5G時代向け 世界最大規模の「生体組織の電気定数データベース」を公開

〜人体に対する20ギガヘルツ超の電波ばく露のシミュレーションなどに利用可能〜
2023年3月30日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 1 MHzメガヘルツ から100 GHzギガヘルツの電波に対する、58種類の生体組織の電気定数データベースを3月30日から公開
  • 5G時代向けに20 GHzギガヘルツ超の周波数帯で初めて測定したデータを含む、世界最大規模のデータベースとなる
  • 電波の安全性評価や医療・ヘルスケアデバイスの開発などにおける数値シミュレーションに利用可能
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)は、人体に対する電波ばく露量の精密な推定に必要な「生体組織の電気定数」を測定するための技術開発を行ってきており、1メガヘルツから100ギガヘルツの電波に対する、58種類の生体組織の電気定数データベースを3月30日(木)から公開します。本データベースには、5Gシステムで利用される20ギガヘルツ超の周波数帯において初めて測定された生体組織の電気定数データが多く含まれており、世界最大規模となります。
本データベースの公開により、5Gシステムの人体安全性評価や医療・ヘルスケアデバイス技術の開発などにおける数値シミュレーションへの利用を通じ、新時代を担う電波利用技術の安全かつ安心な利用と普及に貢献していきます。
生体組織の電気定数データベース: 

背景

図1: 今回公開する世界最大規模の「生体組織の電気定数データベース」(青色枠内)
周波数に応じた比誘電率・誘電損・電気伝導率のリスト(CSVファイル)をダウンロードできる。
[画像クリックで拡大表示]

急速な無線通信技術の進歩に伴って、一般生活において様々な形態で電波が利用されてきています。我が国では、従来の携帯電話システムよりも高い周波数である28ギガヘルツ帯の電波を用いた5Gシステムが実用化され、今後、更に高い周波数の利用も見込まれています。NICTは、5Gシステムを始めとする無線通信技術を安全かつ有効に利用するため、人体が電波にさらされた際にどの程度の電波が人体内部に吸収されるかなどをコンピュータ上でシミュレーションするために、数値人体モデルなどの技術開発を行ってきました。
電波の人体内部での振る舞いは、人体を構成する組織の電気的な特性を示す電気定数によって決定付けられ、この電気定数は、“生体組織”や“周波数”によって異なります。しかし、20ギガヘルツ超の周波数では、多くの種類の生体組織の電気定数が測定されていなかったため、20ギガヘルツ超の周波数における電波ばく露のシミュレーションには、より低い周波数の測定データから推定した電気定数が利用されていました。

生体組織の電気定数データベースの概要

NICTは、人体を対象とした電波ばく露のシミュレーションを行うために、生体組織の電気定数を正確に測定する技術開発を約10年間にわたり進めてきました(補足資料参照)。
今回のデータベースの公開では、1メガヘルツから100ギガヘルツまで、58種類の生体組織の電気定数データがWebページで閲覧・ダウンロード可能となり、本データベースを構成する生体組織の種類の数は世界最大規模(図1参照。従来のデータベースを構成する生体組織は約40種類)となります。
また、世界で唯一20ギガヘルツ超の周波数帯において生体組織を測定した電気定数を含むデータベースとなります。電波に対する人体ばく露に関して、本データベースに含まれている皮膚組織などの電気定数データを用いた成果は最も信頼性が高いものとして評価され、電波への人体ばく露の防護のための新たなガイドラインにおける防護レベルの直接の根拠として採用されています。

今後の展開

本データベースを数値人体モデルと組み合わせることで、5Gシステムでの28ギガヘルツ帯を始め、最新の無線通信システムで利用されている(従来の携帯電話の周波数よりも高い)周波数の電波に対する人体ばく露の正確なシミュレーションが可能となります。また、電波を用いた医療・ヘルスケアデバイスの設計・評価など、無線通信以外の電波利用技術開発にも本データベースを活用できます。
今後、Beyond5Gや6Gと呼ばれる次世代の移動通信システムへの対応として、データベースを1,000ギガヘルツ(1テラヘルツ)にまで拡張するための研究開発を進めていきます。

データベースの公開

生体組織の電気定数データベースの公開は、2023年3月30日(木)から開始します。どなたでもご利用いただけますが、ご利用に当たっては利用規約をご確認ください。

生体組織の電気定数データベースの研究開発の一部は、総務省委託研究「Beyond 5G/6G等の多様化する新たな無線システムに対応した電波ばく露評価技術に関する研究」(JPMI10001)により行われました。

 補足資料

電気定数測定用のセンサ

生体組織の電気定数の測定には、接触するだけで電気定数を測定できるセンサが有用です。しかし、100ギガヘルツまで使用可能な市販品はないため、NICTは、1メガヘルツから100ギガヘルツまでの非常に広い周波数範囲にわたって電気定数を精度良く測定するための2つのセンサを開発し(図4参照)、多様な組織の電気定数の測定ができるようになりました。

図4: NICTが開発したセンサ
プローブの接触面を生体組織に接触させることで、電気定数を測定する。

センサ開発の関連論文情報

 掲載誌: Physics in Medicine and Biology
DOI: 10.1088/1361-6560/aae0e5
掲載論文名: Intercomparison of methods for measurement of dielectric properties of biological tissues with a coaxial sensor at millimeter-wave frequencies
著者名: K. Sasaki, A. Nishikata, S. Watanabe and O. Fujiwara
 
