世界初、コンサートホール規模の大空間中の浮遊ウイルスを安全かつ高速に不活性化する深紫外LED大空間殺菌システムの開発に成功

〜深紫外光を“上層空間のみ”に選択的に照射することで、安全な大空間殺菌を実現〜
2025年11月13日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 高強度深紫外LEDの配光角を精密に制御し、深紫外光を“上層空間のみ”に選択的に照射する技術を開発
  • コンサートホール規模の大空間において、浮遊ウイルスの高速殺菌と安全性の両立を実現
  • 深紫外LEDを用いた空間殺菌の安全性を飛躍的に高め、その利用シーンを大空間に広げる画期的な技術
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)未来ICT研究所の井上 振一郎 室長らの研究グループは、コンサートホール規模の大空間中の浮遊ウイルスを安全・高速に不活性化する深紫外LED大空間殺菌システムの開発に世界で初めて成功しました。
当研究グループは、高強度深紫外LEDの配光角を精密に制御することで、深紫外光を大型ホールの“上層空間のみ”に選択的に照射する技術を開発しました。これにより、人への高い安全性を確保しながら、コンサートホール規模の大空間中の浮遊ウイルスを高速に不活性化するシステムの開発に成功しました。今回開発した深紫外LED大空間殺菌システムは、水銀ランプを使用した場合と比較し、浮遊ウイルス(ヒトコロナウイルス)の99.9%不活性化に要する時間の大幅な短縮(72%減)を達成しました。また、本システムは、実際に公共大型ホール(熊谷文化創造館さくらめいと 太陽のホール)に設置され、客席に人がいる状態でも安全に運用できることが確認されました。
本成果は、深紫外LEDによる空間殺菌技術の安全性を飛躍的に高め、従来困難であった大規模コンサートホールのような大空間における浮遊ウイルスの高速殺菌と安全性の両立を実現したものです。空気中を浮遊するウイルスを介したエアロゾル感染の脅威から国民の安全と健康を守る画期的な技術になると期待されます。
※本研究成果の一部は、総務省令和4年度補正予算事業「高強度深紫外LEDの社会実装加速化事業」の一環として得られました。

背景

図1 今回開発した深紫外LED大空間殺菌システムを設置した大規模コンサートホール
ウイルスや細菌に対して極めて強い殺菌作用を有する光を発する深紫外LED(発光ダイオード)に高い関心が集まっています。NICTの当研究グループは、これまで、高強度な深紫外LEDの研究開発とその社会実装実現に向けた取組を積極的に推進してきました。深紫外LEDの単チップ当たりの世界最高出力の記録を何度も大幅に更新し、水銀ランプに匹敵する光出力を実証するなど、本分野をリードする成果を発表してきました(2022年10月27日、2017年4月4日及び2015年4月1日の報道発表参照)。さらにNICTは、東京大学医科学研究所と共同で、発光波長265 nm帯の深紫外LEDが、エアロゾル中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対して、極めて高い不活性化効果を有することを世界で初めて定量的に明らかにしています(2022年3月18日の報道発表参照)。
これらの成果によって、深紫外LEDは、空気中のウイルスを介したエアロゾル感染の拡大を防ぐための画期的なツールとして注目されています。
ここで、深紫外LEDを用いて空間殺菌を行う場合、安全性を確保するため、人体への直接の照射を避ける運用が必要となります。従来は、遮蔽されたモジュール筐体内に深紫外LEDを搭載し、筐体内に吸引したウイルスを含む空気に対し深紫外光を照射した後、不活性化された空気を筐体外に排出する方法で空気殺菌が行われてきました。しかし、この手法ではモジュール1台当たりに吸入・排出できる流量に限界があり、大規模コンサートホールのような大空間における効率的な空気殺菌は、これまで現実的に困難でした。
このため、大勢の人々が密閉された空間で長時間を過ごす環境において、いかにエアロゾル感染拡大のリスクを低減できるかが、社会的に重大な課題として残されていました。そして、近い将来に到来が懸念されるNEXTパンデミックに備える上でも、安全で持続的な空気感染対策技術の創出が急務となっています。
今回、これらの課題を解決するため、深紫外LEDを用いて、コンサートホール規模の大空間の空気を極めて安全かつ高速に殺菌する新たな技術の開発を行いました。

