単一光子間の和周波発生を利用した量子もつれ交換(量子通信プロトコルの一つ)に世界で初めて成功

2025年10月8日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 単一光子間の和周波発生を利用した量子もつれ交換(量子通信プロトコルの一つ)に世界で初めて成功
  • NICTの最先端技術を結集し、単一光子間の和周波発生を高いSN比で観測
  • 今後、光量子計算回路の小型化・高効率化や次世代量子鍵配送の長距離化の実現に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)は、単一光子間の和周波発生を用いた量子もつれ交換(量子通信プロトコルの一つ)の実証に成功しました。
単一光子の非線形光学効果は、量子通信プロトコルを高度化する際に重要なツールとなることが理論的に知られていますが、極めて弱い光に対する同効果は非常に小さく、応用は実現されていませんでした。今回、NICTが開発した高速量子もつれ光源・低ノイズ超伝導単一光子検出器・高効率非線形光学結晶の最先端技術を組み合わせることで、非線形光学効果の一つである単一光子間の和周波発生を極めて高いSN比(所望信号とノイズの比率)で観測し、それを用いた量子もつれ交換実証に世界で初めて成功しました。今後は実験系をさらに高効率化することで、光量子計算回路の小型・高効率化や次世代量子鍵配送の長距離化が期待されます。
なお、本成果は、2025年10月7日(火)に、英国科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。

背景

図1 従来の量子もつれ交換(a)と和周波発生による量子もつれ交換(b)
a 光子対生成が確率的な場合、A2とB1間の二光子干渉測定だけでは成功と失敗を判別できないため、A1とB2に1光子ずつ存在することを確認するために追加の測定が必要となる。
b 和周波発生が起きた時にはA2とB1に1光子ずつ存在するため、量子もつれ交換の成功が判別できる。
量子通信や量子計算のような量子情報処理分野では、2つの量子ビット間でのゲート操作が重要な基盤技術となります。光子を用いた実装においては、従来は2つの光子間の量子干渉(二光子干渉)が利用されてきました。この方法では、通常の半透鏡と光子検出器で簡便に実験系を構築できる反面、量子もつれ交換によって得られた光子対の存在を測定によって破壊しなければ、忠実度が低くなってしまい(図1a参照)応用の幅が制限されていました。
そこで、二光子干渉ではなく、単一光子間の和周波発生を用いた量子もつれ交換が理論提案されています(図1b参照)[1]。この方法では、単一光子間の和周波発生で生成された光子(和周波光子)を測定することで、最終的に得られた量子もつれ光子対を測定によって破壊することなく、高い忠実度で量子もつれ交換を実現することが可能になります。この特長は、ループホールのないベル不等式破れの検証や、次世代量子鍵配送の長距離化に向けて大きなメリットとなります。しかし、このような単一光子間の和周波発生は2014年に初めて報告されたものの[2]、当時検出された信号は非常に小さく、ほとんどノイズに埋もれていたため、量子もつれ交換へ適用するには検出信号のSN比(所望信号とノイズの比率)を大幅に改善する必要がありました。

今回の成果

本研究では、NICTの持つ最先端技術(高速量子もつれ光源[3,4]、低ノイズ超伝導単一光子検出器[5,6]、高効率非線形光学結晶[7])を組み合わせて実験系を構築しました(図2参照、詳細は補足資料参照)。
図2 単一光子間の和周波発生による量子もつれ交換の実験系
EPS IとEPS IIで量子もつれ光子対を1対ずつ生成し、SFG-BSAで単一光子間の和周波発生を用いたゲート操作を行う。
その結果、和周波光子の信号は高いSN比で検出され(図3a参照)(先行研究[2]と比較して約1桁近く高いSN比を達成)、終状態に強い量子もつれが存在していることを確認し(図3b参照)(最大量子もつれ状態との忠実度の下限を推定すると0.770±0.076)、世界で初めて単一光子間の和周波発生による量子もつれ交換の実証に成功しました。
今回得られた結果は光量子情報処理における大きな一歩であるとともに、今後新たな非線形光学デバイスを開発する際の重要な指針となることが期待されます。
図3 実験結果
a 和周波光子の検出信号。
b 量子もつれ交換完了後の二光子の偏光相関。H、V、D、Aはそれぞれ横、縦、右斜め45度、左斜め45度偏光を表す。

今後の展望

本手法を量子もつれ交換よりもさらに高度な量子情報プロトコルへ応用するには、さらなるSN比の改善が必要であると見込まれます。今後は、非線形光学効果の増強を実現させ、光量子計算回路の小型・高効率化や次世代量子鍵配送の長距離化につなげていきたいと考えています。

