衛星・HAPS等に搭載可能な小型光通信端末による2 Tbit/s空間光通信に、世界で初めて成功

2025年12月16日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 衛星・HAPS等に搭載可能な小型光通信端末を用いて、世界初の2 Tbit/s空間光通信を達成
  • 7.4 km離れた2種類の小型端末間で、大気ゆらぎのある都市部にて光通信を安定して維持
  • Beyond 5G/6G対応の非地上系ネットワーク構築の実用化に大きく前進
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)は、衛星・HAPS等に搭載可能な小型光通信端末を用いて2 Tbit/sの空間光通信(FSO)の実証実験に世界で初めて成功しました。
この実験は、NICTが開発した持ち運び可能な2種類の小型光通信端末を用い、高機能型のFX(Full Transceiver) をNICT本部(東京都小金井市)に、簡易型のST(Simple Transponder)を7.4 km離れた実験地点(東京都調布市)に設置し、その間で水平空間光通信を行ったものです。光のビームの乱れを生じさせる都市部特有の大気ゆらぎのある困難な条件下にも関わらず、5チャネル(各400 Gbit/s)の波長分割多重(WDM)伝送による計2 Tbit/sの通信を安定して維持し、衛星やHAPSに搭載可能なほど小型化された端末でのテラビット超え通信を世界で初めて実現したものとなります。
今後、端末をさらに小型化して6Uキューブサット衛星に実装する予定で、2026年には低軌道衛星(高度約600 km)と地上の間及び2027年には衛星とHAPSの間の空間光通信実証実験(10 Gbit/s)を行う計画です。これらの実験を通じてコンパクトで超高速なデータ通信能力を実証し、Beyond 5G/6Gの非地上系ネットワーク(NTN)実現への道を切り拓きます。

背景

空間光通信は、光ファイバを用いず空間中をレーザー光で伝送する次世代通信で、地上・上空・宇宙間の大容量通信を支える基盤技術として注目されています。これまでの空間光通信の実証は、欧州を中心にテラビット超えの通信の実証が進められてきましたが(補足資料参照)、いずれも大型の据置型装置を用いた実験室レベルの構成であり、衛星やHAPSなどの移動体へ搭載するには、サイズや重量の制約を満たすことや、動揺する環境下でも安定した通信を継続しなければならないという課題がありました。また、アジアでは、テラビット超えの空間光通信実証は報告されておらず、最大でも100 Gbit/s程度に留まっていました(補足資料参照)。

今回の成果

図1 NICTの7.4 km、2 Tbit/s水平空間光通信実験(2025年4月)。ST端末を送信側、FX端末を受信側として使用。また実験では回線品質を評価するための疑似ランダム信号(PRBS)を伝送。2 Tbit/sの伝送速度は毎秒約10本のフルサイズ4K UHD映画を送るのに相当。
NICTは、東京都小金井市の本部と7.4 km離れた実験地点に、それぞれ異なるタイプの小型光通信端末(ST型・FX型)を設置し、都市部・日中という厳しい環境下での水平空間光通信実験を実施し、波長分割多重(WDM)による5チャネル×400 Gbit/s構成により、合計2 Tbit/sの安定した通信を達成しました(図1参照)。これは、衛星・HAPSに搭載可能なほど小型化された端末でのテラビット超え通信を世界で初めて実現したもので、実験室ではなく、現実の大気ゆらぎのある環境下での通信実証は実用性の高さを示しています。
これらの端末は、キューブサットを含む超小型衛星への搭載を前提に設計され、サイズ・重量の制約をクリアしており、従来の大型の据置型装置を用いた実験室レベルの構成とは一線を画すものです(補足資料参照)。小型化を実現するために、端末をキューブサットの厳しいサイズ・質量・消費電力(SWaP: Size, Weight and Power)の制約内に収める設計方針を徹底し、①新規設計部品の開発(例: 宇宙環境下での光学品質要件を満たす口径9 cm級望遠鏡)、②商用部品の再設計・改修(例: 真空中の高出力光に耐えるよう改良した小型精密追尾用ステアリングミラー)、③既存部品の積極活用(例: データセンター向け高速光トランシーバを転用しモデムに組み込む)という3つのアプローチを実施することにより、必要な機能を維持しつつ、プラットフォームへの負担を最小限に抑え、装置全体のサイズ、質量、消費電力を大幅に抑えることができました(補足資料参照)。
また、移動体での運用を想定した動的環境へ対応するため、粗捕捉と精追尾による高精度アラインメントを実装するとともに、レーザー光の広がり角度(ビームダイバージェンス)をリンクの状況に応じて動的に調整できる、NICT独自のビームダイバージェンス制御技術を実装しました。こうした移動体環境での安定通信を可能にする設計は、従来の固定局型実験装置の設計とは異なる本端末の特長です。
さらに、今回開発した端末は、様々なプラットフォームや運用シナリオに柔軟に対応できるように、ST端末とFX端末の選択による柔軟な構成選択や通信要件に応じた10 Gbit/s型または100 Gbit/s型のモデムの選択、さらに内部の調整機能によるリンク状況に応じた適応動作が可能です。こうした移動体環境での安定通信を可能にする本設計は、従来の固定局型実験装置の設計とは本質的に異なります。
今回の成果は、光学系の小型化・高精度で柔軟なビーム制御など、移動体搭載のための技術的課題に対して、通信環境に応じた伝送速度可変機能やビーム幅可変機能などを新たに開発し、克服したことによるものです。この成功は、Beyond 5G/6G対応の非地上系ネットワーク構築に向けた実用化の観点での大きな前進になります。