今回の成果

今回、当研究グループは、高強度深紫外LEDの配光角を精密に制御することで、深紫外光を大型ホールの“上層空間のみ”に選択的に照射するモジュールの開発に成功しました(詳細は補足資料図2参照)。ウイルスを含む下層の空気は、ホール内に設置した送風ファンにより上層へと素早く対流し、上層で深紫外光照射により不活性化された後、清浄な空気となって、再び下層へと循環されます(補足資料図3参照)。これにより、コンサート会場規模の大ホールにおいて、下層の観客席に座る人々に対する高い安全性を確保しながら、深紫外光により大空間全体を高速に殺菌するシステムを実現しました。
深紫外LED照射モジュールは、殺菌効率の最も高い発光ピーク波長265 nm帯の高強度深紫外LEDチップをマルチチップ実装し、放物面反射鏡と組み合わせることで、ワット級(1.1 W)の高光出力を実現しながら、極めて高い指向性(配光角の垂直方向の半値全幅(FWHM): 2°)を達成しました(補足資料図4参照)。この極めて高い指向性とワット級の高光出力の両立により、コンサートホール規模の長い伝搬距離においても、下層の観客席には深紫外光は当たらず、大空間の上層のみに十分な強度の深紫外光が照射されることで、従来困難であった安全かつ高速な大空間殺菌を可能としました。
また、今回開発した深紫外LED大空間殺菌システムは、実際にコンサート会場規模の公共大型ホール(熊谷文化創造館さくらめいと 太陽のホール)に設置され、客席に人がいる状態でも安全に運用できることが確認されました(補足資料図5参照)。
さらに、本大型ホール(容積:9,200 m3)内の空気中を浮遊するウイルスの不活性化に必要な時間を評価した結果、本システムを用いて試験用ウイルス(ヒトコロナウイルス229E)を99.9%不活性化する場合、要する時間は42分と見積もられました(詳細は補足資料図6参照)。また、今回開発した深紫外LED大空間殺菌システムは、水銀ランプを使用した場合に比べ、そのウイルス不活性化に要する時間を大幅に短縮(72%減)できることを明らかにしました(補足資料図6参照)。
今回の成果は、深紫外LEDによる空間殺菌技術の安全性を飛躍的に高め、従来困難であった大規模コンサートホールのような、大勢の人々が密閉された大空間における浮遊ウイルスの高速殺菌と安全性の両立を実現したものです。エアロゾル感染を介した感染拡大、感染爆発(パンデミック)の脅威から国民の安全と健康を守る画期的な技術になると期待されます。

今後の展望

今後、NICTは、今回実証した深紫外光デバイス技術の更なる研究開発とその社会実装に向けた取組を推進し、将来の安心・安全で、持続可能な社会の実現に貢献していきます。

