
図1 エミュレータにデータ同化を適用して推定された2017年3月27日の3:00〜4:40 UTの20分ごとの極域電離圏電場ポテンシャルの分布
電場ポテンシャル分布からただちに電場分布を求めることができる。これは、限られた領域しか得られない観測データから数学的に補間して作成されたSuperDARNの「宇宙天気図」と比較して、磁気圏および電離圏の物理過程を取り入れた、より正確な「宇宙天気図」であると言える。
電場ポテンシャル分布からただちに電場分布を求めることができる。これは、限られた領域しか得られない観測データから数学的に補間して作成されたSuperDARNの「宇宙天気図」と比較して、磁気圏および電離圏の物理過程を取り入れた、より正確な「宇宙天気図」であると言える。
概要
統計数理研究所および総合研究大学院大学の中野慎也教授、統計数理研究所の藤田茂特任教授、米国ジェット推進研究所のSachin Reddy研究員(元国立極地研究所)、沖縄科学技術大学院大学の片岡龍峰准教授(元国立極地研究所)、国立極地研究所および総合研究大学院大学の行松彰准教授、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の中溝葵主任研究員の研究グループは、磁気圏の物理モデルを模擬する機械学習ベースのエミュレータ「SMRAI2.1」に、国際的なレーダー観測網SuperDARNのデータを取り込むことで、極域電離圏の電場分布を正確に再現する新たな手法を開発しました。従来の数値モデルでは困難だった細かな時間変動の再現や、観測が不可能な領域を物理則に従った計算結果で補間することも可能となり、電離圏のこれまでにない正確な「宇宙天気図」を構成することに成功しました。
この成果は、数値モデルと実観測の融合によって、より現実に近い宇宙環境の再現と予測が可能になることを示しており、今後の宇宙天気予測や人工衛星の安定運用支援等への応用が期待されます。なお、本成果は、米国地球物理学会誌「Space Weather」に掲載されました。
研究の背景
地球上空の高度100〜1000km程度の領域は、大気の一部が電離してプラズマ状態になっており、電離圏と呼ばれています。高緯度域の電離圏では、電場の空間分布が刻々と変化しており、その電場によって作られる電離圏の電流は、人工衛星の軌道や地上のインフラに影響を及ぼすことがあります。こうした電場の変化を把握することは、宇宙空間の安全な利用や宇宙環境の理解にとって欠かせません。
電離圏の電場や電流は、電離圏の上にある磁気圏と呼ばれる領域の物理過程によって生成されます。すでに研究グループでは、機械学習を用いて、磁気圏の物理過程を数値的に再現する磁気圏MHDモデル「REPPU」の出力を模擬するエミュレータ「SMRAI2」を開発し、太陽風の条件を入力することで極域電離圏の電場分布を予測する技術を開発していました(「太陽風の観測値からオーロラの広がりや電流の強さを瞬時に予測可能なエミュレータSMRAI2(サムライ2)を開発」 | 2023年度 研究成果 | 国立極地研究所<https://www.nipr.ac.jp/info2023/20240216.html>)。しかし、磁気圏・電離圏の複雑な物理過程に起因する細かい時間変動はうまく再現できていませんでした。一方、レーダーや磁場観測など、電場や電流を地上から観測する手段も存在していますが、限られた地域のデータしか得られないため、極域電離圏全体の電場や電流分布を示した「宇宙天気図」を作るのは困難でした。
研究内容(成果)
研究グループは、天気予報でも用いられているデータ同化技術を使って、国際的なレーダー観測網「SuperDARN」が取得した電離圏プラズマ速度のデータをSMRAI2の改良版「SMRAI2.1」に取り込むことにより、極域電離圏全体の電場分布の変動を正確に再現する手法を開発しました。通常、データ同化技術は、物理モデルによるシミュレーションと観測データを統合するために用いられます。データ同化を実現するには、単にシミュレーションを行った場合の数十倍程度の計算時間が必要であり、天気予報が対象とする下層大気よりも物理過程が複雑な磁気圏のモデルにそのままデータ同化を適用するのは困難です。本研究では、機械学習で得られたシミュレーションを模擬するモデル「エミュレータ」を使うことで計算時間の問題を解決し、磁気圏・電離圏の物理過程を反映した極域電離圏の「宇宙天気図」を構成することに初めて成功したものです。従来の関数形を仮定した方法と比較すると、物理則に則った計算結果を使うことで不自然な時間変化がなくなり、より正しい「宇宙天気図」が作れるようになりました(図2)。
これにより、実際の電場分布が全体としてMHDモデルによるシミュレーションよりも激しく変動していることが明らかになりました。また、直接の観測が不可能な地域でも電離圏変動の様子を容易に把握できるようになりました。

図2 エミュレータとSuperDARnデータを組み合わせる「データ同化」によって宇宙天気図を作成する
今後の展望
この成果により、磁気圏MHDモデルを模擬するエミュレータと実観測を融合することで、より現実に近い電離圏環境の再現が可能になることが示されました。今後は、リアルタイムで得られる地上観測データを用いることにより、宇宙天気予測の精度向上や、人工衛星の運用をはじめとした様々な社会システムの運用支援への貢献、宇宙環境の理解に向けた応用が期待されます。
各機関の役割分担
統計数理研究所: エミュレータ改良、データ同化
国立極地研究所: エミュレータ開発、SuperDARNデータ管理
沖縄科学技術大学院大学: エミュレータ開発
NICT: REPPU改良版の開発、REPPU改良版による実時間シミュレーションの実施、データ資源管理
発表論文
タイトル: Data assimilation into a machine learning-based emulator of a global MHD simulation for analyzing the polar ionosphere
著者: S. Nakano, S. A. Reddy, R. Kataoka, A. Nakamizo, S. Fujita, A. S. Yukimatu
掲載誌: Space Weather
DOI: 10.1029/2025SW004488
謝辞
本研究を進めるに当たっては、科学研究費補助金基盤研究A(24H00277)および基盤研究B(23K24810)の支援をいただきました。また、情報・システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設 公募型共同研究(ROIS-DS-JOINT 012RP2023)の支援もいただきました。
ism.ac.jp