今後の展望

次の段階として、2026年には衛星やHAPSによる現実的なリンクを模擬するため、小型光通信端末(ST端末、FX端末)を移動体に搭載した新たな実験の準備を進めています。この実験では、通信を行う両端末が移動する状態での粗捕捉追尾及び精追尾システムの性能を検証し、非地上系6Gネットワークのためのダイナミックな条件でのマルチテラビット光バックボーンの実現性を実証する計画です。同時に、NICTは2026年打ち上げ予定のキューブサット衛星ミッションにも取り組んでおり、ジンバルなしのFX端末(CubeSOTA)と10 Gbit/sモデムを組み合わせて衛星搭載して実験検証を目指します。キューブサット衛星のフォームファクター(サイズや形状などの規格)ではまだ2 Tbit/sモデムの電力と体積を収容できませんが、NICTは将来の軌道上実証に向けてマルチテラビットモデムの小型化・耐環境性向上を進めており、今後10年以内に衛星、HAPS、地上局間でテラビット超えの光通信リンクの実現を目指して研究開発を進めています。

補足資料

1. 小型光通信端末

NICTが開発した小型光通信端末システムには、高機能型のFX(Full Transceiver:光送受信器)と簡易型のST(Simple Transponder:簡易光送受信器) の2種類があります(図2参照)。2024年、NICTは今回の実験で使用された初の実用的光通信プロトタイプの開発を完了しました[1]。これらの端末は、コンポーネントの構成と内部の適応動作により、様々なプラットフォームやシナリオに柔軟に対応できるように設計されており、アプリケーションに応じて、適切な基本構成を選択することができます(図2参照)。小型プラットフォームやシンプルな運用を想定した場合は ST型を、大容量・高性能が求められる場合は FX型を選択します。また通信要件に応じて、10G型(10 Gbit/s以下)または100G型(100 Gbit/s以上、波長分割多重技術を用いて複数チャネルを使うことでTbit/s領域まで対応可能)のモデムを選択し、多種多様な要求に対応できます。さらに、一旦基本構成が決まると、端末は内部の調整機能によって変動するリンクの状況に応じて自動的に性能を適応させます。
端末をキューブサットの厳しいサイズ・質量・消費電力(SWaP)の制約内に収め、かつ移動体での運用を想定した動的環境へ対応するため、以下の三つのアプローチを実施しました。
① 新規設計部品の開発
新規設計開発の例としては、優れた光学性能をコンパクトに実現した9 cm望遠鏡や、3 cm望遠鏡とジンバルを一体化した構成が挙げられます。また、移動体での運用を想定した動的環境へ対応するため、レーザー光の広がり角度(ビームダイバージェンス)をリンクの状況に応じて動的に調整できるビームダイバージェンス制御技術もNICTが独自に新規開発し、現時点ではNICTの端末だけに搭載されています。短距離通信においてビーム幅が狭くなり難しくなるレーザー光のポインティングを容易にし、安定した接続を確保できる点が特長の一つです。
② 市販部品の再設計・改修
市販のMEMSミラーを改良し、その小型化が可能となる特徴を活かしながら真空中でもレーザーの高出力に耐えられるようにしました。従来は大型のミラーを使用するかレーザー出力を下げる必要がありましたが、これらの課題を克服しています。これは、移動体での運用を想定した動的環境へ対応するための粗捕捉(ジンバル)と精追尾(MEMSミラー)による高精度アラインメント機能の一部として実装されています。また、光増幅器は、市販品をベースに宇宙環境での使用に適合させつつ小型化を実現しています。
③ 市販部品の積極活用
市販部品も、宇宙環境で確実に動作することを検証して積極的に利用しています。代表例はモデムを小型化するために採用したトランシーバです(補足資料2.で詳細を説明)。
図2 NICTが開発したST・FX光通信端末

