深紫外LEDを活用した日中・屋外かつ“見通し外”環境下での光無線通信実証に成功

〜ビルなどの障害物や太陽光背景ノイズに邪魔をされない革新的な光ワイヤレス通信を実現〜
2023年6月1日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 太陽光による背景ノイズのある日中・屋外、かつビルなどの障害物がある厳しい環境下において、深紫外LEDによる光無線通信伝送を実証
  • 高強度深紫外LED(500 mW超)搭載の送信機と太陽光背景ノイズを高効率に除去可能な受信機を開発
  • 太陽光背景ノイズやビルなどの障害物に邪魔をされない革新的な“見通し外”光無線通信技術の発展に寄与
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)未来ICT研究所の井上 振一郎室長らの研究グループは、深紫外LED(発光ダイオード)を活用し、太陽光による背景ノイズの多い日中・屋外で、かつ送信機と受信機の間にビルなどの障害物がある“見通し外(NLOS: Non-Line-Of-Sight)”環境下において、光無線通信伝送を実証しました。
発光波長265 nm帯、光出力500 mW超の高強度シングルチップ深紫外LEDを搭載した送信機と、太陽光背景ノイズを高効率に除去可能な深紫外光受信機を開発することで、日中・屋外かつ“見通し外”環境下において、最大80 mの距離で1 Mbps以上の光無線通信伝送に世界で初めて成功しました。
本成果は、ビルが高密度に建ち並ぶ都市部や樹木が生い茂る森林地帯など、光を遮る障害物が多く存在する厳しい“見通し外”環境下においても、高強度深紫外LEDを用いることで高速光無線通信が実現可能であることを示したものです。将来的には、ビルや樹木等で見通せない状態のドローンや無人ロボットとの通信、見通しの悪い交差点等での車車間通信(V2V)や路車間通信(V2I)、電波の届きにくい山岳地域における無線通信など、幅広い分野の産業、生活・社会インフラにおいて、光無線通信の利用シーンを飛躍的に広げる新しい技術として期待されます。
なお、本成果は、IEEE(米国電気電子工学会)発行の学術論文誌IEEE Photonics Journal(電子版: 米国東部時間2023年5月31日(水) 最終版)に掲載されました。

背景

図1 今回開発した深紫外光送受信システムと実験配置
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伝送媒体に光を使う光無線通信は、電磁波ノイズに強く、高速・広帯域なデータ通信が可能であることから、次世代の超高速ワイヤレス通信システムの候補として期待されています。一方で、光を自由空間における伝送媒体として利用する場合の難しさとして、電波よりも波長の短い光は、電波よりも直進性が高く、建物などの物体を透過しない性質を持つことが挙げられます。このため、光無線通信では、途中に光を遮る障害物がなく、送信機と受信機が見通し良く向き合った、“見通し内(LOS: Line-Of-Sight)”環境下での通信に利用範囲が限定されていました。また、従来の可視光や赤外光を用いる光無線通信においては、太陽光による背景ノイズの影響を極めて強く受けてしまう問題もありました。このため、 日中・屋外かつ“見通し外”環境下における光無線通信は、これまで一般的に困難であるとされてきました。
NICTの当研究グループでは、このような課題を解決するため、深紫外波長帯(200〜300 nm)で発光する窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)系発光ダイオード(LED)の開発と、その深紫外LEDを“見通し外”環境下での光無線通信に活用するための研究を進めてきました。特に、波長280 nm以下の深紫外光は、オゾン層で強く吸収される性質を持ちます。このため、太陽光に含まれる波長280 nm以下の光は地表には降り注がず、自然界には存在しない光であり、深紫外光領域は別名、ソーラーブラインド領域と呼ばれています。この性質により、280 nm以下の深紫外光を利用した光無線通信では、太陽光背景ノイズの影響を回避することが可能となります。
また、従来の可視光や赤外光と比べ、波長の極めて短い深紫外光は、大気中のエアロゾルや分子と強く相互作用し、高確率に散乱される性質を持ちます。このため、送信機と受信機の間にビルなどの障害物がある“見通し外”環境下においても、散乱過程を介して障害物を回り込むことで、伝送媒体に光を使った無線通信が実現できる可能性があります。しかし、“見通し外”環境下における散乱過程を介した深紫外光は、伝送距離に対する減衰率が極めて大きく、受信側に届くまでに、信号光は非常に微弱な強度となります。このため、深紫外LEDを用いて日中・屋外の“見通し外”光無線通信を実現し、その通信速度を高め、伝送距離を延長していくためには、高出力な深紫外LEDの開発と、太陽光背景ノイズを高精度に除去する受光システムの開発が必須でした。

