世界初の標準外径19コア光ファイバを開発し、伝送容量の世界記録を更新

〜Beyond 5G後の長距離光通信のキーテクノロジー〜
2023年3月15日

国立研究開発法人情報通信研究機構
住友電気工業株式会社

ポイント

  • 標準外径で世界最多コア数19の光ファイバを開発し、毎秒1.7ペタビットの大容量伝送に成功
  • マルチモード光ファイバより信号処理負荷の少ない結合型マルチコア光ファイバで、省電力化に貢献
  • Beyond 5G後の大洋横断級の長距離光通信網の大容量化へ向けた道を拓く
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)、住友電気工業株式会社(住友電工、社長: 井上 治)は、標準外径(0.125 mm)のマルチコア光ファイバでは世界最多コア数の結合型19コア光ファイバを開発し、毎秒1.7ペタビット、63.5 km伝送実験に成功しました。
本実験の結果は、標準外径マルチコア光ファイバの伝送容量世界記録に加え、毎秒1ペタビット級の伝送実験の最長距離も更新しました。また、本成果は、マルチモード光ファイバ伝送方式に比べ、大洋横断等の10,000 km級伝送では、必要となるMIMOデジタル信号処理の負荷(消費電力)を大幅に低減できる可能性を示し、Beyond 5G後の長距離光通信網の大容量化へ向けた道を拓くキーテクノロジーとして期待されます。
本実験結果の論文は、第46回光ファイバ通信国際会議(OFC 2023)にて非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間2023年3月9日(木)に発表しました。

背景

増大し続ける通信量に対応するための新型光ファイバ研究が進み、NICTは標準外径光ファイバ伝送実験において、非結合型マルチコア光ファイバを用いて毎秒1.02ペタビット、マルチモード光ファイバを用いて毎秒1.53ペタビット、結合型マルチコア光ファイバを用いて毎秒0.17ペタビットの伝送容量を達成しています(表1参照)。
しかし、非結合型マルチコア光ファイバでは、コア間の信号干渉抑制のためコア数が制限され、更なる大容量化が困難です。また、マルチモード光ファイバ伝送では、モードごとの伝搬特性の差が大きいため、長距離化に向けては課題を抱えていました。結合型マルチコア光ファイバは、MIMOデジタル信号処理による干渉除去を前提に上記の制限を打破する光ファイバであり、次世代の長距離大容量伝送技術として研究開発が行われていますが、高精度なコア配置が必要なことから、標準外径の結合型マルチコアファイバのコア数は最大でも12コアでした。

今回の成果

図1 今回開発した19コア光ファイバのイメージ図

今回、住友電工が標準外径の結合型19コアファイバの設計・製造を、NICTが同ファイバの性能を最大限に引き出す伝送システムの構築を担当し、毎秒1.7ペタビット、63.5 km伝送に成功しました。この結合型19コアファイバは、コアの構造と配置の最適化により、標準外径で世界最多コア数を実現しつつ、光信号の経路ごとの伝搬特性の差を抑制するためのランダムな結合を実現しました。
結合型マルチコアファイバでは、信号干渉のためにコアごとの伝送性能の評価が不可能で、全コアの信号を同時に受信し一括でMIMO処理による復調、評価する必要があります。NICTは、19コアの信号を同時に並列高速受信する光伝送システムを構築し、商用の波長帯域(C、L帯)と偏波多重64QAM信号を用いて、伝送距離63.5 kmにおいて合計毎秒1.7ペタビットの伝送容量を実証しました。また、光信号の経路ごとの伝搬時間の差が小さく、信号処理負荷(消費電力)の大幅な軽減が可能となりました。

表1 NICTが世界記録を更新した標準外径の新型光ファイバ

Beyond 5G以降の社会では、あらゆる人があらゆる場所で活躍できるように、大容量の通信インフラに支えられたサイバーフィジカルシステムを実現していくことが望まれます。一方で、環境への負荷を抑えるため、情報通信に伴う電力消費の増加は最低限にとどめる必要があります。本研究で開発された結合型19コア光ファイバは、このような社会要請を見据え、実用化に向けて研究開発が進んでいる非結合型4コアファイバの次の世代を担う長距離用伝送媒体として最も有望な候補の一つとして位置付けられます。