2. 2Tbit/sモデム

2 Tbit/sモデム(図3参照)は、ST及びFX端末と組み合わせてフィールド実験で使用できるように、コンパクトなフォームファクター(20×20 cmの単一ボード)で設計されました。このモデムは1チャネル400 Gbit/sを5チャネル波長多重し、同一伝送路で最大2 Tbit/sの伝送速度を実現しています。各チャネルは最大400 Gbit/sで動作可能ですが、伝搬経路の状況が悪化した場合には100 Gbit/sまでデータ速度を低下させて適応できます。各チャネルの光信号はモデムで1本の光ファイバに多重され、高出力増幅された後に送信されます。受信側では受信した微弱な光信号が増幅された後、5つのチャネルが分離され、ノイズを取り除き信号対雑音比を向上させます。
2 Tbit/sモデムの小型化を実現するため、NICTはこれまでの10 Gbit/sモデルで実証された手法を応用しました。従来のように部品を個別に組み合わせる方法では装置が大型化し、一方、フォトニック集積回路(PIC)によるモデム全体の一体化には多大な投資と時間が必要です。そこでNICTは地上の光通信で使用されている小型・高性能な部品を活用する現実的なアプローチを採用し、データセンター向けに開発された高速光トランシーバを今回の空間光通信小型モデムに効果的に組み込み、小型化と高性能化を両立しました。
図3 NICTが開発した2 Tbit/s小型モデム

3. 実験構成

今回の実験は、FX端末をNICT本部(東京都小金井市)に、ST端末を7.4 km離れた実験地点(東京都調布市)に、両端に異なるタイプの端末を設置して行いました。2024年に実施した実験での10 Gbit/sモデムを用いた実証実験から大幅に伝送速度を上げることを目指し、今回は2 Tbit/sモデムを選択しました。本実験における端末の主な役割は、端末間の高精度な指向方向アラインメントを維持することです。これは粗捕捉追尾システム(2軸ジンバル)と精追尾システム(MEMSミラー)によって実現されます。また、端末は送信前の高出力増幅(チャネル損失の補償)及び受信後の低雑音増幅(受信信号のパワーレベルを許容範囲内に引き上げる)を行い、帯域外成分を除去することで背景雑音をフィルタリングします。
実験で使用した ST 端末と FX 端末の外形寸法はそれぞれ 35 × 28 × 28 cm と 40 × 28 × 28 cm で、質量は約 13 kg と 28 kg で、HAPSに搭載可能なコンパクトな設計となっています(図1参照)。一般に、HAPSに搭載できる機器には、サイズが30〜50 cm程度、質量が5〜25 kg、消費電力が50〜200 W程度という制約がありますが、ST・FX端末は2軸ジンバルを備えながらも、これらの制約をおおむね満たすものです。また、キューブサット用の端末開発で更なる小型化を進めています。光学ヘッド自体はすでに小型化されており(図2参照)、両端末に共通する最も重量が大きいサブシステム—制御電子回路、光増幅器、電源管理部(図1では光学ヘッド下の四角いボックスで示す)についても、衛星搭載版に向けて既に小型化が実現されています(現行のST・FXプロトタイプには未統合です)。その結果、この衛星用端末全体の質量は約 4 kg(ジンバルを除く)となっており、2026 年打ち上げ予定の 6U キューブサットの半分のスペースに収めることを目標としています。この取組により、新型の ST・FX 端末は、占有体積及び質量の双方で50%超の削減を見込んでいます。