今回の成果

今回、日中・屋外の太陽光下かつ送信機と受信機の間にビルなどの障害物がある“見通し外”環境下において光無線通信を実現するために、発光波長265 nm帯、光出力500 mW超の独自開発の高強度シングルチップ深紫外LEDを搭載した送信機を開発しました(補足資料 図3参照)。また、太陽光背景ノイズを高効率に除去し、深紫外波長領域の信号光だけを選択的に取得可能な二重コールドミラーを備えた受信機を開発しました(補足資料 図4参照)。
続いて、開発した送受信システムを用いて、日中・屋外かつ送信機と受信機の間に光を遮るビルなどがある“見通し外”の実験配置(補足資料 図5参照)において、アイパターンの直接計測を行いました。その結果、最大80 mの長距離伝送、1 Mbpsの通信速度で明瞭なアイパターンが確認されました(補足資料 図6参照)。
今回の成果は、日中・屋外かつ送信機と受信機の間にビルなどの障害物がある“見通し外”環境下において、長距離・高速(Mbps以上)の深紫外LED光無線通信伝送を達成した世界初の実証例となります。ビルなどの建物や樹木等により光を遮られる見通しの悪い条件下においても、高強度深紫外LEDを用いることで高速光無線通信が実現できる可能性が示されました。これまでは見通しの良い条件下での利用に限られていた光無線通信の応用の可能性を飛躍的に広げる技術として期待されます(補足資料 図7参照)。

今後の展望

今後、深紫外LED及び深紫外受光システムの更なる高性能化、高機能化を進め、“見通し外”光ワイヤレス伝送の長距離化や大容量化の実証を目指していきます。将来的には、ビルなどの障害物によって見通せない状態のドローンや無人ロボットとの通信、見通しの悪い交差点等での車車間通信(V2V)や路車間通信(V2I)、電波の届きにくい森林・山岳地域における無線通信など、光無線通信の新たな利用シーンの創出を通して、社会の安全や利便性の向上に寄与する革新的技術となることが期待されます。

論文情報

掲載誌: IEEE Photonics Journal
DOI: 10.1109/JPHOT.2023.3276176
論文名: Solar-Blind Optical Wireless Communications over 80 Meters Using a 265-nm High-Power Single-Chip DUV-LED over 500 mW in Sunlight
著者: Hiroyuki Kurosawa, Sachiko Tsuzuki, Manabu Taniguchi, and Shin-ichiro Inoue

関連する過去のNICTの報道発表

補足資料

今回開発した深紫外LEDを活用した屋外・“見通し外”環境下での光無線通信システム

図3 (a) 今回開発した265 nm帯 深紫外LED送信機の外観
(b) 今回開発した深紫外LEDの注入電流に対する光出力特性 及び(c) 3次元ファーフィールドパターン

従来、深紫外LEDの高出力化は技術的に難しく、その光出力は微弱で、高出力用途の深紫外光源としては、主に水銀ランプが用いられてきました。しかし、水銀ランプは、人の健康や環境に有害な水銀を含み、2017年発効の「水銀に関する水俣条約」により、その廃絶に向けた国際的な取組が加速しています。また、水銀ランプ等のガス放電式ランプは、高速変調や持ち運びには不向きで、光無線通信応用には適していませんでした。このような背景から、小型・低環境負荷で、超高速変調可能な深紫外LEDの高出力化が切望されていました。
NICTの当研究グループは、これまで、このような課題を解決するため、高出力な深紫外LEDの研究開発とその実用化に向けた取組を積極的に推進してきました。光取出し効率の向上や光出力飽和現象(効率ドループ)の抑制を可能とするナノ光構造技術を基盤とした深紫外LEDの研究により、深紫外LEDの単チップ当たりの世界最高出力の記録を何度も大幅に更新するなど、本分野をリードする成果を発表してきました(2022年10月27日、同年3月18日、2017年4月4日及び2015年4月1日の報道発表参照)。
今回、これまで蓄積してきた深紫外LEDデバイス技術を活用して、発光波長265 nm帯、光出力500 mW超の高強度シングルチップ深紫外LEDを搭載した送信機を開発しました。室温動作、注入電流2Aにおいて、光出力として約550 mWを記録し、シングルチップの深紫外LEDとしては世界最高出力に相当します。電流に対して光出力はリニアに増加し、ドループは十分に抑制されており、ファーフィールドパターンも極めて均一な特性を示しています。

図4 (a) 今回開発した265 nm帯 深紫外光受信システムの外観
(b) 受光部の構成と光経路 及び(c) 深紫外コールドミラーの角度分解反射スペクトル

日中・屋外における太陽光背景ノイズを高効率に除去し、SN比を大きく改善するために、深紫外波長領域の信号光だけを選択的に取得可能な二重コールドミラーを備えた受信システムを開発しました。