研究者情報

逵本 吉朗
未来ICT研究所 量子ICT研究室
和久井 健太郎
電磁波研究所 時空標準研究室
岸本 直
Beyond5G研究開発推進ユニット テラヘルツ連携研究室
三木 茂人
未来ICT研究所 超伝導ICT研究室
藪野 正裕
未来ICT研究所 超伝導ICT研究室
寺井 弘高
未来ICT研究所 超伝導ICT研究室
藤原 幹生
量子ICT協創センター
加藤 豪
未来ICT研究所 量子ICT研究室

論文情報

著者: Yoshiaki Tsujimoto*, Kentaro Wakui, Tadashi Kishimoto, Shigehito Miki, Masahiro Yabuno, Hirotaka Terai, Mikio Fujiwara, Go Kato
(*責任著者)
論文名: Experimental entanglement swapping through single-photon χ(2) nonlinearity
掲載誌: Nature Communications
DOI: 10.1038/s41467-025-63785-5

なお、本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金(JP18K13487、 JP20K14393、JP22K03490)と、総務省 ICT 重点技術の研究開発プロジェクト(JPMI00316)の助成を受けて行われました。

参考文献

[1] N. Sangouard et al., “Faithful entanglement swapping based on sum-frequency generation”, Phys. Rev. Lett. 106, 120403 (2011). 
[2] T. Guerreiro et al., “Nonlinear interaction between single photons”, Phys. Rev. Lett. 113, 173601 (2014).
[3] K. Wakui et al., “Ultra-high-rate non-classical light source with 50 GHz-repetition-rate mode-locked pump pulses and multiplexed single-photon detectors”, Opt. Exp. 28, 22399 (2020). 
[4] Y. Tsujimoto et al., “Ultra-fast Hong-Ou-Mandel interferometry via temporal filtering,” Opt. Exp. 29, 37150 (2021). 
[5] T. Yamashita et al., “Superconducting nanowire single-photon detectors with non-periodic dielectric multilayers”, Sci. Rep. 6, 35240 (2016).
[6] S. Miki et al., “Stable, high-performance operation of a fiber-coupled superconducting nanowire avalanche photon detector”, Opt. Exp. 25, 6796 (2017).
[7] T. Kishimoto et al., “Highly efficient phase-sensitive parametric gain in periodically poled LiNbO3 ridge waveguide”, Opt. Lett. 41, 1905 (2016).

補足資料

図2 単一光子間の和周波発生による量子もつれ交換の実験系(再掲)
EPS IとEPS IIで量子もつれ光子対を1対ずつ生成し、SFG-BSAで単一光子間の和周波発生を用いたゲート操作を行う。
本研究では、NICTの持つ最先端技術(高速量子もつれ光源[3,4]、低ノイズ超伝導単一光子検出器[5,6]、高効率非線形光学結晶[7])を組み合わせて実験系を構築し(図2)、世界で初めて単一光子間の和周波発生による量子もつれ交換の実証に成功しました。本実験では、まず量子もつれ光子対を2ペア生成し、次に各光子対の片割れを周期分極反転ニオブ酸リチウム(Periodically Poled LiNbO3: PPLN)導波路へ入力して和周波発生を行います。最後に和周波光子を超伝導単一光子検出器で検出すると残された光子の間に量子もつれが形成されて、量子もつれ交換が完了します。
本実験では次の独自技術を開発しました。まず、非線形光学効率を最大化するため結晶長63 mmの長尺PPLN導波路を製作し、それをサニャック干渉計内に配置することでゲート操作を可能にしました。生成された和周波光子は暗計数0.15 Hzという低ノイズの超伝導単一光子検出器で検出されます。さらには電気光学コムを用いて、1GHz(ギガヘルツ、1秒に10億回)という今回の実験に最適な高速クロックで量子もつれ光子対の励起光を発生させました。以上の技術により、先行研究[2]と比較して約1桁近く高いSN比を達成しました。
図3に、和周波光子の検出信号と量子もつれ交換の結果得られた光子対の偏光相関を示します。この実験データから最大量子もつれ状態との忠実度の下限を推定すると0.770±0.076となり、強い量子もつれが存在していることを確認できました。今回得られた結果は光量子情報処理における大きな一歩であるとともに、今後新たな非線形光学デバイスを開発する際の重要な指針となることが期待されます。
図3 実験結果(再掲)
a 和周波光子の検出信号。
b 量子もつれ交換完了後の二光子の偏光相関。H、V、D、Aはそれぞれ横、縦、右斜め45度、左斜め45度偏光を表す。
本手法を量子もつれ交換よりもさらに高度な量子情報プロトコルへ応用するには、さらなるSN比の改善が必要であると見込まれます。具体的には、本研究で行ったシミュレーションによりループホールのないベル不等式破れの検証では少なくともさらに3倍程度、また次世代量子鍵配送では50倍程度の非線形効果改善が必要と予想されています。これを実現するには、例えばPPLN導波路に光共振器構造を追加するなどの電場増強が有効であると考えられます。