今後の展望

今後、より長距離での伝送評価を行っていくとともに、波長帯域の拡張による大容量化や結合型19コア光ファイバに対応したデバイスの開発、スイッチング等の要素技術の検討を進め、実用化の可能性を探求していきます。
なお、本実験の結果の論文は、光ファイバ通信関係最大の国際会議の一つである第46回光ファイバ通信国際会議(OFC 2023、3月5日(日)〜3月9日(木))で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間3月9日(木)に発表しました。

採択論文

国際会議: OFC 2023 最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)
論文名: Randomly Coupled 19-Core Multi-Core Fiber with Standard Cladding Diameter
著者名: Georg Rademacher, Menno van den Hout, Ruben S. Luís, Benjamin J. Puttnam, Giammarco Di Sciullo, Tetsuya Hayashi, Ayumi Inoue, Takuji Nagashima, Simon Gross, Andrew Ross-Adams, Michael J. Withford, Jun Sakaguchi, Cristian Antonelli, Chigo Okonkwo, Hideaki Furukawa

過去のNICTの報道発表

補足資料

1. 光ファイバ伝送評価システム

図6 光ファイバ伝送評価システムの概略図

図6は、今回光ファイバを評価するのに用いた伝送システムの概略図を表している。
① 多波長光源: 光コム光源を使用し、381波の異なる波長を持つレーザ光を一括して生成する。
② 信号変調回路: 多波長光に偏波多重64QAM変調を行う。
③ 送信信号生成回路: 信号を各コア用に分岐し、遅延差を付けて擬似的に異なる信号系列とする。
④ マルチコア多重器: 導波路型の多重器を通じ、各信号系列は19コア光ファイバの各コアに入射する。
⑤ 19コア光ファイバ: 63.5 km長の19コア光ファイバを伝搬する。伝搬に伴い各コアの信号が強く干渉する。
⑥ マルチコア分離器: 受信側でコアごとに信号を分離する。
⑦ 高速・並列受信回路: 各コアの信号を波長分離し、コヒーレント受信器で電気信号に変換する。
⑧ オフライン信号処理: MIMO処理により、ファイバ伝搬中の信号干渉を除去する。

2. 今回の実験結果

上記図6の実験系において、送受信時に誤り訂正処理などの様々な符号化を適用し、波長チャネルごとにデータレートの最大化を行った。図7のグラフの青点は、各波長チャネルにおける誤り訂正適用後の全コア合計データレートを示し、C帯で毎秒約5テラビット、L帯で毎秒2.5〜5テラビット程度のデータレートが得られた。全波長合計の伝送容量は毎秒1.7ペタビットであった。

図7 結合型19コア光ファイバの波長ごとの全コア合計データレート評価結果

用語解説

図2 広く利用されている標準外径光ファイバのイメージ図

標準外径光ファイバ

国際規格で、光ファイバのガラス(クラッド)の外径は0.125±0.0007 mm、被覆層の外径が0.235〜0.265 mmと定められている。現在の光通信で広く使用されている光ファイバは、外径0.125 mmのシングルコア・シングルモードファイバで、毎秒250テラビットが伝送容量の限界と考えられており、新型光ファイバの研究開発が盛んに行われている。

図3 各種の光ファイバ伝送方式

マルチコア光ファイバ

現在、中・長距離通信用に普及している標準シングルコア・シングルモード光ファイバによる伝送(図3(a)参照)は、毎秒250テラビット程度が容量の限界と考えられている。その問題を解決するために、コア(光の通り道)を増やしたマルチコア光ファイバを用いた伝送(図3(b)参照)や、マルチモード光ファイバの研究が進められてきた。マルチコアファイバでは、コア間が近接していると、あるコアから漏れた信号がほかのコアに侵入し、干渉して伝送品質が劣化する課題がある(図3(c)参照)。コア間の信号干渉を低減するために、コア間を適切に広げコア内に信号を閉じ込めた非結合型マルチコア光ファイバが一般的である。現在、早期実用化を目標として、標準外径の非結合型4コア光ファイバの研究開発が活発に行われている。


結合型マルチコア光ファイバ

結合型のマルチコア光ファイバ(図3(d)参照)は、コア間の信号干渉を受信器側のMIMOデジタル信号処理によって除去する前提で、コアを密に配置している。結合型マルチコア光ファイバを用いた伝送は、マルチモード光ファイバ伝送に比べ、各コアを伝搬する信号の伝搬特性は均一化されるので長距離伝送に適している。しかし、長距離伝送に必要となるコア間結合のランダムさを担保するためには、結合が強くも弱くもなり過ぎない様に適切にコア同士の間隔を取る必要があり、これまで報告された標準外径の結合型マルチコアファイバのコア数は最大でも12コアである。