4. 海外事例との比較

地上レベルの水平空間光通信実験は、宇宙での実証前に実現可能な大気条件下で実施されています。近年では100 Gbit/sを超える通信実験の成功が報告されています。アジアではNICTの実験以前にテラビット超えの空間光通信実験の報告はありませんが、中国の研究チームが2018年に長春市で1 kmの距離で120 Gbit/s を [2]、2021年に北京で2.1 kmの距離で100 Gbit/sを [3]、また2025年には青海湖で104.8 kmの距離で112 Gbit/sの単一チャネルでの通信を達成しています [4]
欧州では、ドイツ航空宇宙センター(DLR)が2019年に10.45 kmで54チャネル合計13.16 Tbit/sの実験を実施しました [5]。2023年には、ETHチューリッヒがスイスアルプスを越える53 kmで単一チャネルでの1 Tbit/sの通信に成功しました [6]。ポルトガルのアヴェイロでの4 Tbit/s(2023年) [7] と、オランダのアイントホーフェンでの5.7 Tbit/s(2025年) [8] が報告されています。
従来のテラビット超えの空間光通信実証では、いずれも大型の任意波形発生器や高性能サンプリング・オシロスコープなどのラック/ベンチトップ計測器を中心に、レーザー光源・変調器・受信器といった離散部品を実験室型のセットアップで組み合わせ、モデムの光学系を構成していました。コヒーレント信号処理や FEC 復号は多くの場合、取得した波形を外部ソフトウェアでオフライン解析する方式であり、数多くの光ファイバパッチと大電力を要する機器を複数ラック分使用するため、サイズ・重量・電力(SWaP)制約のある移動体プラットフォームへの搭載は現実的ではありません。
さらに、空間光伝送部も、市販の望遠鏡や光学部品を固定屋上局に実験室型で組み上げた構成であり、プラットフォームが動的に移動する環境をサポートしていませんでした。したがって、これらはあくまで概念実証に留まり、HAPSや衛星などの移動体に搭載して非地上系ネットワーク(NTN)を支える目的には適さないシステムでした。
NICTが今回達成した7.4 kmにおける2 Tbit/s通信は、小型・軽量な端末とモデムによって長距離かつ超高速通信を初めて実現したものであり、実用化に向けた大きな前進になります。

論文情報

[1] Alberto Carrasco-Casado et al. “Miniaturized Multi-Platform Free-Space Laser-Communication Terminals for Beyond-5G Networks and Space Application”, MDPI Photonics, 11(6), 545 (2024) https://doi.org/10.3390/photonics11060545
[2] Xianglian Feng et al. “120 Gbit/s High-Speed WDM-QPSK Free-Space Optical Transmission through 1 km Atmospheric Channel”, Electronics Letters, 54 (18), 1082-1084 (2018) https://doi.org/10.1049/el.2018.5450
[3] Yueying Zhan et al. “Demonstration of 100 Gbit/s Real-Time Ultra-High-Definition Video Transmission over Free-Space Optical Communication Links”, Optical Fiber Communication Conference (OFC 2021), paper W7E.3 (2021) https://doi.org/10.1364/OFC.2021.W7E.3
[4] Zhaofeng Bai et al., “112 Gbit/s single-wavelength FSO communication with 104.8 km horizontal atmospheric link over Qinghai Lake”, Optics Express, 33, 9 (2025) https://doi.org/10.1364/OE.554608
[5] Annika Dochhan et al. “13.16 Tbit/s Free-Space Optical Transmission over 10.45 km for Geostationary Satellite Feeder-Links”, Proceedings of the IEEE ITG Symposium on Photonic Networks (2019) https://ieeexplore.ieee.org/document/8727109
[6] Yannik Horst et al. “Tbit/s Line-Rate Satellite Feeder Links Enabled by Coherent Modulation and Full-Adaptive Optics”, Nature - Light: Science & Applications, 12, 153 (2023) https://doi.org/10.1038/s41377-023-01201-7
[7] Marco A. Fernandes et al. “Achieving Multi-Terabit FSO Capacity with Coherent WDM Transmission over a 1.8 km Field Trial”, European Conference on Optical Communication (ECOC 2023), paper We.D.1.1 (2023) https://doi.org/10.1049/icp.2023.2515
[8] Vincent van Vliet et al. “5.7 Tb/s Transmission over a 4.6 km Field-Deployed Free-Space Optical Link in Urban Environment”, arXiv preprint arXiv:2503.21058 (2025) https://doi.org/10.48550/arXiv.2503.21058

用語解説

空間光通信(FSO: Free Space Optics) 空間中をレーザー光で伝送する通信方式。地上や地上・宇宙間、宇宙空間の高速通信に適用可能。 元の記事へ

波長分割多重(WDM: Wavelength Division Multiplexing) 複数の波長の光を同時に使用して、1本の光路で多くのデータを伝送する技術。通信容量の拡張に有効。 元の記事へ

HAPS(High Altitude Platform Station) 成層圏(約20 km)に長時間滞空する無人航空機や気球などのプラットフォーム(高高度プラットフォーム)。地上局と衛星の中継や災害時の通信インフラ補完への利用が想定されている。 元の記事へ

キューブサット(CubeSat) 小型衛星の標準規格。1U(ユニット)は一辺10 cmの立方体で、6Uはその6倍のサイズ。低コストかつ迅速に開発・打ち上げ可能なため、研究機関や大学で広く利用されている。 元の記事へ

非地上系ネットワーク(NTN: Non-Terrestrial Network) 衛星やHAPS(高高度プラットフォーム)など、地上通信以外の通信プラットフォームを利用した通信ネットワーク。 元の記事へ

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