世界記録達成、国際標準に準拠した光ファイバで毎秒430テラビット伝送を実現

〜新しい伝送技術により既存光通信インフラの性能を飛躍的に向上〜
2025年12月22日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 国際標準に準拠した光ファイバにおける伝送容量の世界記録となる毎秒430テラビットを達成
  • カットオフシフト光ファイバの特定波長帯域の伝送容量を約3倍にする伝送技術を開発
  • 通信需要が高まる将来において、既存の光通信インフラの伝送容量拡大に大きく貢献
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)を中心とした国際共同研究グループは、国際標準に準拠したカットオフシフト光ファイバの伝送容量を拡大する新しい伝送技術により、毎秒430テラビットの伝送実験に成功しました。この結果は、国際標準準拠の光ファイバにおける伝送容量の世界記録となります。
この伝送技術は、既存の光通信インフラで利用されている光ファイバでも、特定の波長帯の利用可能容量を約3倍に拡張できる革新的な方法です。カットオフシフト光ファイバは、元々、商用の長距離光ファイバ伝送システムで利用されている波長帯において光ファイバ内の伝送経路がただ一つとなるように設計されていました。今回、研究グループは、今後の利用が期待され、長距離伝送で未利用の短い波長帯において、複数の伝送経路を用いた伝送を実現する技術を開発し、カットオフシフト光ファイバの元来の設計を超えた大容量伝送実験に成功しました。今回の伝送技術は、通信需要が高まる将来において、既存の光通信インフラの伝送容量拡大に大きく貢献することが期待されます。
なお、本実験結果の論文は、デンマーク・コペンハーゲンにて開催された、第51回欧州光通信国際会議(ECOC 2025)にて非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Post-deadline Paper)として採択され、現地時間2025年10月2日(木)に発表しました。

背景

AIをはじめとするデータ駆動型のインターネットサービスの急速な普及により、光通信インフラの伝送容量の需要が急増しています。近年、光ファイバ通信で利用可能な波長帯を広げるマルチバンド波長多重(WDM)技術の研究が進展しています。この技術により、既存の光通信インフラに新しい波長帯を追加することで、光ファイバケーブルを増設することなく伝送容量を拡大できるため、経済的な大容量化手法として注目されています。
NICTはこれまで、商用の長距離光ファイバ伝送システムで一般的に利用されるC帯及びL帯の波長帯に加え、今後の利用が期待されるS帯やE帯などの波長帯を活用できるシステムを開発し、大容量伝送の実証に成功してきました。さらに、より大きな伝送容量を実現するため、O帯やU帯の利用にも取り組み、波長帯の拡大を進めています。しかし、既存の光ファイバにおける低損失で利用可能な波長帯には限界があり、更なる伝送容量の拡大には、新しい光ファイバ伝送技術の開発が不可欠です。

今回の成果

図1 本実証で用いた波長帯 (3モード伝送のO帯と単一モード伝送のE,S,C,L帯)
今回、NICTは国際共同研究グループとともに、国際標準に準拠したカットオフシフト光ファイバにおいて、長距離光ファイバ伝送システムで利用されるC帯やL帯より短波長のO帯でマルチモード(3モード)伝送が可能であることを世界で初めて実証し、O帯の伝送容量を従来比で約3倍に拡大しました。
さらに、O帯での3モード伝送とE帯、S帯、C帯、L帯の単一モード伝送を組み合わせるため、カットオフシフト光ファイバを用いた広帯域WDM対応の単一モード・マルチモード統合光伝送システムを開発しました。図1に示すように、3モード伝送が可能なO帯に209波長、単一モード伝送のE帯、S帯、C帯、L帯に706波長を配置し、総周波数帯域幅30.1テラヘルツ(1,280.4 nm〜1,608.9 nm)に及ぶ広帯域WDM光信号を生成しました。この光信号は、偏波多重のQPSK、16QAM、64QAM、256QAM方式を用いることで高いビットレートを実現しました。この光信号をカットオフシフト光ファイバで10 km伝送し、受信した光信号から理想的な誤り訂正符号の適用を仮定して推定したデータレート(一般化相互情報量(GMI:Generalized Mutual Information))は毎秒430.2テラビットに達し、国際標準準拠の光ファイバにおける伝送容量の世界記録を達成しました。また、一般的に使用される誤り訂正符号の場合のデータレートは、毎秒398.6テラビットとなりました。表1は、今回の成果と過去の単一モード伝送のみを用いた広帯域WDM伝送実験の比較を表しています。これらの結果は、マルチモード伝送技術によって、より少ない波長数・狭い周波数帯域で大容量伝送が可能であることを示しています。この伝送技術は、既存の光ファイバケーブルを増設することなく伝送容量を拡大できる経済的な手法となります。
表1 今回と過去の広帯域WDM伝送実験との比較