ペタビット、テラビット

1ペタビットは1,000兆ビット、1テラビットは1兆ビット、1ギガビットは10億ビット。毎秒1ペタビットは、1秒間に8K放送の1,000万チャンネル相当である。


マルチモード光ファイバ伝送

光ファイバのコアの中を光信号が伝搬する時は、コアとクラッドの境界で全反射を繰り返しながら、様々な振動状態で進行する(図3(e)参照)。この振動状態の違いが伝搬モードである。マルチモード光ファイバはコア径が大きく、一つのコア内に複数のモードが存在する。マルチモード光ファイバの伝搬中や、入出力、接続時に、モード間での信号干渉が発生するため、MIMOデジタル信号処理による干渉の除去が必要となる。モードの異なる信号では、受信器に届くまでの時間差が生じるため、ファイバの最適化や負荷の大きいデジタル信号処理が必要である。これまでのマルチモード光ファイバ伝送では、最大で55モードを用いた伝送が実現されている。

図4 必要な信号処理の負荷と伝送距離


MIMOデジタル信号処理

マルチモード光ファイバや結合型マルチコア光ファイバを用いた伝送では、モード分離(モード/コアごとの個別の信号チャネルへの分離)を行う際に、ほぼ必ずMIMO(Multi-input-multi-output)処理が必要となる。MIMOは、無線通信でマルチパス干渉を除去するために用いられる信号処理技術である。光通信においては、同一の光ファイバ内を伝搬する異なる光信号同士の干渉を除去するために使用される。
MIMO処理の負荷(消費電力)は、主に乗算の行われる回数で決まり、モード数の2乗と、ファイバ中の信号伝搬の影響を逆再生するためのフィルター関数の長さに比例する。マルチモード光ファイバ伝送では、フィルター関数の長さは各モードの伝搬速度差に依存し、通常はファイバ長に比例して伝搬速度差が蓄積されていくため、長距離伝送に信号処理の負荷が大きくなることが課題であった。結合マルチコア光ファイバ伝送では、空間チャネル(コア)ごとの伝搬特性は均一化され、フィルター関数の長さは伝送距離の1/2乗に比例する特徴がある。大洋横断級である伝送距離10,000 kmで比較すると、今回の結合19コア方式は、55モード伝送に比べてチャネル当たりのMIMO処理の負荷を最大で数千分の1にまで下げられる可能性がある。


モードごとの伝搬特性

マルチモード光ファイバでは一般的に、モードによって伝送損失や伝搬時間が異なる。モード間の伝送損失差が大きいと信号の品質が劣化し、伝搬時間の差が大きいと、MIMO処理の負荷が大きくなる。

図5 モードごとの伝搬特性の違い


波長帯域

通信用途で主として用いられている波長帯域はC帯(波長1,530〜1,565 nm)とL帯(1,565〜1,625 nm)で、その他にO帯(1,260〜1,360 nm)、E帯(1,360〜1,460 nm)、S帯(1,460〜1,530 nm)、U帯(1,625〜1,675 nm)がある。今回はC帯とL帯を使用した。


64QAM
QAMとは、光の位相と振幅を併用し複数のビットを表現する方式(多値変調)の一種である。64QAMは1シンボルが取り得る位相空間上の点が64個で、1シンボルで6ビットの情報(26=64通り)が伝送でき、同じ時間でOOK(On-Off keying)の6倍の情報が伝送できる。

サイバーフィジカルシステム
Beyond 5G時代では、フィジカル空間とサイバー空間の双方において、時間、空間が更に高度に制御されることにより、双方の空間は統合され、これまでのフィジカル空間だけでは実現でき得なかった未来をもたらすことが可能となります。詳細は、https://b5g-rd.nict.go.jp/about/ 参照。

本件に関する問合せ先

国立研究開発法人情報通信研究機構
ネットワーク研究所 フォトニックICT研究センター
フォトニックネットワーク研究室

坂口 淳、古川 英昭

広報(取材受付)

国立研究開発法人情報通信研究機構
広報部 報道室



住友電気工業株式会社
広報部 広報グループ

Tel: 03-6406-2701 / 06-6220-4119