用語解説

和周波発生(Sum Frequency Generation: SFG) 周波数ω1とω2の二色の光を2次の非線形光学結晶へ同時に入力すると、和の周波数ω3(=ω12)を持つ光が入力光強度の積に比例した強度で生成される。ここで、入力強度が極めて弱い単一光子の場合、和周波光子は各入力平均光子数の積に比例した効率で生成される。 元の記事へ

量子もつれ交換 量子もつれ光子対2ペアを連結して、1ペアの量子もつれ光子対を生成する量子通信プロトコル。各量子もつれ光子対の片割れに対してベル測定と呼ばれる操作を行うことで、各量子もつれ光子対の残りの片割れの間に量子もつれが生じる。本研究では単一光子間の和周波発生を用いてベル測定を行っている。 元の記事へ

非線形光学効果 非線形光学媒質に光を入射すると、媒質内部に非線形分極が誘起される。非線形分極は入力光電場のべき級数で表すことができ、例えば、電場の2次の項によって生じる光学効果を2次の非線形光学効果と呼ぶ。2次の非線形光学効果では入力光の周波数が変化して出力される。代表的なものとしては第二高調波発生、和周波発生、差周波発生などがある。 元の記事へ

次世代量子鍵配送 ここでは装置無依存量子鍵配送を指す。通常の量子鍵配送で安全性を保証するには「装置はユーザーが意図したとおりに動作している」という仮定が必要となる。しかし、装置無依存量子鍵配送ではこの仮定すら不要になる。この安全性は上述のループホールのないベル不等式の破れを確認することで保証される。しかし、実際には光ファイバ中の損失などで光子が失われる。そこで、図1bのように量子もつれ光子対をもう1ペア生成し、中間ノードで和周波光子を観測した時のみ成功とすれば、伝送中に光子がなくなったイベントを除外する(つまり検出効率によるループホールをなくす)ことができる。 元の記事へ

量子ビット間でのゲート操作 CNOTゲートのような、2つ以上の量子ビットを利用して演算を行う量子ゲート操作のこと。この操作によって量子もつれを生成するといった量子操作が可能となる。量子コンピュータを実現するためには、1つの量子ビットに対するゲート操作だけでなく、量子ビット間でのゲート操作が必要となる。 元の記事へ

二光子干渉 図1aの中心部分のように半透鏡(透過率=反射率=1/2)の各入力ポートへ1光子ずつ入力する状況を考える。入力光子が識別できる場合、片方の出力ポートに2光子が出力されるイベントの確率は1/2となり、両側の出力ポートに1光子ずつ出力される確率も1/2となる。しかし、入力光子が互いに識別できない場合は、光子同士の干渉によって後者のイベントが起こる確率が理想的にはゼロになる。 元の記事へ

忠実度 0から1までの値をとる指標で1に近いほど理想的な量子もつれ状態となる。忠実度が0.5より大きい状態には量子もつれが存在する。 元の記事へ

ループホールのないベル不等式破れの検証 量子もつれ光子対の相関を測定すると局所性・実在性を仮定して成立するベル不等式が破れる。しかし、実際の実験では様々なループホール(実験装置が理想的な装置とのずれていることから生じる抜け穴)が存在するため、これらをなくす努力が不可欠となる。ここで特に重要なのは検出効率のループホールである。すなわち、生成された量子もつれ光子対のごく一部分しか検出されない場合には、「検出されなかった光子対も考慮するとベル不等式が破れていない」という可能性を排除できなくなる。このループホールをなくすには、生成された量子もつれ光子対の少なくとも2/3以上を検出する必要がある。 元の記事へ

サニャック干渉計 マッハツェンダー干渉計では光子は2つの異なる光路を通るため、光路間の経路差や位相差が一定となるようにフィードバック安定化する必要がある。一方、サニャック干渉計はマッハツェンダー干渉計を折りたたんだような構造を持つため、光は同じ経路を互いに逆方向へ通る。これにより、それぞれの光子が受ける位相変化が常に同一となるため、フィードバックなしで干渉計を安定化できる。 元の記事へ

本件に関する問合せ先

未来ICT研究所
小金井フロンティア研究センター
量子ICT研究室

逵本 吉朗

広報(取材受付)

広報部 報道室