掲載誌: Physics in Medicine and Biology
DOI: 10.1088/0031-9155/60/16/6273
掲載論文名: Dielectric property measurement of ocular tissues up to 110 GHz using 1 mm coaxial sensor
著者名: K Sasaki, Y Isimura, K Fujii, K Wake, S Watanabe, M Kojima, R Suga and O Hashimoto
 
掲載誌: URSI Radio Science Letters
DOI: 10.46620/21-0040
掲載論文名: Design of Coaxial Sensor for Dielectric Measurement of Biological Tissues Below 100 MHz Frequency Range
著者名: Y. Shimizu, K. Sasaki, and T. Nagaoka

用語解説

生体組織の電気定数
電気定数とは、物質固有の電気的な特性を示す指標で、誘電率、誘電損、電気伝導率(導電率)、透磁率等の総称である。生体組織の電気定数とは、筋肉、脂肪、皮膚や臓器等の生体を構成する組織の電気定数である。人体を構成する各組織は、非磁性な損失性誘電体と考えられており、その電気定数は組織の種類や組成、さらに周波数によって変化することが知られている。生体組織の電気定数は、電波の人体への安全性に関する分野だけでなく、電波を用いた医療・ヘルスケア技術などの他分野においても利用されていることから、利用価値の高い基礎的な情報であるといえる。
実際のヒトの組織を対象とした測定は、倫理的な観点から現実的でないことから、ヒトと類似した構造を持つ哺乳類の実験動物・家畜などの組織が、ヒト組織の代替組織として電気定数の測定に用いられている。NICTでの生体組織の電気定数の測定は、家畜などの畜産副産物を測定に利用している。
(一般社団法人 日本地産副産物協会「畜産副産物とは」 URL: http://www.jlba.or.jp/con05_2.html

図2: 電気定数データの例
生体組織の電気定数は周波数や組織によって異なる値を持つ。

5Gシステム(第5世代移動通信システム)
日本では2020年(令和2年)からサービスが開始された、3.9世代移動通信システム(LTE)や第4世代移動通信システム(4G)の次の移動通信システムの総称。4Gを発展させた「超高速」だけでなく、遠隔地でもロボット等の操作をスムーズに行える「超低遅延」、多数の機器が同時にネットワークに繋がる「多数同時接続」といった特長を持っており、5Gは、あらゆる「モノ」がインターネットにつながるIoT(Internet of Things)社会を実現する上で不可欠なインフラとして期待されている。
総務省 令和2年度版 情報通信白書 「第5世代移動通信システム」より一部抜粋
図3: 数値人体モデルのイメージ

数値人体モデル
人体(組織・臓器)の形状を、微小な要素の集合体として表現したもの。各微小ブロックには、その部位に対応する組織・臓器名(ID番号)が与えられており、その組織・臓器に対応する電気定数を与えることで、電磁界解析数値シミュレーションに用いることができる。また、各組織・臓器に他の物性値を与えることで、放射線の被ばく量評価や自動車衝突解析など、幅広い研究分野に活用できる。
NICTでは、日本人平均体形・臓器重量を有する成人男女数値人体モデル、妊娠女性数値人体モデル、国際標準小児数値人体モデルを開発し、データを公開している。

従来の生体組織の電気定数データベース
平成8年(1996年)から公開されている、英国の研究グループによって測定された生体組織の電気定数データベース(参考資料[1])。このデータベースでは、42種類の生体組織について、20ギガヘルツまでの電気定数データを公開している。

<参考資料>
[1] Compilation of the Dielectric Properties of Body Tissues at RF and Microwave Frequencies
URL: http://niremf.ifac.cnr.it/docs/DIELECTRIC/home.html
著者名: C.Gabriel and S.Gabriel

生体組織の電気定数データベースを用いた研究の人体ばく露の防護のための許容値への反映
国際非電離放射線防護委員会(International Commission on Non-Ionizing Radiation Protection; ICNIRP)は、世界保健機関(WHO)が公式に認める電磁界へのばく露を制限する国際ガイドラインの作成及び改定を行っている。2020年に改定された国際ガイドライン(参考資料[1])におけるばく露制限の根拠として、NICTが2017年8月に発表したNICTの生体組織の電気定数データベースを用いた研究に関する論文(参考資料[2])が引用されている。また、前述の論文を根拠に策定された我が国での電波ばく露の許容値を示す電波防護指針が2018年8月に総務省情報通信審議会から答申(参考資料[3])されている。
(詳細は2020年4月20日のNICTお知らせ(参考資料[4])を参照)

<参考資料>
[1] 国際非電離放射線防護委員会ガイドライン
URL: https://www.jeic-emf.jp/academic/assets/files/archive/ICNIRP_RF_GL2020_JPN.pdf
[2] 掲載誌: Physics in Medicine and Biology
DOI: 10.1088/1361-6560/aa81fc
URL: https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1361-6560/aa81fc
掲載論文名: Monte Carlo simulations of skin exposure to electromagnetic field from 10 GHz to 1 THz
著者名: K. Sasaki, M. Mizuno, K. Wake and S. Watanabe
[3] 総務省情報通信審議会からの一部答申
URL: https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban16_02000185.html (2020年5月25日確認)
[4] NICTお知らせ(2020年4月20日)
「電波防護の新国際ガイドラインに、NICTが実施した多くの研究成果が反映されました」
URL: https://www.nict.go.jp/info/topics/2020/04/20-2.html

本件に関する問合せ先

電磁波研究所 電磁波標準研究センター
電磁環境研究室

佐々木 謙介、長岡 智明

広報(取材受付)

広報部 報道室