• English
  • 印刷

原子時計の小型化が大きく進展しており、将来的にはスマートフォンのような携帯端末に搭載される日も遠くないと考えています。

原子時計チップの構成部品。日本米との比較。

手元の端末の時刻を合わせる最も単純な方法は基準となる時計の時刻に端末の時計を合わせることです。現在の時刻同期方法も基本的には同じで、1つの基準となる時計の時刻に端末の時計を合わせることによりネットワーク全体で同じ時刻を共有しています。この方法は管理がしやすい一方で、中央管理のシステムとなるため、基準となる時計の故障や情報の伝達障害などに対して脆弱です。例えば、GPSを代表とする全球測位衛星システム(GNSS:Global Navigation Satellite System)は時刻同期の一般に利用されますが、太陽フレアやジャミングやなりすましなどによる電波障害などの影響を受けて利用できなくなる恐れがあります。

我々は小型原子時計の普及が進むと何が変わるのか調査を進めています。すでに日本標準時システムでは、複数の独立した原子時計を利用することで、安定性と堅牢性の両立を実現しています。このシステムでは、約18台の商用原子時計を高度に利用することで、正確かつ不具合への耐性を備えています。我々は小型原子時計の普及を見据えて、Beyond5Gに向けた高精度かつ高信頼な分散管理型の時刻同期の研究開発を進めています。

数の力

原子時計は単体で使うよりも複数台の時刻情報を集約することで、単体よりも安定性が高まる性質があります。この性質を利用して、一般の通信ネットワークで、複数の原子時計を連携させて時を刻み、安定性と信頼性を高める分散的な時刻同期の研究開発を実施しています。複数の時計で時を刻むことから、この仕組みをクラスター(集団)クロックと呼んでいます。検証実験では、マッチ箱サイズの原子時計3台を利用することで、1台で利用するのに比べて1.6倍の安定性の改善が得られることがわかりました。今後より、さらに多くの台数を利用することやアルゴリムの改良することで、さらなる正確さと信頼性が得られると考えています。

将来的な分散的な時刻同期システムは、電力供給システムであるスマートグリッドの取り組みが参考になると思います。スマートグリッドでは、IT技術により太陽光や風力などの分散型電源を効率的に制御して電力を安定的に供給することが目指されています。そのほかの類似点も多く、時刻同期においても、原子時計の普及によって中央管理型のシステムから分散管理型のシステムへと変わっていくのは自然な流れだと考えています。

schematic overview of user devices connected to a centralized timing system
現在の中央管理型の時刻同期システム。
schematic overview of many clocks connected into a decentralized network
分散的なクラスタークロック時刻同期システム。


ただし、電力は市場価値があり、お金に換算できますが、時間や周波数情報はどれほどの価値に換算できるか現時点では明らかではありません。価値に換算できなければ、このインフラを支える原子時計による時刻の供給者やシステムを維持する事業者は現れないでしょう。しかしながら、ITS(Intelligent Transport Systems,高度道路交通システム)やCPS(Cyber-Physical Systems, サイバーフィジカルシステム)などでは、安全安心と共に信頼性や堅牢さなどが求められます。また、昨今の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な大流行により、トラストサービスや電子署名、タイムスタンプなど信頼ある時刻情報への期待が高まっており、サービス面からも時刻情報の価値は今後高まっていくと考えています。

SDGs

時刻と周波数情報はデータ社会を支える基礎的な情報です。持続可能な社会においては、高精度だけでなく、高品質や高信頼を同時に満たすことが求められます。多くのステークホルダーと共に、そのような要求に柔軟に対応できる持続可能な時刻同期網を目指しています。

参考文献

1) Y. Yano and M. Hara, 小型原子時計を活用した分散時刻同期とそのビジョン, NICT News 494(4), 8 (2022)