素メーザ(左)とセシウム原子時計(右)

日本標準時(JST)は、NICTが決定する標準時の名称です。UTCと同じ考え方で、NICTは自ら所有する原子時計を利用してUTC(NICT)を生成しており、その時刻を9時間進めることでJSTを生成しています。UTC(NICT)と日本標準時(JST)は、現在、最大4台の水素メーザと約18台のセシウム原子時計、そして1台のストロンチウム光格子時計を用いて決定しています。

セシウム原子時計は長い時間が過ぎても1秒の長さに不変の性質がありますが、測定が難しいため、短時間では測定値にふらつきが見られます。一方、水素メーザは短時間でもふらつきの無い時間を測ることができるため、両者を上手く組み合わせて、短時間でも長期間でも安定な信頼できる時間を発生させています。そしてまた、この時間を決める1秒の長さを、ストロンチウム光格子時計を用いて定期的に微調整して、UTCから殆ど全くずれが無いUTC(NICT)を発生させて、JSTを生成しています[5]

日本標準時が生成されるまで

これらの原子時計が発生する時間(1秒)は、温度・湿度・電磁気・振動といった環境の僅かな変化の影響を受けます。そこで、それを安定に保つため、水素メーザとセシウム原子時計は温湿度が安定に管理され、電磁界シールドが施された「原器室」と呼ばれる特別な部屋に設置されています。さらに商用電力が停止してもこれらの時計が止まらないように、自家発電システムや無停電電源装置(大容量充電池)が装備されています。ストロンチウム光格子時計も、温湿度が管理され、電磁場の影響を受けないように工夫された環境で使用されます。

分散化

将来の日本標準時分散化のイメージ

これまで日本標準時は、東京都小金井市のNICT本部のみで生成されてきました。しかし、本部が自然災害などの緊急災害に遭った時、これらの装置の破壊により日本標準時の生成が停止する恐れがあります。NICTでは、日本標準時生成における信頼性やレジリエンスを高めるため、設備の分散化に向けた開発を進めています。その一つに、2018年6月10日からは、兵庫県神戸市において日本標準時の副局を運用しています。この副局には、セシウム原子時計や高精度の衛星時刻比較システムなど、日本標準時の生成に必要な機能を全て備えています。東京と神戸で生成される2つの時系は常に比較されており、万一の東京の非常時には、神戸副局を本局として、日本標準時の維持と供給の機能を継続します。

今後、分散化の技術の開発がさらに進めば、標準電波送信所等の遠隔地にある原子時計のデータも利用して日本標準時を生成できるようになり、より一層、堅牢性や確度の向上が期待できます。

脚注・リンク

[1] 勅令第51号(明治19年(1886)7月13日、国立国会図書館デジタルコレクション(DOI 10.11501/2944130)で閲覧可能

[2] 総務省設置法第4条1項68(平成11年(1999)7月16日)、(e-Gov法令検索)で閲覧可能

[3] 国際単位系SIにおける秒の定義www.bipm.org/en/publications/si-brochure)で閲覧可能

[4] BIPM technical services: Time Metrology (www.bipm.org)

[5] 世界初、国家標準時の維持に光格子時計を利用〜NICTが持つ時計のみで協定世界時との同期が可能に〜,NICTプレスリリース2022年6月9日