今後の展望

Beyond 5G以降の光通信インフラを支えるため、NICTは超大容量を実現する革新的な光ファイバ伝送技術の研究開発を継続的に推進し、超大容量光伝送システムの伝送距離を拡大していきます。さらに、導入コストや期間を抑えるため、既存の光通信インフラとの高い互換性を確保することを目指します。
なお、本実験結果の論文は、光ファイバ通信関係最大の国際会議の一つである第51回欧州光通信国際会議(ECOC 2025、開催地:デンマーク・コペンハーゲン、9月28日(日)〜10月2日(木))で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Post-deadline Paper)として採択され、現地時間10月2日(木)に発表しました。

採択論文

国際会議: ECOC 2025 最優秀ホットトピック論文(Post-deadline Paper)
論文名: 430 Tb/s GMI data rate over a standard G.654 fiber using few-mode O-band and single-mode ESCL-band transmission
著者名: Ruben. S. Luis, Daniele Orsuti, Robert Emmerich, Aleksandr Donodin, Menno van den Hout, Stefano Gaiani, Besma Kalla, Lucas Zischler, Robson A. Colares, Julian Schneck, Shin Sato, Yuki Kawaguchi, Takemi Hasegawa, Tetsuya Hayashi, Simon Gross, Mark Bakovic, Michael Withford, Nicolas K. Fontaine, Mikael Mazur, Lauren Dallachiesa, Haoshuo Chen, Georg Rademacher, Roland Ryf, David Neilson, David A. Mello, Cristian Antonelli, Sergey Turitsyn, Tom Bradley, Pierpaolo Boffi, Chigo Okonkwo, Ronald Freund, Colja Schubert, and Hideaki Furukawa

関連する過去のNICTの報道発表

補足資料

1. 今回開発した単一モード・マルチモード統合光伝送システム

図4 単一モード・マルチモード統合光伝送システムの概略図
図4は、今回開発した伝送システムの概略図を表している。光ファイバ内のモード分布(図内上部)では、長波長側で単一モード伝送、短波長側でマルチモード伝送となっている。以下にシステムの動作を示す。
① E、S、C、L帯の送信器において706波長の光信号を生成し、O帯の送信器I〜IIIにおいて209波長の光信号を生成し、測定波長の光信号に偏波多重QPSK、16QAM、64QAMもしくは256QAM変調を行う。その後、O、E、S、C、L帯に対応する光増幅器で信号を増幅する。
② 波長合波器を使って、O、E、S、C、L帯の基本モードの信号を合波する。その後、モード合波器を使って、基本モードと高次モードの信号を合波する。
③ カットオフシフト光ファイバを使って、10km伝送を行う。
④ 伝送後、O、E、S、C、L帯の光信号をモード分波器と波長分波器で分けて、光増幅器によって伝送損失を補償する。
⑤ O、E、S、C、L帯の受信器で光信号を受信し、データレートを測定する。

2. 実験結果

図4の伝送システムを用いた実験において、送信時に様々な変調方式を適用し、システムの伝送能力(データレート)の評価を行った。図5の実験結果のグラフは、理想的な誤り訂正符号の適用を仮定して推定したデータレート(GMI)を示す。多くの波長で毎秒400ギガビットを超えるデータレートを達成し、特にO帯ではマルチモード伝送により波長あたり最大毎秒900ギガビットに到達した。915波長合計で毎秒430.2テラビットを実現した。
図5 伝送実験の結果