関連する過去の報道発表

補足資料

今回開発した深紫外LED大空間殺菌システム

図2 (a) 深紫外LED照射モジュールの外観 (b) モジュール内部の構造
及び (c) 高強度深紫外LEDチップの拡大写真
図3 (a) 大型ホール内(垂直方向断面)の空気の流れと深紫外光の照度分布
(b) 大型ホール後方壁面に設置された深紫外LED照射モジュールの写真
図4 深紫外LED照射モジュールの配光特性(垂直方向)の測定結果
図5 今回開発した深紫外LED大空間殺菌システムを設置した
公共大型ホール(熊谷文化創造館さくらめいと 太陽のホール)の写真と配置
図6 システム稼働時間に対する公共大型ホール(熊谷文化創造館さくらめいと 太陽のホール)
(容積:9,200 m3)内の浮遊ウイルス(ヒトコロナウイルス229E)の生存率の推移
コンサート会場規模の公共大型ホール(熊谷文化創造館さくらめいと 太陽のホール)(容積:9,200 m3)内の浮遊ウイルスのシステム稼働時間に対する不活性化効果を見積もりました。
深紫外LEDを用いたシステムの場合、高強度深紫外LED(光出力500 mW /チップ、発光ピーク波長265 nm)を4チップ直列で実装したモジュール(配光制御後の光出力 1.1 W)を3台使用し、トータル光出力3.3 Wで動作させました。参照用の水銀ランプを用いたシステムの場合は、市販品低圧水銀ランプ(フィリップス製 TUV PL-L 18W/4P、定格ランプ光出力5.5 W、主波長254 nm)を1本備えたモジュール(遮光ルーバーにより配光制御後の光出力 0.33 W)を3台使用し、トータル光出力0.99 Wとしました。システムの試作については岩崎電気株式会社の協力を得て実施しました。ここで、水銀ランプを使用したシステムの場合、ランプ自体は高い光出力となりますが、光源サイズ(発光体積)も大きく、全方位に放射される為、配光制御性については低くなり、下層の観客席に深紫外光が当たらないようにするには、遮光ルーバーにより下方へ拡がる光を遮る必要があり、配光制御後の光出力は大きく減光されます。一方、今回開発した深紫外LED照射モジュールでは、発光体積が圧倒的に小さく、配光制御性も高い為、ワット級(1.1 W)の高光出力を実現しながら、極めて高い指向性(配光角の垂直方向の半値全幅(FWHM): 2°)を達成しており、コンサートホール規模の長い伝搬距離においても、下層の観客席には深紫外光は当たらず、大空間の上層のみに、十分な強度の深紫外光が照射されることで、従来困難であった安全かつ高速な大空間殺菌が可能となります。
ウイルスを含む下層の空気は、ホール内に設置した送風ファンにより上層へと素早く対流し、上層で深紫外光照射により不活性化された後、清浄な空気となって、再び下層へと循環されます。このホール内に設置した送風ファンによる空気の流れを流体計算により求めました(図3 (a)参照)。得られた空気の流れから浮遊ウイルスのホール内の軌跡を計算し、深紫外LED照射モジュールの配光特性の測定結果(図4参照)からホール内の深紫外光の照度分布を求めることで、浮遊ウイルスに対する積算光量を求めました。本システムの深紫外光の積算光量に対する浮遊ウイルスの不活性化率については、外部検査機関で試験用浮遊ウイルス(ヒトコロナウイルス229E)を用いて測定しました
これらのデータから、本大型ホール(容積:9,200 m3)内の浮遊ウイルスのシステム稼働時間に対する不活性化効果を評価した結果、99.9 %不活性化に要する時間は、深紫外LEDを用いたシステムの場合は42分、水銀ランプを使用したシステムの場合は150分と見積もられました。最も殺菌性の高い波長265 nm帯高強度深紫外LEDを活用し、かつその配光角を精密に制御することで、今回開発した深紫外LED大空間殺菌システムが、水銀ランプを使用した場合に比べて、99.9%不活性化に要する時間を大幅に短縮(72%減)できることを明らかにしました。

用語解説

深紫外LED おおむね200〜300 nmの波長帯(深紫外領域)の光を発する半導体発光ダイオード(LED: light-emitting diode)のこと。深紫外光を照射することにより、塩素などの薬剤を用いずに、ウイルスや細菌を効果的に殺菌・不活性化することができる。特に、265 nm帯の深紫外光は、その発光波長ピークがDNA/RNAの吸収ピークと重なるため、ウイルスの不活性化に対して最も効果的である。深紫外LEDのウイルス不活性化用途における実用化の際には、人体への安全性を確保するために、皮膚や目への直接の照射を避ける運用が必要である。
なお、今回開発した深紫外LED大空間殺菌システムでは、高強度深紫外LEDの配光角を精密に制御する技術を開発しており、コンサートホール規模の長い伝搬距離においても、下層の観客席には深紫外光は当たらず、大空間の“上層空間のみ”に、十分な強度の深紫外光が選択的に照射されることで、従来困難であった安全かつ高速な大空間殺菌が可能となる。
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配光角 放射される光の広がり方を数値で示したもの。数値が小さいほど狭角、大きいほど広角に広がることを表す。 元の記事へ

水銀ランプ 水銀ガスを閉じ込めたガラス管内でアーク放電を起こし発光させる光源。254 nmや365 nmなどの輝線を発し、深紫外領域における最も代表的な光源で、様々な産業、用途において用いられている。しかし、2017年に「水銀に関する水俣条約」が発効され、人体・環境に有害な水銀の削減・廃絶に向けた国際的な取組が加速している。一方で、深紫外LEDは水銀を含まず、低環境負荷であり、本成果は、水銀廃絶による環境汚染防止や持続可能な社会の実現にも大きく寄与するものである。 元の記事へ

ヒトコロナウイルス 229E ヒトに日常的に感染するコロナウイルスの一種。 元の記事へ

空気中を浮遊するウイルスに対する不活性化性能評価方法 評価方法は、日本電機工業会規格JEM1467(附属書D: 浮遊ウイルスに対する除去性能評価試験)に準拠し、外部検査機関で実施した。 元の記事へ

本件に関する問合せ先

未来ICT研究所
神戸フロンティア研究センター
深紫外光ICT研究室

井上 振一郎

広報(取材受付)

広報部 報道室