図5 今回行った屋外・“見通し外”(NLOS)環境下での深紫外LED光無線通信の実験配置図
図6 屋外・“見通し外”(NLOS)環境下、通信距離 (a) 55 m (d2 = 30 m)、(b) 80 m (d2 = 55 m)において測定されたアイパターン 及び (c) ジッタ(Jitter)解析結果
開発した深紫外送受信システムを用いて、日中・屋外かつ送信機と受信機の間に光を遮る建物(ビル)がある“見通し外”(NLOS)環境下において、アイパターンの直接計測を実施しました。本実験における“見通し外”配置では経路に散乱板を置き、無指向性(全方向性)の深紫外散乱光を介した光無線通信を実現しています。実験の結果、伝送距離80 m、通信速度1 Mbpsにおいて明瞭なアイパターンが観測されました。また、ジッタ解析の結果、BER(Bit Error Rate)が10-12の時のアイ開口幅の最大値と最小値は、それぞれ624 nsと375 nsでした。深紫外LEDを用いて、日中・屋外の長距離・高速(Mbps以上)“見通し外”光無線通信伝送に世界で初めて成功しました。
これまでの可視光や赤外光を用いた光無線通信においては、途中に光を遮る障害物がなく、送信機と受信機が一直線に向き合った見通しの良い環境下での通信に利用範囲が限定されていましたが、本成果により、ビルなどの建物や樹木等により光を遮られる見通しの悪い条件下においても、高強度深紫外LEDを用いることで高速光無線通信が実現できる可能性が示されました。
図7 将来の深紫外LED“見通し外”(NLOS)光無線通信システムのイメージ図

今後の応用例

今回開発した深紫外LED“見通し外”光無線システムは、これまで見通しの良い条件下での利用に限られていた光無線通信の応用可能性を飛躍的に広げる新しい技術として期待されます。
将来の“見通し外”(NLOS)深紫外LED光無線通信の実利用シーンにおいては、送信側では、建物の屋根等から周囲の安全に配慮して上空に向けて深紫外光を出射する配置等が想定されます(図7参照)。また、受信側に戻ってくる光は、大気中のエアロゾルや分子からのレイリー(Rayleigh)及びミ-(Mie)散乱を介した極めて微弱な散乱光となるため、人体に対して影響のないレベルの光強度となり、安全面に対してしっかりと配慮された運用となることが想定されます。
今後、ビルなどの障害物によって見通せない状態のドローンや無人ロボットとの通信、見通しの悪い交差点等での車車間通信(V2V)や路車間通信(V2I)、電波の届きにくい森林・山岳地域における無線通信など、光無線通信の新たな利用シーンの創出、幅広い用途における活用、応用展開が期待されます。

用語解説

深紫外LED(発光ダイオード)

深紫外(Deep Ultraviolet: DUV)波長とは、紫外線よりも更に短い波長領域を示し、ここでは200~300 nmの波長領域として定義している(より広く200~350 nm付近までの波長帯を含める場合もある)。現在のところ、半導体発光ダイオード(LED: Light Emitting Diode)を用いて実現できる最も短い発光波長が、この深紫外波長領域に対応する。
深紫外光の中でも、特にUV-C領域として分類される波長280 nm未満の光は、オゾン層で全て吸収されるため、280 nm未満の太陽光は地球上には降り注がず、ソーラーブラインド領域とも呼ばれる。そのため、太陽光背景ノイズの影響を受けない光信号の送受信が可能となる。
また、例えば、生物のDNAやRNAは、自然界には存在しない280 nm未満の光に対して強い吸収構造を持つ。この特性により、例えば、深紫外光を使えば、塩素などの有害な薬剤を用いずに、細菌やウイルスなどを効果的に殺菌・不活性化できる。
このため、深紫外LEDは、通信から殺菌、医療、環境など様々な領域で新たな市場創出が期待されている。また、高強度深紫外LEDの実用化の際には、人体への安全性を確保するために、皮膚や目への直接の照射を避ける運用が必要である。

図2 波長ごとの電磁波(光)の名称


太陽光による背景ノイズ

日中・屋外において、空間に光を飛ばして信号をやり取りする光無線通信を行う場合、強い強度の太陽光が信号光と共に直接、受光部に入ってしまう。このため、従来の可視光や赤外光を用いる光無線通信においては、太陽光が信号光に対する背景ノイズとして作用する。
一方、太陽光(地表レベル)に含まれない深紫外波長領域(ソーラーブラインド領域)の信号光を用いて光無線通信を行うことで、日中・屋外においても、太陽光による背景ノイズの影響を受けない低雑音通信が可能となる。


見通し外(NLOS: Non-Line-Of-Sight)通信

送信側と受信側の間に障害物があり、お互いに見通せない(“見通し外”)環境下における通信のこと。


窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)

窒化アルミニウム(AlN)と窒化ガリウム(GaN)の混晶材料。直接遷移型の窒化物半導体であり、AlNとGaNの混晶組成比を変えることで、その発光波長を深紫外領域のほぼ全域(210〜365 nm)で任意に制御することが可能である。 深紫外LEDを実現する上で、現在のところ最も適した材料であると考えられており、主に、MOCVD法(有機金属気相成長法: Metal Organic Chemical Vapor Deposition)と呼ばれる結晶成長方法により製膜される。


アイパターン(Eye Pattern)

高速デジタル信号の品質を評価する方法として用いられるもので、サンプリングされた多数の信号波形が重ね合わされて表示されたもの。アイ・ダイアグラム(Eye Diagram)とも呼ばれる。信号波形が同じ位置で乱れずに重なり合っていれば、アイ(Eye)が開いている状態といわれ、品質の良い波形であることを示している。

本件に関する問合せ先

未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センター
深紫外光ICT研究室

井上 振一郎

広報(取材受付)

広報部 報道室