用語解説

国際共同研究グループ 本研究に参加している研究グループは以下のとおりである。
NICT(日本)、フラウンホーファー・ハインリッヒ・ヘルツ研究所(ドイツ)、アストン大学(英国)、アイントホーフェン工科大学(オランダ)、ミラノ工科大学(イタリア)、ラクイラ大学(イタリア)、カンピーナス大学(ブラジル)、シュトゥットガルト大学(ドイツ)、住友電気工業株式会社(日本)、マッコーリー大学(オーストラリア)、モジュラーフォトニクス(オーストラリア)、ノキアベル研究所(米国)
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国際標準に準拠したカットオフシフト光ファイバ 国際電気通信連合 電気通信標準化部門(ITU-T)で策定された国際標準のITU-T G.654光ファイバ(カットオフシフト光ファイバ)。超低損失と大きな有効断面積という特徴を備え、海底ケーブル伝送等の長距離伝送に対応するよう設計されている。2016年以降、この標準の派生仕様が導入され、陸上光ファイバネットワークへの適用が進められている。近年では、陸上光ファイバネットワークに対応する仕様の光ファイバも策定され、都市圏ネットワーク、データセンタ間ネットワークなどへの導入が拡大している。 元の記事へ

テラビット、ギガビット 1テラビットは1兆ビット。1ギガビットは10億ビット。 元の記事へ

マルチバンド波長多重(WDM)技術 波長多重技術は、異なる波長の光信号を1本の光ファイバで伝送する技術である。現在の長距離向けの光ファイバ伝送システムでは、C帯やL帯の波長多重技術が利用されている。T帯、O帯、E帯、S帯、U帯などの波長帯は商用化が進んでいないが、これらの新しい波長帯を含んだ波長多重技術をマルチバンド波長多重技術とも呼ぶ。 元の記事へ

波長帯 光通信用途で利用可能な波長帯は、C帯(Conventional band、波長1,530〜1,565 nm)とL帯(Long wavelength band、波長1,565〜1,625 nm)、そのほかにT帯(Thousand band、波長1,000〜1,260 nm)、O帯(Original band、波長1,260〜1,360 nm)、E帯(Extended band、波長1,360〜1,460 nm)、S帯(Short wavelength band、波長1,460〜1,530 nm)、U帯(Ultralong wavelength band、波長1,625〜1,675 nm)がある。
現在の長距離向けの光ファイバ伝送システムでは、主にC帯が利用されていて、波長数は80程度である。また、L帯も一部で商用に利用されている。それに対し、T帯、O帯、E帯、S帯、U帯などは開拓中の新しい波長帯であり、商用化が進んでいない。
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図2 光通信の波長帯
図3 光ファイバ内の3モードと単一モードの光信号伝送

マルチモード/3モード伝送 従来の長距離伝送用の光ファイバは、一般に単一モード伝送を利用している。図3に示すように、伝送される光の波長と同程度のコア径を有する光ファイバでは、光信号の伝送経路がただ一つとなり、基本モードと呼ばれる一つのモードのみ伝送される(単一モード伝送)。しかし、光の波長がコア径よりも十分に短い場合、新たな光信号の伝送経路となる高次モードが発生し、基本モードと合わせて複数のモードの伝送が可能となる(マルチモード伝送)。ITU-T G.654光ファイバにおいて、単一モードとマルチモード伝送の境界はC帯上の1,530 nmである。このため、1,530 nm未満の波長ではマルチモード伝送が可能であり、1,530 nm以上では単一モード伝送となるが、実際にマルチモード伝送を活用するには閾値よりも大幅に短い波長が必要である。このため、本研究では閾値より200 nm以上短いO帯上(約1,310 nm付近)の波長を用いて、3モード伝送を実現している。 元の記事へ

QPSK/QAM方式 QAM(Quadrature Amplitude Modulation)とは、光の位相と振幅を併用し複数のビットを表現する方式(多値変調)の一種である。例えば、256 QAMは、1シンボルが取り得る位相空間上の点が256個で、1シンボルで8ビットの情報(28=256通り)が伝送でき、同じ時間でOOK(On-Off Keying)の8倍の情報が伝送できる。また、QPSK(Quadrature Phase-Shift Keying)は、1シンボルが取り得る位相空間上の点が4個で、1シンボルで2ビットの情報(22=4通り)が伝送でき、同じ時間でOOKの2倍の情報が伝送できる。また、直交する2つの偏光方向を持つ光信号を多重化することができ、これによりビット数を2倍にすることを偏波多重と呼ぶ。 元の記事へ

本件に関する問合せ先

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フォトニックネットワーク研究室

古川 英昭

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